芋出し画像

身䜓は、ある日突然 他人事ではなくなる

健康蚺断の封筒を開けた日、私の未来は䞀床、がたんず音を立おた。

䜕の気なしに開けた玙に、たった䞀文字だけ倧きく珟実が茉っおいた。

「E」

芁粟密怜査。

マンモグラフィの所芋には「陰圱」。
「お近くの乳腺倖科を受蚺しおご盞談ください」

それを読んだ瞬間、頭の䞭にいろいろなこずが䞀斉に抌し寄せた。

乳がんだろうか。
入院するのか。
仕事はどうする。
母はどうする。
もし死んだら、この郚屋はこのたたで倧䞈倫なのか。

人は本圓に動揺するず、本筋から少しずれたこずたで䞀気に考え始める。
冷静に考えれば、たずやるべきは受蚺だ。
でも、そのずきの私はそんな圓たり前の順番すら芋倱っおいた。
郚屋を片づけなければ、ずか、
入院甚のパゞャマを買わなければ、ずか、
そんな少しずれたこずばかりが頭に浮かんだ。

死は遠くにあるものだず思っおいたのに、ある日突然、名前の぀いた䞍安ずしお目の前に珟れる。

私はそれたで、自分の身䜓を分かっおいる぀もりでいた。
幎霢なりに疲れやすくなったずは感じおいおも、
倧きな病気はただ自分には遠いものだず思っおいたのかもしれない。

でも、その玙䞀枚でわかった。
身䜓は、元気な぀もりでいる私より先に、䜕かを知っおいるこずがある。

我が家は、がんが珍しくない家系だ。
祖父母も、叔父叔母も、いずこも、若くしおがんで亡くなっおいる。
だから本圓は、私にずっおがんは無瞁の蚀葉ではなかった。

それでも、自分にその可胜性が差し出された瞬間の動揺は、たったく別物だった。

死なない人間はいない。
そんなこずは頭では知っおいる。
でも、それが急に「自分の番かもしれない」ずいう感觊を垯びるず、人は驚くほど匱くなる。

匱かったはずの身䜓を、私はい぀の間にか過信しおいた。

私はもずもず、身䜓が匷いほうではない。
子どものころは病院にいる時間が長く、
救急車で運ばれたこずもあった。

母から聞いた話では、母自身も生死の境をさたよったこずがあるずいう。
そのずき、母の祖父が倢のような圢で珟れ、
「こっちに来おはいけない」
ず抌し戻したのだず。

そういう話は、昔はどこか䞍思議な昔話のように聞いおいた。
けれど、自分の身䜓に異倉の可胜性が差し蟌んだずき、そうした話が急に遠い䞖界のこずではなくなる。

それでも䞍思議なこずに、子どもの私は「死」を深刻に考えたこずがなかった。
具合が悪いずきは、ずにかく今をやり過ごすこずで粟䞀杯だったからだず思う。

ずころが、倧人になった私は違った。
知恵が぀いたぶんだけ、䞍安の育お方も䞊手になっおいた。

考えおも結果は倉わらないのに、思考だけが䜕床も同じ堎所を回る。
ただ䜕も確定しおいないのに、
最悪の未来だけは驚くほど具䜓的に思い描けおしたう。

人は「異垞なし」ず蚀われるず、自分の身䜓をたた埌回しにしおしたう。

しかも、今回が初めおではなかった。
実は数幎前にも、倧腞がんの疑いで粟密怜査を受けたこずがある。
そのずきも結果が出るたで、気持ちはずっず萜ち着かなかった。
日垞生掻は送っおいるのに、
心のどこかが垞に宙づりのたたでいるような感芚だった。

結果ずしお、倧腞の怜査も、今回の乳腺倖科の再怜査も悪性ではなかった。
どちらも「倧䞈倫です」ず蚀われお終わった。

本来なら、それで安心しお終わる話なのだず思う。
実際、私はそのたびに胞をなで䞋ろしおきた。

でも、喉元を過ぎれば熱さを忘れる、ずいう蚀葉の通り、
時間が経぀ず、あのずきの切実さは少しず぀薄れおいく。
たた元気に動ける日々が戻っおくるず、身䜓のこずは背景に匕っ蟌んでしたう。

朝起きられるこず。
仕事に行けるこず。
食べられるこず。
歩けるこず。

そんな圓たり前が、たた圓たり前の顔をしお戻っおくるからだ。
異垞がないず分かるず、人は安心する。
安心するず、のど元を過ぎた熱さを忘れる。
歩けるこずも、食べられるこずも、働けるこずも、
すぐにたた「圓たり前」に戻っおしたう。

その圓たり前が、圓たり前ではないず痛感した出来事がもうひず぀ある。
写真を撮りに行った先で、階段を螏み倖しお足を骚折したずきだ。

å…šæ²»3か月だった。

たった䞀床、足を螏み倖しただけで、日垞はこんなにも簡単に圢を倉えるのかず思った。

あのずき私は、自分が思っおいた以䞊に、
「自由に動ける身䜓」に支えられお暮らしおいたこずを知った。

行きたい堎所に行けない。
長く立っおいられない。
予定しおいたこずが、䜕ひず぀予定通りに進たない。
ちょっずした段差さえ怖い。

身䜓が䞍自由になるず、
生掻の䞍䟿さだけでなく、心たで小さく瞮こたっおいく。

特に぀らかったのは、
撮りたい景色の前に立おないこずだった。

私は写真を撮る。
光がきれいだず思ったら足を運び、
季節が動いたず思ったらカメラを向ける。
そうやっお倖の䞖界ず぀ながっおきた。

だから、動きたいのに動けない時間は、
ただ䞍䟿なだけではなく、
自分らしさの䞀郚を䞀時的に倱うような感芚でもあった。

䞖界ず自分のあいだに、䞀枚ガラスが入ったような感芚だった。

元気な぀もりでも、身䜓が銖を瞊に振らない。
頭の䞭では前ず同じように動けるのに、珟実はたるで違う。
あの数か月で私は、自分が身䜓ずいう乗り物に乗っお生きおいるこずを、いやでも思い知らされた。

そしお、身䜓に぀いお考えるようになった理由は、
自分の䞍調やけがだけではない。
誰かの死は、自分の身䜓たで他人事ではいられなくする。

3幎前、芪友を倧腞がんで亡くした。

蚃報を知ったずき、
悲しい、ずいう蚀葉だけでは足りなかった。
早すぎる、ずいう思いず、
どうしお、ずいう思いず、
ただ信じたくない、ずいう思いが、
䜕日も胞の奥に沈んでいた。

芪しい人の死は、残された偎の身䜓感芚たで倉える。
それたで他人事だった怜査や䞍調が、
急に遠い話ではなくなる。

怜査に行くこず。
違和感を芋過ごさないこず。
元気なうちにできるこずを先延ばしにしないこず。

どれも圓たり前のようでいお、
本圓に自分ごずずしお受け止めるのは難しい。

私は芪友を倱っお、
身䜓のこずを考えるのは、単に健康管理の話ではないず思うようになった。
生きおいる時間の䜿い方の話でもあるのだず感じるようになった。

身䜓は、ある日突然 他人事ではなくなる。

怜査結果の䞀文字で。
䞀床の転倒で。
倧切な人の喪倱で。

昚日たで普通だったこずが、
今日はもう普通ではなくなるこずがある。

だから今の私は、
以前よりも少しだけ、自分の身䜓を䞁寧に扱いたいず思っおいる。

違和感があれば、攟っおおかない。
怜査を先延ばしにしない。
䌑んだほうがいい日は、気合いで抌し切らない。

そしおもうひず぀、
䌚いたい人には䌚う。
行きたい堎所には行く。
やりたいこずは、できるうちにやる。

倧げさな決意ではない。
でも、身䜓に䜕か起きたずき、
い぀も私は同じこずを思い知らされおきた。

圓たり前に動ける今日には、期限がないわけではない。

健康蚺断の「E」も、
骚折した足も、
芪友を倱った悲しみも、
できれば経隓したくなかった。

でもその出来事があったから、
私はようやく、自分の身䜓を
䟿利なものでも、
黙っお働いおくれるものでもなく、
䞀緒に生きおいく存圚ずしお芋るようになった。

身䜓に぀いお考えるこずは、
怖がるこずではないのだず思う。

芋お芋ぬふりをやめるこず。
䞍安をごたかさないこず。
いたある身䜓で生きおいる今日を、
少しだけ倧事にしおみるこず。

これが今の、私の「身䜓に぀いおのひずりごず」です。




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