42 言葉が、少しだけ出た日
ある日、ふとした時に言葉が出た。
はっきりした一語だったのか、なんとなくの音だったのか、はっきりとは思い出せない。
でも、「今、言った?」と思った。
それまでずっと、言葉が出ないことばかり気にしていたから、その一瞬は強く印象に残っている。
聞き間違いかもしれない、とも思った。たまたまそう聞こえただけかもしれない、とも。
それでも、頭の中で何度もその音をなぞっていた。
「やっぱり今、言った気がする」と確かめるように。
ただ、それがずっと続くわけではなかった。
次の日にはまた出なかったりして、昨日のことが嘘みたいに静かに戻っていた。
それでも確かに、その瞬間だけは言葉のようなものがあった。
偶然なのか、これから変わっていくのかは分からない。
嬉しさと半信半疑な気持ちが入り混じっていた。
やっと出た、と思う一方で、これが続くのかは分からなかった。
期待しては、また出なかった時の落差が怖くて、「たまたまかもしれない」と自分に言い聞かせていた。
それでも、「全く出ない」状態ではなくなっていた。
ゼロではなくなった、ただそれだけで、見える景色が少し変わった気がした。
ほんのわずかでも、前に進んだような感覚があった。
それでも、この小さな変化をどう受け止めればいいのかは分からなかった。
喜んでいいのか、まだ様子を見るべきなのか。
そんなふうに揺れながら、それでもあの一瞬を、何度も思い返していた。
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