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プロフィールっぽいもの

小さな頃から「その辺に生えている草花」に興味があり、子ども向けの植物図鑑を買ってもらって実物と比べて喜んでいるような子どもだった。でも住んでいたのは兵庫県西宮市の市街地で、それほどたくさんの種類の草花に出会えたわけでもなく。時々、大阪市内の祖父母宅に遊びに行くと淀川の堤防に散歩に出かけ、摘んだヨモギで草餅を作ってもらったり、押し花を作って遊んだ記憶がある。あとは家族で出かけた信州・八ヶ岳。父のルーツが長野県大町市にあったことや、父の知人が八ヶ岳でペンションを営んでいたこともあり、一時期毎年訪れていた。街では出会えない高山植物に目を輝かせ、10歳頃の誕生日に父が数万円するような高価な野草図鑑を買ってくれたりもした。その後しばらく植物とは縁遠い思春期を過ごしたものの、大学生になって初めてデジカメを手に入れてからは、植物や空模様を撮りたくて1人であちこち出かけるようになった。その延長線上で、バックパッカーとして海外をふらふら旅したりもした。Googleマップも翻訳アプリもなかった時代、地球の歩き方だけを頼りに片言の英語だけでなんとか乗り切った経験は、結構真面目に人生観を変えてくれた。


建築系の大学を卒業し、住宅設備メーカーで技術職として商品開発・設計に5年ほど従事。学生時代から書き続けていたブログと、カメラ女子であったことがきっかけで写真講座の講師や、写真撮影の仕事で副業が始まり、29歳で会社を辞めフリーランスになると同時に結婚。アメブロバブルやSNS起業ブームの波に乗り、全国十数箇所に講師やカメラマンとして呼んでもらったりした。仕事内容もニーズに合わせて、協会役員・SNSコンサルティング・Webライター・イベント企画・企業研修など、話をもらえば片っ端からやってみた。その時その時で精一杯取り組んで、その結果喜んでもらえるのは嬉しかったけど、私自身に特に飛び抜けた何かはなかったような気がする。でもこの時の多種多様な経験が、今色々なところで活かされているから侮れない。

プライベートでは大阪市→横浜市→吹田市と住まいを変えつつ、長女(2013年)・次女(2015年)・三女(2019年)を助産院で出産。夫は仕事で首都圏にいることが多く、月〜金は完全ワンオペ育児という時期が5年ほど続いた。子どもの数が増え、限られていく自分の時間をどう使うのか、どう働くのかと考え続けた結果、夫の故郷である岐阜県高山市に移住することを決意。0歳児含む3人の未就学児+第4子妊娠9ヶ月という、今考えてもどうかしてるとしか思えない状況で大阪→飛騨高山の転居を2019年末に決行。翌2月に長男を自宅出産した矢先にコロナ禍が始まり、長女は入学式の翌日から2ヶ月休校という、未曾有の事態に直面することとなった。

高山に移住する1年ほど前から、それまで携わっていた仕事を徐々に減らしブログ運営やnoteの執筆に重きを置くようになった。発信内容は、それまで趣味でやっていた発酵系の手仕事など、暮らしに関することに路線変更。高山では幼少期から心惹かれていた植物にも触れる機会が増え、和ハーブや薬草について改めて学んだりもした。それまで買うしかないと思っていたものが、発酵技術や庭の植物を使えば作れるという面白さにハマり、実験と称して色々なものを手作りするようになった。失敗も数知れないけど、それも含めて経験値が上がっていくのが嬉しかった。

高山市のお隣・飛騨市が薬草事業に力を入れているお陰で、和ハーブのワークショップや講座を開催させてもらったり、薬草専門店で働く機会も得た。家の中でクラフトを作るだけでは飽き足らず、庭を含めた周辺環境をより良くしたくてパーマカルチャーも学んだ。とはいえ家庭菜園は私の性格的にあまり上手くいかず、放ったらかしでもなんとかなるような《エディブル和ハーブガーデン》にシフトし、お茶・薬味・ジャム・スキンケアの材料を自給することを目指している。

そこからの大きな変化は、縁あって2025年春から週3勤務のパート公務員になったことだった。新卒で勤めていた会社を2009年に辞めて以来、16年ぶりにシャバの空気を吸ったような気がした。長らく自由気ままに働いてきた私に、週3とはいえ公務員が務まるのだろうかという不安はあったものの、周りの理解あって今のところ何とか続いている。移住後に生まれた末っ子長男も気づけば小学校に入学し、公務員と自営業の二足の草鞋という、少し前には想像さえしていなかった働き方をしている。移住直後に出産&コロナ禍、というタイミングもあって自分が住む高山市という街についてよく知らないままだったけれど、今の仕事に就いたお陰で高山の良さや課題などに触れ、グッと視野が広がったのはとてもありがたかった。そして公務員は福利厚生が整っているのが素晴らしい。同時にフリーランスの脆弱さも改めて感じることとなった。


そんなこんなを経て、今はオフの日を使って庭づくりやクラフト実験、暮らしをいかに循環させるかをトライアンドエラーし、その記録をこうしてnoteに綴ることをライフワークにしている。小学校の時の図工の先生が児童文学作家を兼務されており、その作品や先生自身の影響を強く受け、卒業文集には「夢は作家になって印税生活をすること」と夢があるんだかないんだかよくわからないことを書いたのを憶えている。文章を書くことがずっと好きだったので、印税生活への憧れこそ潰えたものの「自分が書いたものが書店に並ぶこと」をいまだ諦めきれずにいる。今noteに書いているようなことがいつか一冊の本になるように、淡々と書き続けていきたいと思う。

▼インスタグラム

・ヒダノワ代表
・NPO法人パーマカルチャーセンタージャパン認定 パーマカルチャーデザイナー
・一般社団法人和ハーブ協会認定 和ハーブインストラクター
・発酵食大学認定 発酵食エキスパート1級
・一般社団法人日本雑穀協会認定 雑穀エキスパート
・NPO法人薬草で飛騨を元気にする会認定 薬草コンシェルジュ上級
・一般社団法人和漢薬膳食医学会認定 和漢薬膳師

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