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中年の危機、大学院へ行く

20代のころ、「ミッドライフ・クライシス」という言葉を初めて知った。日本語では「中年の危機」という。英語でも日本語でもどちらも崩壊的なワードである。年上の知り合いが突然、金髪に髪を染めたり、ダンスを習い始めたりすると「ミッドライフクライシスなんだろうね〜」なんて思っていたが、その渦中に辿り着いた40代のわたしから、20代のわたしへ言わせてもらうと、「そんなこと言ってくれるな!」である。

中年の危機

中年の危機と簡単に言われてしまうのも困ったものである。それぞれの人生には外側からはわからない背景があるからだ。子育てが終わり、やっと自分に費やせる時間ができたから念願だったダンスを習ったのかもしれない。ずっと営業職でがんばってきて、退職して営業時代は絶対にタブーだった金髪に染めたのかもしれない。何かをやりたいと言うのは簡単だけど、実際に一歩踏み出してやってみるのは本当に大変なことだ。なので、とりあえず、中年の危機って呼ぶのは一旦やめてほしい。心理学的には「アイデンティティの再構築期」というらしい。そちらを採用していってほしい。

40代からの再構築

かくいうわたしも、いろんな経験をして、いろいろ考えた末に大学院へ行くことにした。再構築、そのものだった。40代で大学院へ行くと、ありがたいことにまわりの人がお褒めの言葉をくれる。でも、本人は褒められるようなことをしている感覚はまったくない。ただ、仕事のように勉強をしているだけだ。でも、ひとつガックリきてしまうことがある。8時間勉強して課題を出した後に、今日もがんばった!という達成感に浸るのだが、その直後に「え、ちょっと待って。8時間机に向かってたけど、1円も稼いでない!何なら払ってる!ぎょえー!」という錯覚からのリアライゼーションというのを週1くらいでやっているのである。とはいえ、こんなに一生懸命学んで吸収するというのは、大人になった今だからこそ楽しめることだと日々思っている。

前置きは長くなったけれど、わたしは2026年の1月からアリゾナ州立大学で心理学の修士課程で勉強している。1月から5月までの1学期が終わった時点で、もう1年くらい経った気でいたけど、この先恐ろしいことにまだ1年近く残っている。わたしの脳はあと1年持つのだろうか。そして、「今日もよくがんばった!ぎょえー!1円も稼いでない!」をあと何百回繰り返すのだろうか。

書いてみることにする

今年から生活をガラリと変え、結構思い切って大学院へ行くことにしたわけだし、学んだことも自分なりに消化するために書かないと身につかないだろうと思って、大学院のこと、学んだことを書いてみることにした。誰かの気持ちの助けになったり、誰かの一歩を手伝えたらいいなという気持ちもあるけれど、ほとんどは自分のために。

まずは大学院選びの話から、と思っていたのだけれど、書きたくてしかたないことが湧いてきてしまった。人がどう幸せに生きるかという「ポジティブ心理学」を専攻しているわたしが、急激にハマってしまったこと。それは裁判の傍聴。わたしは今、裁判所に足繁く通っているのだ。

次回、初の裁判傍聴へ。


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