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AIができないことを探す旅(台湾・台東縣)

一年ぶりに、台湾・台東市に降り立った。台北・松山空港から飛行機で1時間弱、人口20万人のうち約35%を原住民が占める、台湾でもっとも多様性に富んだ地域だ。空気は台湾で一番澄んでいて、思い切り深呼吸ができる場所。けれど都心からの距離は遠く、交通の便はどう工夫しても「便利」という言葉には届かない。中国との貿易も政治の影響で難しく、自然と文化の多様性と、経済の持続可能性がどういうバランスを持って街の未来を見定めるべきか、今、正解のない重い問いを抱えている。

そんな台東で開かれた、世界中のリモートワーカーが集う1ヶ月のコリビング企画「TAIWAN DIGITAL FEST 2026」に参加した。週ごとにテーマが設定された本企画のうち、僕が参加したのは「地方創生」を掲げる一週間。鹿野の紅烏龍茶、池上の台湾米を育てる人たち、原住民の文化体験を届ける起業家——彼らとの対話を重ねながら、世界中から集まった僕たちリモートワーカーはこの土地から何を学び、何を残し、何を持ち帰るのか。問いは滞在中ずっと、僕の足元にあった。

TAIWAN DIGITAL FEST 2026 は5月いっぱい開催中。

永續性:100年後に、何を残せるか。

AIの進化が世界の規範を次々と書き換えていく時代において、僕たちはまず「変化についていかなければ取り残される」という短期の恐れの中で今日を生きている。けれど同時に、100年後の人間の暮らしにおいて「変わってはならないもの」「残しておかねばならないもの」が何なのか——それを見定めたいという静かな願いも、確かに頭の片隅にある。台東の住民が真正面から「永續」に向き合っているのが印象的で、ここに一週間、耳を傾けた。

そもそも僕がこの「デジタルノマド」の世界に足を踏み入れたのは、これまで出会った「世界から日本に向けられた無数の愛」に、ただ驚いたことから始まっている。僕自身は何もしていない。それなのに「日本人だ」と告げるだけで、相手は顔をほころばせ、ありがとう、大好きだ、と声をかけてくれる。これは僕個人へ向けられたものではなく、先を生きた日本人たちが、長い時間をかけてその国に届けてきた愛の残響であることに気づく。僕は、この愛の歴史を次世代へどう手渡していけるだろうか、100年後の日本人もまた、世界から愛される存在であるにはどうするか——僕のパッションは、その往復のなかにある。目まぐるしい変化に応えながら、100年後に残したいものを探す、台東の思いと重なっていく部分を感じていく。

交通の不便を、「弱い紐帯」がほどく。

ところで、台東の日常には大きな課題があった。交通アクセスが分断されたこの街では、世界から訪れた参加者同士の「つながり」をどう設計するかが、想像以上に難しかった。会場までは片道40分以上、市内の移動手段も限られる。地域とつながることに精一杯で、参加者同士のコミュニティを織り上げる余白がなかなか生まれない。

滞在最終日の週末にボランティアや参加者と共に、世界トップレベルの隠れ家バーへ。コミュニティの話を延々と。

日本でも、地方で世界のリモートワーカーを迎えるワーケーション企画が増えている。けれど物理的な移動を伴うアクセスの問題は、AIをもってしても容易に解けない領域だ。だからこそ事前に設計すべきは、マーク・グラノヴェッターの言う「弱い紐帯(ちゅうたい)」——誰かとタクシーを相乗りする、車を持つ誰かに乗せてもらう、そんな「安心して頼める関係」の下地を、参加前から丁寧に編んでおくことだった。交通の不便を、コミュニティという柔らかなインフラがどう補えるか。「インフラ」という言葉がハードとソフトの両方を指してこそ、地域は持続可能になっていく。そしてこのヨソモノと住民の関係デザインこそが、また100年後に残すべきものである。ここに、思いを新たにするきっかけをもらうことができたのは大きかった。

「旅」は僕にとっての「キャンバス」のようなもの。

旅行代理店がつくるツアーと違って、僕のツアーは、自分がデザインする旅に、いま伝えたい「思い」を乗せている。旅はキャンバスであり、旅は、ひとつのメディアだと思ってクラフトマンシップを持って描いている。北海道で、長崎で、これまで作り上げてきた旅にはすべて、そのときどきのテーマとメッセージを込めてきた。Colive Fukuokaもまた、そうした作品としての意味を帯びていて、今年もまた、今年なりのメッセージを込めて10日間の関係デザインを準備している。

先日、コテンラジオの深井さんにお会いし、最新の著書を献本いただいた。山口周さんとの掛け合いに、文字を追いながら「優秀な人」の再定義について考えさせられている。それはもう「答えを出せる人」ではなく、「問いをつくれる人」へと静かに移っていくのだ、と。同じころ、岡潔の「すみれはすみれ」という言葉にも繰り返し立ち戻っていた。答えが瞬時に出てしまう時代だからこそ、答えを求めないことの尊さ——禅問答のような世界線に、いま価値が育ちはじめている。

答えを出す参加者以上に、問いをつくる参加者を。

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簡単に答えが手に入る時代に、人間に最後まで残されるのは「どんな問いを立てられるか」「答え以外の価値をどう生み出せるか」そんな所作ではないかと。だとすれば、今年のColive Fukuokaを、僕は「答えを出さない10日間」「問いを置いていく10日間」として編み直していきたい。10月の福岡で、参加者一人ひとりがそれぞれの問いを抱え、コミュニティとつながり、100年後に向けた思いを残していく。

そしてこの構造はまさに地域にたくさんの「答えのない問い」が眠っている。利便性の追求に限界があり、地域の永続性と経済性のバランスにおいて何を問い、地域で議論するか、AIでは答えの出せない「問い」の宝庫が地域にある。今こそ地域へ戻り、地域に参加することが、一人一人の生きがいのデザインにつながると思う。台湾で学んだ思いを福岡へ、今年のColive Fukuokaは世界中から訪れる参加者と一緒に、答えを急がず、問いを置いていく時間へ。参加を楽しみにお待ちしております。


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Ryo Osera | yugyo inc. Thank you for your support!