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🍀『しゃがんで見つけた、小さな命の世界。』──林の中のキノコと、私の心が整う瞬間

 こんにちは。
 Bunbunです。
 先日、こんなツイートをしました。

しゃがんで、そっとレンズを向けた。 林の中、落ち葉の隙間に、小さな小さなキノコ。 誰にも見つからない場所で、静かに、でも確かに生きてる。 昔の私は、こういう存在に気づけなかった。 見るのはいつも“映える”もの、“わかりやすい美しさ”ばかりだった。 でも、写真を続けるうちに変わってきた。 「目立たないけど、心に残る景色」こそ、私の心が求めていたものだったって。 それはまるで、 誰にも評価されなくても、自分のペースで咲いてる人生みたいで。 写真って不思議。 ファインダーを通して、自分の中の“見落としていたもの”に出会える。 今日もまた、しゃがんでシャッターを切る。 あの小さな命が、私の心をまるくしてくれる。

 たくさんの反響をいただきました。
共感してくださる方がいることがとても嬉しく、改めて写真と言葉で伝えたい思いがあると筆を取りました。


ふと足を止めた、その場所に

 林の中、ふかふかの落ち葉を踏みながら歩いていたときのこと。
 少しだけ、地面にしゃがみ込んでみたら──
 そこには、小さな、小さなキノコが生えていました。

 誰にも見つけられないような静かな場所。
 ひっそりと、でもしっかりと、そこに生きていたんです。

 忙しさ流されて、自分の足元すらきちんと見ていないような毎日。
 それはまるで、「私はここにいるよ」と、誰にも気づかれなくても伝えているようでした。

“映える”世界ばかり見ていた頃

 正直に言うと、私は以前、写真を撮るときに“映えるもの”ばかり探していました。

 目立つ花、派手な夕焼け、旅先の絶景──
 誰かに「すごいね」と言ってもらえるような、わかりやすい美しさを切り取ることばかり考えていたんです。

 でも、それって本当に“私の目”だったのかな?
 誰かの基準でシャッターを切っていた気がします。

視点を変えたら、世界が変わった

 キノコを撮るには、しゃがまなきゃいけない。
 カメラを構えて、目線を落とし、光を見つける。
 すると見えてくるんです、足元の世界が。

 濡れた落ち葉、草の間から射し込む光、
 まるで森の中の小さな舞台みたいに、美しくて。

 そして不思議なことに、レンズを通して小さな命に向き合っていると、
 自分の呼吸まで静かに整ってくるんです。

小さな命が教えてくれたこと

 誰にも見つけられなくても、誰かのために傘を広げているわけじゃなくても、キノコはただ静かに、そこに在る。

 その姿が、
「それでいいんだよ」と、
 私に語りかけてくれているように思えました。

 誰かに評価されるためじゃなく、自分の心が「いいな」と思ったものを撮ってもいい。
 いや、むしろそれが一番、心に残る写真になるのかもしれません。

しゃがんで見つける、自分のペース

 忙しい日常の中で、
“しゃがむ”ことって、なかなかありません。
 でも、しゃがむと、気づけるんです。

 自分が見落としていた景色。
 小さな命。そして、自分の本当の気持ちに。

 写真は、心のペースを取り戻すための小さな魔法。
 今日もまた、私はカメラを持って、そっとしゃがみます。

写真がくれた小さな気づきを一冊にまとめました

 実は──このたび、はじめての Kindle本を出版しました。
タイトルは

写真がくれた 小さなきっかけ 50代からのフォトライフ入門

 40代で写真を始めてからの気づきや工夫、そして「小さな景色に心を癒される体験」をぎゅっと詰め込んだ本です。
「映える写真」だけではなく、自分の心に響く一枚を残したい方に、きっと寄り添える一冊になったと思います。

▶ Amazon Kindle はこちらからご覧いただけます。
Kindle Unlimited会員の方は、無料で読めます。
通常版は出版記念価格でご提供予定です。


最後に、ちょっとだけお聞きしてもいいですか?

 あなたが「しゃがんで見つけたもの」って、なんですか?

 たとえば、公園の隅に咲く草花。
 道ばたの割れ目から顔を出す小さな芽。
 猫の目線で見た風景。
 より高く飛ぶためには、より深くしゃがまなくてはいけない。

ぜひ、コメントで教えてください。
あなたの“気づき”の写真と言葉、楽しみにしています。


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