50代で立ち止まった私が、100の「夢」を一本の「生き方」に束ねるまで
先日、こんなXのポストをしました。
風が頬をかすめて、海の匂いがする。
— Bun bun (ぶんぶん)|50代カメラ女子・Kindle7部門ベストセラー作家 (@phoooooosan) February 25, 2026
目の前は、どこまでも青。
ここに立つと、思う。
まだ見ていない景色が、
こんなにもある。
年齢を理由に小さくなるには、
この海は広すぎる。
遠くの島まで続く光の道を見ていると、
「遅い」なんて言葉は、ただの思い込みだとわかる。… pic.twitter.com/Ska2e77fH5
風が頬をかすめて、海の匂いがする。 目の前は、どこまでも青。 ここに立つと、思う。 まだ見ていない景色が、 こんなにもある。 年齢を理由に小さくなるには、 この海は広すぎる。 遠くの島まで続く光の道を見ていると、 「遅い」なんて言葉は、ただの思い込みだとわかる。 景色を変えると、思考が変わる。 思考が変わると、人生の選択が変わる。 だから私は、ときどき高い場所へ行く。
でも、最初からこんなふうに前を向けたわけではありません。
「いつか」が言えなくなった日
50代に入り、私は「夢」を語るのが怖くなっていました。 若い頃のように、未来を無邪気に信じられない。責任も増え、体力も時間も有限だと突きつけられる。「いつかって、いつ?」という自問自答に答えられないまま、叶っていない自分だけが際立っていく気がして、言葉を飲み込むようになりました。
キャリアプランを書き直そうとしても、手が止まる。
「今さら変えて意味があるのか」
「失敗したら取り返しがつかない」
正解を探そうとするほど、安全そうな無難な道だけが残り、私の心はどこにもなくなっていました。
夢は「達成」するためではなく、「選ぶ」ためにある
そんな私が、唯一やめなかったことがあります。 写真を撮ること。そして、感じたことを言葉にすること。 評価のためでも収入のためでもなく、ただ自分の輪郭を確かめるように続けてきた日常の記録。
このnoteも、気づけば1228記事、ダッシュボードを見たら、この記事を書いている現在で、611446ビューとなりました。改めてこういう場があることのありがたさを感じています。
行き詰まったある日、私は毎年作っている100個の「バケットリスト」をまた作成しました。夢を語るのは怖くなってきたけれど、例年やっている習慣化の勢いで 「自分にできること」ではなく「やりたいこと」だけを書き並べる。
金髪にしてみたい。
カッパドキアで気球に乗るリベンジをしたい。
定年後、写真と言葉で「孤立しない暮らし」を支えるサービスを作りたい。
バケットリストを書いたnote→
一見バラバラに見える100個の欲望。 でも、それをChatGPTという客観的な視点(AI)に読み込ませてみたとき、返ってきた言葉にハッとしました。
「あなたの夢は、写真と言葉を軸に、自分のリズムで生き続けるという一本の意思に集約されます」
散らばっていた点がつながった瞬間でした。夢は、一気に叶えるための重荷ではなく、これからどう生きるかを選ぶための「ものさし」だったのです。
未来に向けた、私の挑戦
私の「#未来に向けた挑戦」は、2年後の定年を「終わり」ではなく「第二の柱の始まり」に変えることです。
でも、それは壮大な宣言ではありません。
週に12時間、未来のためにカメラを持つ。
無理をせず、週に一日はしっかり休む。
たとえ手応えがなくても、今の自分が出せる言葉をnoteに置き続ける。
かつて夢を語るのが怖かった私にとって、最大の挑戦は「立ち止まり続けないこと」そのものです。 大きな決断をして人生をガラリと変える勇気はなくても、日常の中でシャッターを切り、言葉を綴るという「小さな継続」だけは手放さない。
今日選んだ一枚の写真が。 今日絞り出した一行の言葉が。
数年後の私を支える「第二の柱」になると信じています。
50代。年齢を理由に縮こまるには、世界はあまりに美しく、撮りたい景色はまだ山ほどあるのです。
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