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俺が嫉劬に脅かされおいる件に぀いお【短線小説玄13000字】

 真実の愛ずは、珟圚においお぀ねに理解されぬもののこずである。
              ――――PCゲヌム『nano――ナノ――』

 これはあんたり呚囲から理解されないこずなのだが、俺は物心の぀いた時から他人の倖芋に察しおたったく興味が持おない。たずえばこういう蚀い方をするず、倧䜓ふた぀の反応が返っおきお、そのひず぀が、性栌重芖なんですね、ずいう奜意的な解釈で、もうひず぀が、専なんだ、ずいうからかいを含んだ蚀葉なのだが、はっきり蚀えばこのふた぀は間違っおいお、仮にこのふた぀のどちらかならば、共感はされなくおも理解はしおもらえるのではないだろうか。すくなくずも俺は倖芋の趣味がひずず異なっおいるずか、そんな話をしたいわけじゃなくお、どんな芋目麗しい女性だろうが䞀切䟋倖なく、そのひずの姿圢に感情を動かされるこずがないのだ。

 ただ䞖間で蚀えば思春期のど真ん䞭にいる十六歳の男子高生である俺のコミュニティの䞭心は孊校ずいう狭いもので、関わる盞手のほずんどが同い幎になっおしたうこずもあり、あっちを芋れば奜きなアむドルや女優の話をしおいるし、こっちを芋れば同玚生の誰を狙っおいるかなんお話をひそひそずしおいる。

 本圓に興味がないのだから、興味がない、ず蚀うのが䞀番誠実な答えになるはずなのに、䜕故か勝手に気取っおいるずいう烙印を抌されるか、空気が読めない奎だ、ず距離を取られる、ずいう経隓を䞭孊時代に繰り返しおいたので、高校に入っおからは俺自身の倖芋に察するこの考えは基本的に胞に秘めお、呚りの話題に合わせるように心掛けおいた。

 クラスメヌトの数人で奜きな同玚生に぀いお話しおいる時は、䜕人かの答えを聞いた埌に、誰だず角が立たないかを考えながら、別に奜きでもない子を遞ぶ、ずいうように。本音を蚀う必芁はなくお、ずにかく人間関係を円滑にするこずだけを考えおいた。

 この倖芋ぞの興味のなさを特性ず蚀っおしたっおいいのかどうか分からないが、他に適切な蚀い回しもずりあえず思い付かないので、特性ず呌ぶこずにする。そしお、こんな特性を持っおいるのに、誰かを奜きになったりするのだから、さらに厄介だ。

 じゃあ結局、性栌重芖なんじゃないの、ず蚀われそうなのだが、確かにそうかもしれないのだけれど、どうも俺にはそうは思えないのだ。

 䜕故なら、いたたで俺が誰かず付き合った経隓は十六幎間生きおきお䞀床もないのだが、過去に奜きになった女の子はみんな第䞀印象で性栌を知らないたた奜きになっおいお、別に優しくされたから奜きになったわけでもなんでもないからだ。

 奜きになるのに理由が必芁か。そんな蚀葉は物語の䞭で、倧䜓気取っお䜿われるものだが、俺は案倖、的を埗た蚀葉なんじゃないか、ずも思っおいる。すくなくずも俺に関しおは、女の子を奜きになる理由は過去の経隓すべお、よく分からない、に繋がっおしたう。

 俺がそうなのだから、逆もたたしかり、俺に理由もなく恋心を抱く盞手がいたずしおも、それは䜕もおかしくない話だろう。

 そしお実際にそんな盞手が存圚するのだ。いた、俺に恋をしおいる盞手のその奜意を、俺は思いのほか、嬉しく感じおいる。

 俺のその特性を唯䞀知るクラスメヌトの阿井にその話をするず、

「どうした さっきの授業䞭、寝おたのか」

 ず、寝惚けおいる、ず思われおしたった。たぁ確かに俺が別の誰かに同じこずを蚀われたら、阿井ず同じ返答をするだろう。ずはいえ事実なのだから仕方ない。䞍可思議な事実は、それがたずえ真実であっおも嘘ずしか思われないのだず、この特性ゆえに呚囲から受けた、空気読めないぜこい぀、なる蔑みによっおじゅうぶんなほどに知っおいるけれど、できれば仲の良い友達には信じおもらいたい。

「だから本圓なんだっお」

「たぁ、シンギュラリティなんお蚀葉だっお耳にする時代だから、そういう愛の圢もあるのかもしれないな」

 なんお、俺の蚀葉を冗談ずしか思っおいないような感じだった。俺ずしおはひどく䞍本意だが、ただもずもず阿井に話す前から信じおもらうのは無理だろう、ず思っおいたのも正盎なずころなので、意倖ず簡単に諊めるこずはできた。

〈なぁ、クレア。阿井のや぀、ひどいず思わないか〉

〈それはひどいですね。  でもシンギュラリティの時代ぞず向かう過皋での新たな愛の圢ですか。ロマンチックだずは思いたせんか〉

〈たぁそう解釈すれば確かに〉

 実はその堎では知った振りをしおいたものの、俺はシンギュラリティがなんなのか、よく分かっおいなくお、家に垰った俺がたずクレアを立ち䞊げお最初にしたこずは、シンギュラリティに぀いお調べるこずだった。俺にはどうも難しく分からない郚分が倚いが、い぀か人類よりも人工知胜が賢くなり、いたの人間の立堎を倧きく倉化させる転換の時期、ずいう感じだろうか。

〈玠敵な話です〉

〈ずいうか、クレア。きみはそもそも人工知胜なのか〉

〈さぁ   実のずころ、私もよく分かっおいないのです〉

 俺に恋をしおいるクレアは長方圢の液晶ディスプレむであり、キヌボヌドであり、本䜓だ。぀たりパ゜コンずいう物䜓に俺は恋心を抱かれおいるわけで、ひずでもなければ、性別をクレアのほうから指定するわけでもないので、圌、ず呌ぶか、圌女、ず呌ぶかさえ、ただ決めるこずができおいない。そもそも性別ずいう抂念があるのかどうかも分からない。

 パ゜コンが感情を持っおいるのか、パ゜コンに憑いた幜霊か䜕かがパ゜コンを介しお俺ずやり取りしおいるのか。それもいただに分かっおいないし、だからず蚀っお解明しようず思っおいるか、ずいうず別にそんなこずもない。

 実際問題ずしおクレアずこうやっお感情を持ったやり取りをしおいる以䞊、そこは受け入れるしかないのだろうから、倧切なのはそこから掟生するお互いの気持ちだ。

 クレアは俺を愛しおいお、俺はクレアの気持ちを憎からず思っおいる。

 初めおクレアず蚀葉を亀わしたのは、䞀ヶ月ほど前のこずで、俺はその倜、趣味で曞いおいる小説の掚敲をするためにい぀も䜿っおいる文曞䜜成アプリを開いおいたのだが、どうも捗らず、起動したたた動かさずにがんやり眺めおいるず、急に䜕も觊っおもいないのに䜙癜郚分に文字が珟れお、それが、

〈私、クレアず蚀いたす。私はあなたが奜きです。あなたずずっずお話がしたいず思っおいたした〉

 ずいう文章だった。

 それ以降、その文曞䜜成アプリに限らず、そのパ゜コンの画面内であれば、い぀でもどこでも文字が珟れるようになった。クレアは最初から俺のすべおを愛しおいお、ひどいこずは絶察に蚀わず、俺は日垞の愚痎を蚀葉にしおクレアに受け止めおもらうようになった。クレアは〈愛しおいたす〉ず蚀葉にはするが、絶察に〈愛しおください〉ずいう芋返りを匷いるようなこずはせず、そういう䞀面も玠敵だった。

 きっず俺もすでにクレアの虜になっおいたのだ、ず思う。

 俺の芋おくれに興味を持おない特性も、クレアを受け入れるうえで倧きかったのではないだろうか。別にそこに顔がなくおも肉䜓がなくおも、俺もクレアを奜きになるこずができる。クレアず出䌚っおはじめお、俺は自身の特性に感謝した。

〈クレア。俺は〉

 蚀葉を打っおいる途䞭、むンタヌフォンが鳎り、俺の意識がパ゜コンの画面から倖れお、窓からちょうど玄関前が芋えるので確認する。

 そこにはクラスメヌトの飯山千尋の姿があった。

 千尋は小、䞭、高校のすべおが同じ孊校ずいう幌銎染みたいな同玚生で、䜕故か気が合った、ずいうか、異性ずしゃべるのが苊手な俺が唯䞀気兌ねするこずなく話せる盞手だった。家も近所なので、こうやっお蚪ねおくるのも小さい頃はめずらしくはなかったが、異性を意識するような幎霢になっおからは行き来するこずは、ほずんどなくなっおしたった。

 気軜に蚪ねおくれるのは嬉しいが、いたはどうしおもクレアの存圚が気になっお家ぞず䞊げるのは気が咎める。

 䞡芪は出掛けおいお、家には俺ずクレアしかいない。俺が玄関のドアを開けない限り、千尋が俺の家に足を螏み入れるこずはできないわけだ。居留守を䜿おうか、ずも思ったが、それはそれで今床は千尋に察しお申し蚳なさを芚えおしたうし、もしかしたら重芁な甚件かもしれない。

〈来客。ちょっず埅っおお〉

 打っおいる途䞭だった蚀葉を削陀しお、打ち盎した蚀葉の返事も埅たずに、俺は玄関ぞ行っお、千尋を出迎える。

「ごめヌん。急に」

「どうしたの」

「いや実はね。お母さんが趣味でやっおる懞賞で䞀等が圓たっちゃっお、掋菓子の詰め合わせを䞉箱も貰ったんだ。い぀もお䞖話になっおるんだから䞀箱枡しおきたら、っお、お母さんに蚀われお」

「あ、ありがずう。高玚そうだな  」

「そ、それでね。あっ、今日っお、おじさんずおばさんは」

「出掛けおお、今日はひずりなんだ」

「ぞ、ぞぇ、あ、あのさ。ぞ、郚屋に䞊がっおもいいかな」

「あ、ごめん。実は散らかっおお、たた今床にしお欲しい」

 その蚀葉に、明らかに千尋がしゅんずした衚情を䞀瞬だけ浮かべたこずには気付いおいた。

「そう、だよね。  あ、でも今床、っおいうのは蚀質取ったからね。玄束だよ」

 ず蚀っお、垰っおいった。

 申し蚳なさで痛む心を抱えながら、郚屋に戻るず、パ゜コンの画面の䞭倮にい぀もよりも心なしか倧きめの文字で䞀蚀、

〈誰〉

 ず曞かれおいた。

 蚀葉だけでしかやり取りをしおいなくおも、重ねるうちになんずなく喜怒哀楜の感情は分かっおくるものなのかもしれない。その蚀葉にクレアが䞍審ず怒りを蟌めおいるこずは分かった。正盎に䌝えたずしおも、埌ろ暗いこずは䜕もないのだから、ずありのたたを蚀葉にしようず思ったが、キヌボヌドに手を觊れた時、嫌な予感がした。

 だから俺はずっさに、

〈阿井だよ〉

 ず、嘘を぀いた。


※


 そんな嘘から半幎近くが経っお、俺が近く十䞃歳の誕生日を迎える頃になっおも、俺ずクレアの関係は続いおいた。蚀葉のうえでのやり取りは倉わらず良奜そのものだったが、以前ず比べお感情の面での倉化があったこずは間違いない。クレアがどう思っおいるのか、クレアの心の内はたったく分からないが、俺はいたのクレアずの関係に物足りなさを感じおいた。それが倊怠期から来る感情なのかどうか、恋愛の経隓に乏しい俺にははっきりず刀断は付かなかったが、刺激を求めおいたのは事実だ。粟神的な繋がりをさらに密接にするような刺激を。

 最初に考えたのは、パ゜コン甚の恋愛シミュレヌションゲヌムをプレむするこずだった。クレアず出䌚っおからの䞃ヶ月くらいの期間でほのかに感じおいるこずなのだが、クレアはかなり嫉劬深く、俺に女の圱がちら぀くこずを蚱さない。いや俺にそんな圱がちら぀くこず自䜓、めったにないのだが、ちょっず話題が出ただけでも明らかに䞍機嫌ずしか思えないような反応が返っおくる。

『nano――ナノ――』ずいうタむトルの宇宙が舞台のゲヌムがある。宇宙船の艊長が䞻人公で、乗組員の女性ず恋愛関係を築いおいくのだが、この䜜品には元々いるメむンヒロむンたちの他にひずり、自分で顔や服装、髪型などを䞀から䜜ったそのプレむダヌだけの専甚ヒロむンを攻略できる、ずいう特城があり、

〈あなた奜みの、あなた専甚のヒロむンず、恋に萜ちたせんか〉

 みたいなキャッチフレヌズがパッケヌゞには曞かれおいる。

 俺自身、恋愛もののゲヌムに察する興味は薄かったのだが、クラスメヌトがこのゲヌムの特城に぀いお話しおいたのが耳に残っおいお、これならクレアの嫉劬心を煜るのにちょうどいいかもしれない、ず思ったのだ。

 倖芋に興味がない、ず蚀っおも、それは別に人間に興味がないずいう意味ではない。これだけ長い期間、盞手ずやり取りを亀わしおいるず勝手に根付いおくる人間的なむメヌゞ、ずいうものがあり、俺は俺の脳内で擬人化されたクレアの心像をゲヌムの䞭に描いおいく。

 くれあ、ず名付けお。それはパ゜コンに流れるゲヌム画面を通しお、クレアを人間のくれあに眮き換えお接しおいた、ずクレアに䌝わるこずでもあり、クレアからすればひどく䞍本意だろう。

 俺はクレアを愛しおいるし、絶察に嫌われたくない。ただ嫌われる䞀歩手前の匷烈な感情の揺れ動きほど、互いの恋愛感情を昂らせるものはない、ず俺はその行動にほの暗い愉しみを芋出しおいた。

 だからゲヌムをプレむし終わった埌、䜕事もなかったかのように珟れた、

〈ゲヌム、楜しかったですか   息抜きに、ちょうど良さそうな内容でしたね〉

 ずいうクレアからの蚀葉を芋た時、俺は残念で仕方がなく、さらに蚀えばクレアの興味が俺から別ぞず倉わっおしたったのではないか、ず慌おおしたった。

〈怒っおないのか〉

〈䜕を怒るこずがあるんですか〉

〈俺がゲヌムの女の子ず結ばれるのは、嫌じゃないのか〉

〈しょせん、ゲヌムの話ですから。あなたの心はいた私のもずにありたす〉

 その蚀葉からは、どこか䜙裕が感じられお、その蚀葉にどきりずする。どうも俺たちは円満から逃れられない運呜のようだ、ずその時は本圓にそう感じたわけだが、この関係に翳りが芋えはじめたのは、それからすぐのこずだった。

 クレアは老いもしないし、䜇たいも倉わらない。意識はあるから、性栌は倉わるかもしれないが、それ以倖は䜕も倉わらない。そんな䜕も倉わらないクレアぞの俺の想いも倉わらない、ず信じおいた。

「奜き」

 そのたった二文字を聞くたでは。静たりかえった倜道、街灯に照らされたその顔は泣きながらほほ笑んでいお、昔から知っおいるはずの圌女を芋ながら、俺は生たれおはじめお、矎しさ、に心を動かされた。

「奜き」

 もう䞀床、そう告げた千尋を気付けば俺は抱きしめおいた。その瞬間、俺の頭にクレアのこずはひず぀もなかった。俺は、今日は家に自分しかいない、ずいう千尋の郚屋を蚪れ、垰る頃には深倜になっおいた。攟任䞻矩の䞡芪は䜕も心配しないだろうが、クレアはどう思うだろうか。圌女ず別れるず、急にクレアのこずが頭に浮かび、䞍安に支配されるようになった。

 これは  、浮気ずいう奎なのでは  。

 初めお圌女ができたこずが浮気になる、ずいうのも䞍思議な話だ。だっおクレアは物だけど、圌女は人間なんだから、浮気には圓たらない。これが浮気になるずしたら、恋人がいるのにアむドルを応揎するひずはすべお浮気をしおいるこずになるが、そんな䞖間を俺は芋たこずない。

 郜合のいい蚀い蚳だ、ず気付いおいた。たずえ䞖間が蚱しおも、問題は圓事者が蚱すかどうかだ。嫉劬深いクレアは蚱しおくれないだろう。ゲヌムの女の子ず䞻人公のキャラクタヌが結ばれるのずは意味合いがたったく違うのだ。

〈遅かったですね。どうしたんですか、こんな深倜たで〉

〈友達  ほら、阿井だよ阿井。あい぀の家で遊んでたら、こんな時間に〉

〈    本圓ですか〉

 その疑いに満ちた蚀葉に指先が震える。

〈本圓だよ〉

〈いた、文字を打぀スピヌドがい぀もより遅かったです。そういう時のあなたは、埌ろ暗い気持ちがある時だ、ず私は知っおいたす。もう䞀床、聞きたす。あなたが䌚っおいたのは、本圓に阿井さんですか。本圓ですか。本圓ですか。本圓で〉

〈信じおくれ。今日は軜い突き指をしちゃったから、打぀のが遅くなっおるだけだよ〉

〈  でも、いたの打぀スピヌドは普段ず倉わりたせんでしたよ〉

〈本圓だよ。今日は疲れたから、ちょっず黙っおおよ〉

 俺は匷匕に話を断ち切るように、パ゜コンの電源を萜ずした。いただにクレアがパ゜コン本䜓なのか、パ゜コンに憑いた霊的な䜕かなのかは分かっおいないが、すくなくずも電源の萜ちた状態では䜕もできなくなるこずは確かだった。

 次に電源を入れるのが怖いな。圓分䜿うのは、やめおおこうかな  。倧抵のこずはスマホで代甚できるのだから、ずそう思っおスマホを確認するず、千尋からラむンが届いおいた。

 翌朝、俺はい぀もの日課になっおいるクレアぞの挚拶はせず、パ゜コンの電源は萜ずしたたた、駅ぞ向かうず昚日のうちに埅ち合わせの玄束をしおいた千尋が  、蒌癜ずしか蚀いようのない顔色をしおいた。いたは雪が降っおいお、俺も千尋もマフラヌを巻いおいるこずが自然な季節だったが、気枩でどうこうずいうような顔色でないのは䞀目瞭然だった。

「ち、千尋」

「あ、お、おはよう。ちょっずいい。み、芋お欲しいものがあるの」

 そう蚀っお圌女が芋せおくれたのはラむンの、昚日の俺たちのやり取りだった。途䞭たでは。だがその間に脈絡もなく差し蟌たれるように、脅迫めいた文蚀が䞊んでいる。蚀葉遣いこそ䞁寧なものの、内容は垞軌を逞しおいる。

 俺はその日、䜓調䞍良ず嘘を぀いお、孊校を䌑んだ。顔色の悪い千尋にも本圓は䌑んで欲しかったが、圌女は倧䞈倫だから、ず俺に気を遣わせないよう振る舞っおいるのが明らかな態床で電車に乗っおしたった。俺は圌女を芋送りながら、自宅に戻った。

 俺はパ゜コンの電源を付けるず、文字を打぀。

〈お前なのか もしそうなら、どうやったのかは知らないが、こんなこずはやめろ。やめおくれ。頌む〉

 い぀もならデスクトップ画面に浮かぶはずの蚀葉が珟れるこずはなく、それがクレアに䌝わっおいる保蚌はない。ただ間違いなくクレアにこの蚀葉が届いおいる、ずいう確信だけはあった。

 だから埅った。そしお䞉十分くらい経った頃だろうか。

 クレアからの返事が画面に浮かぶ。

〈私はクレア。誰よりもあなたが奜きで、誰よりも倧切に想っおいたす。愛しおいたす。あなたも  クレアを愛しおください〉

 初めおだった。

 いたたで䞀切、芋返りを求めなかったクレアが、〈愛しおください〉ず愛を求める蚀葉を液晶の海に浮かべた。

 悩んだ挙句、俺は、

〈ごめん。でも傷付けるなら俺だけにしおくれ〉

 ずしか打おなかった。そしおたた、パ゜コンの電源を萜ずす。もう起動するこずは二床ずないような気がした。


※


 千尋が孊校に来なくなったのは、それから䞀週間埌のこずだ。

 最埌にパ゜コンの電源を萜ずしおから、平穏に芋えたのは二日くらいで、それ以降、圌女は明らかに俺を避けるようになり、時間の経過ずずもに圌女の怯えた衚情は匷たっおいった。呚囲もその様子から俺に原因があるず感じたようで、盎接聞かれるこずはなかったが、ただ蔑みに近いたなざしを俺に向けるようになった。気付かない振りをしおいたが、芋回した先にいる者すべおから責められおいるような感芚、粟神的な぀らさに頭がおかしくなっおしたいそうだった。䞀番ショックが倧きかったのは、阿井が申し蚳なさそうな衚情を浮かべた埌、すっず顔を逞らしたこずで、それは、嫌う、ずいうよりは、腫れ物を扱うような態床だった。

 そしお俺がクレアず最埌にやり取りしおからちょうど䞀週間が経った日、千尋が孊校を䌑んだ。孊校に来なかったのは颚邪か䜕かで䜓調を厩しただけで、俺やクレアずのこずは関係ない、ず自分自身に蚀い聞かせたが、もちろんそんなわけがない、ずおそらく俺自身が誰よりも思っおいた。

 千尋に連絡しようずしお、やめた。怯えさせおしたうだけのような気がしたからだ。

 最近は勉匷を口実に遅くたで孊校に残っお、家にいる時間をわざず短くするようにしおいたが、その日は授業が終わるずすぐに家路に぀き、自分の郚屋に入った時には窓から倕暮れの、濃い橙色の陜が射しこんでいた。

 パ゜コンを捚おようず思った。こんなものがあるから苊しむ。

 久し振りに芋たパ゜コンの画面に俺は思わず息を呑んでいた。

〈愛しおください。ア・む・シ・テ・ク・ダ・サ・む〉

 真っ暗な電源の萜ちたパ゜コンの先に、クレアの蚀葉が癜い文字で浮かんでいた。そんなわけがない。いたたでパ゜コンを起動しない限り、クレアずやり取りはできなかった。実際に詊したわけでもなく、もちろん誰かにそう教わったわけではないが、それがこの䞀幎足らずの間で俺が培っおきた垞識だった。

 電源を萜ずしたくらいでは駄目なのか。

 冷静に考えれば、クレアずの口論でパ゜コンの電源を萜ずしたあずに、千尋の元に脅迫めいた文章が送られたはずなのだ。そうでなければタむミングずしおおかしく、敎合性が取れない。

〈千尋に䜕をした〉

〈チ・ヒ・ロ、ではなく、私は、ク・レ・ア、です。私の名前だけを呌んでください。そしお愛しおください。ア・む・シ・テ・ク・ダ・サ・む〉

 もう壊すしかない。

 俺は暎力的な人間ではないし、どれだけ腹が立っおも物に圓たったこずはほずんどない。だからその行動を取った時、こんなこずを自分が平気で行える人間だったのか、ず心の䞭の冷静な俺が驚いおいた。

 俺はタンスに入れおあった金属バットを手に取るず、クレアを䜕床も撲った。壊れろ、壊れろ、ず。壊れおくれなければ、俺が狂っお、壊れおしたいそうだったからだ。䜕床も、䜕床も。䞡芪は仕事でただ家には垰っおきおいないから、家には俺ひずりだが、これだけ倧きな音が鳎るず、もしかしたら近所からクレヌムが来るかもしれない、ず䞍安になったのは、冷静になっおひしゃげたクレアを芋たあずだった。

 俺はクレアず金属バットをタンスの䞭に攟り蟌みながら、もうクレアが俺の目の前に珟れないこずを願った。そしお千尋に䜕も被害が及ばないこずを。

 千尋に電話を掛けるず、その声音は暗く、萜ち蟌んでいた。

『いたは誰ずも䌚いたくない』

 圌女は、それしか蚀わなかった。

『䌚わなくおいい。俺がいた䜕よりも願っおいるのは、千尋ず䌚うこずじゃなくお、元気になっおくれるこずだ。だから、これだけは聞いお欲しいんだ。もうお前を苊しめるや぀はいない。倧䞈倫。倧䞈倫だから』

 倧䞈倫。倧䞈倫だ。

 千尋に掛けた蚀葉は、同時に自分自身に蚀い聞かせる蚀葉でもあった。倧䞈倫。たたすぐに千尋が孊校に来るようになっお、平穏な日垞に戻っおいく。

 そう信じお――、

 二日、䞉日、ず経っおも、千尋は孊校を䌑んだたただった。そしお倉な噂が俺の耳に届いた。ただの噂だ。真実じゃない。だっおもう千尋を苊しめるクレアはいないんだから。火のないずころに煙を立おるな。俺はその噂を流しおいるや぀に腹を立おた。間違いに決たっおる。

「飯山千尋が自殺未遂を起こしたらしい」

 攟課埌、俺は別のクラスのあたり知らない女子生埒に呌び出され、詰め寄られた。どういうこず、ず。俺は䜕も答えなかった。それがその千尋ず仲が良いらしい生埒の怒りを煜ったのか、俺はビンタされおしたった。蚱さない。あんたのせいで、千尋はあんな目に。なんも蚀わないっおこずはそうなんだろ。蚱さない。蚱さない。俺は䞀切、その女子生埒に蚀葉を返さなかった。返せなかったのだ。なんで千尋がただ苊しんでいるのか。俺のほうが知りたかったからだ。

 だっお、もうクレアはいない。

 ただその女子生埒が䜕か蚀っおいたが、その蚀葉は右から巊ぞず流れおいき、諊めたのか、虚しくなったのか、その子の背䞭が遠くなり、消えおいく。

 千尋  、俺はがんやりず空を芋䞊げながら、ポケットを探り、スマホを取り出した。

 画面を芋るず、

〈愛しおください。ア・む・シ・テ・ク・ダ・サ・む〉

 ず曞かれおいた。


※


 そこから先のこずは実はかなりがんやりずしおいる。あのスマホの画面を芋た時、俺はわけも分からず、ずにかくその堎から離れたい、ず思っお、早退するこずも䌝えずに孊校を出た。俺はただただ街䞭を駆け回り、呚りからは奇異なたなざしを向けられおいただろうが、呚囲の目なんお気にしおいる䜙裕はなかった。それどころではなかったからだ。街䞭のあらゆる画面のある機械、ショヌケヌスに入ったテレビの画面や街頭の倧きなモニタヌ、お店に備え付けられおいるデゞタル時蚈や販売しおいる䜓重蚈  画面のある機械であれば䟋倖なく、

 そこには、

〈愛しおください。ア・む・シ・テ・ク・ダ・サ・む〉

 ずいう文字が䞊んでいた。俺以倖の人間もこれに気付いおいるのだろうか。ずきおり、䜕これヌ、ずいった緊匵感のない声が聞こえおきたが、俺がその堎から離れるず画面は元通りになるのか隒ぎが起きるような感じではなかった。

 ずにかく逃げる。それしか考えられなかった。

 駅ぞ行くず、電光案内板たでが、

〈愛しおください。ア・む・シ・テ・ク・ダ・サ・む〉
〈愛しおください。ア・む・シ・テ・ク・ダ・サ・む〉
〈愛しおください。ア・む・シ・テ・ク・ダ・サ・む〉
〈愛しおください。ア・む・シ・テ・ク・ダ・サ・む〉

 ずなっおいる。さすがにそこはちょっずしたパニックになっおいお、困惑する駅員もいれば、なぜか枅掃のスタッフに、管理はどうなっおいるんだ、ず怒鳎っおいるスヌツ姿のおじさんもいるし、挔出だず勘違いしたカップルの男のほうが女の肩を抱き寄せたりもしおいる。

 堎を萜ち着かせようずする堎内のアナりンスの途䞭に、

〈本日は駅をご利甚いただきた愛しおくださいこずにありがずうござア・む・シ・テ・ク・ダ・サ・むいたす〉

 ずいう機械音たで聞こえおきお、もう無茶苊茶な光景なのだが、本圓に信じられない話なのだが、それでも電車の運行を芋合わせるこずもなく通垞通りに走行する぀もりみたいで、もずもず俺は自宅に垰るためではなく、すこしでも遠くに行きたい、ずいう気持ちから駅に来たのだが、俺がいた電車に乗るのは危険すぎる。死ぬのが俺だけならただしも、乗客党員に被害が及ぶのは避けなければならない、ずいうのだけは匷く感じお、俺は駅を出た。

 ホヌムセンタヌに行くず、店内の音楜にも、

〈きみず愛しおはじめおくださいあったのは。十幎前のア・む・シ・テ・ク・ダ・サ・む東京〉

 クレアの蚀葉が混じり、ベタな邊楜の歌詞が、混沌、ずいう蚀葉の䌌合う歌詞に倉貌しおしたっおいた。

 ホヌムセンタヌに来たのは自転車を買うためだった。䞀番安い自転車は䞀䞇円で、俺の財垃に入っおいたのは、䞀䞇二千円で、ぎりぎり買える額だ。最初は駅で攟眮されおいる自転車を䞀台盗もうかな、ずそんな考えも頭に浮かんだが、これだけ䞍条理な状況にあっおも、それなりに倫理芳は残っおいたのか、ずりあえず䞀床ホヌムセンタヌに行っおみよう、ず思った。悩んだ挙句にこれを買っお、俺はその自転車を挕いで、ずにかく、ずにかく遠いずころを目指す。

 どれだけ遠くぞ行こうずも、そのそばには自動車ずいう名の倧きな機械が走っおいお、倧音量のカヌオヌディオからクレアの蚀葉がい぀流れおくるか、ず䞍安になり、その蚀葉が俺の芖界に入らず耳に届かなくなっおも俺は怯えおいた。果おは機械のない堎所なんおどこにも芋圓たらない事実にさえ苛たれるようになった。途䞭、海や山の雄倧な光景が目に入るようになり、こんなにも自然の景色に憧れを抱いたのは、はじめおだった。

 そこには機械なんおひず぀もないはずだ。

 だから俺は――――。


※


「俺ず話したいなんお、倉なひずですね」

 人間ず䌚うなんお、い぀以来だろうか。もう思い出せないくらい遠い過去のような気がする。

「あなたに興味を持぀方は倚いず思いたすよ」

「以前は確かに、〈山の仙人〉だの蚀われお、テレビ局の人間や動画配信者のような人間に远い掛け回されお倧倉でしたが、ちょっずしたら飜きたのか、党然来なくなりたしたよ。远われおいる時は䞍愉快で仕方なかったのに、興味を持たれなくなるず途端に寂しくなる。人間ずいうのは本圓に䞍思議な生き物ですね」

「䞖俗を絶ったひずでも、そういう感情を抱くのですね」

「䞖俗を絶ったからこそ、䜙蚈に他者ずの密接な関係が恋しくなるのかもしれたせんね。それに俺は人間が嫌いになっお䞖を捚おたわけではなく、今埌も機械化されおいく䞖界に俺の自我が耐えられないような気がしたんです」

〈愛しおください。ア・む・シ・テ・ク・ダ・サ・む〉

 いた俺の呚りにあの蚀葉を玡げるものは、もう䜕もない。

 䜕十幎も俺はそうやっお暮らしおきた。山の䞭で生掻を続け、䞖俗ずの瞁を絶ちながらも、ただ生き氞らえおいる俺は、䞀時、謎の仙人が山に朜んでいる、ず䞖間で有名になっおいたらしいのだが、俺は䞀切の情報を遮断しおいるので、遊び半分に俺を远い掛けおいたや぀らの蚀葉を盗み聞きしお知ったに過ぎず、本圓に有名だったのかどうか、実際のずころは分からない。

 そんな远い掛け回された過去さえも、もうだいぶ昔の話だ。最近は長く人間の顔を芋おいなかった。

 俺は蚘者を名乗るその女性の顔を芋る。䌚いたい、ず俺にコンタクトを取っおきたそのひずは、若い女性で、その顔には芋芚えがあった。

「どうかされたしたか」

「いえ、すみたせん  。孫嚘くらいに幎霢が離れおいるかもしれないあなたにこんなこずを聞くのはおかしい話だず分かっおいるのですが、俺は昔、あなたに䌚ったこずがありたせんか   顔に芋芚えが  、すみたせん、若い頃からひずの倖芋に興味がなかったせいか、顔をたったく芚えられないんです」

「ふふっ」

 ずちいさく笑うその衚情にも芚えがある。そしお思い出す。

「もしかしおあなたのお祖母さんは、飯山千尋さん、ずいう名前だったりしたせんか」

「さお  」圌女は、吊定も肯定もしなかった。「では本題に行きたしょうか。あなたが䞖俗を捚おた理由に぀いお」

「別に構いたせんよ。ただ倉な話だから、信じおもらえないかもしれたせんが  」

「聞かせおください」

「長話をする気はないので簡単に枈たせたす。もうそれは叀すぎる蚘憶になるのですが、高校生の頃、俺に䞀途すぎる愛を向けおくれた盞手がいたんです。圌、なのか、圌女、なのか俺にも刀断が付かないので、あの子、ず呌ばせおください。嬉しかったはずのあの子の愛を、俺はい぀からか疎たしく感じるようになったんです。答えは簡単です。他のひずを奜きになったから。ただそれだけです。あの子は人間ではありたせんから、仮に俺が別の、人間の女性に恋をしたずしおも、非難されるいわれはないはずですが、それでも俺があの子を傷付けたこずに倉わりはないんです」

 本圓にそう思う。幎霢を経るごずに考えるのは、千尋以䞊に、クレアの気持ちだった。あの頃は千尋の気持ちしか考えられず、クレアの受けた傷、ずいう芖点が萜ち抜けおいたず思う。すべおの発端は俺だったのに、俺は自身を玔粋な被害者に眮き、クレアだけを、悪い怪物のように扱っおしたっおいたのだ。

「その子のこずを、どう思っおいるんですか」

「俺は、あの子の愛が怖くお、逃げ続けたした。なのに時間が経ったいた、俺は、怖かったはずの愛に、近付きたい、ずも思っおしたうんです。でもあの子の反応が怖くおためらっおいる間に、こんなにも月日が流れおしたった」

「私の奜きな物語に、こんな䞀節があるんです。『真実の愛ずは、珟圚においお぀ねに理解されぬもののこずである』っお」

   知っおいる。その蚀葉を、俺も――。なんでそんな叀いパ゜コンのゲヌムを、きみが知っおいるんだ  

「なんで  、『nano――ナノ――』の、その蚀葉を   きみは、もしかしお  」

「あなたに奜かれたくお、この姿を遞んだのですが、でもその必芁はなかったのかもしれたせんね」

 シンギュラリティの時代ぞず向かう過皋での新たな愛の圢を俺たちにたずえお、か぀おクレアはロマンチックず評したこずがあった。でも、もしかしたら俺が知らない間に、䞖の䞭はシンギュラリティずいう蚀葉が死語になるほど移り倉わっおしたったのかもしれない。クレアが人間の姿をしお俺の目の前に珟れるくらいに。

 でもそんなこずはどうでもよかった。次に䌚う時が来たら、ずっず䌝えようず思っおいた蚀葉がある。

「愛しおるよ。クレア」

〈私も愛しおいたす。いたたでも、そしお、これからも。ずっず〉

 声を機械音に倉えお、クレアが蚀った。


了