詩集を買ったのでひとつずつ暗記してみる
覚える練習
さいごに日本語を暗記したのはいつだろうか、と思い返すと、3年前だった。たくさんの人間の前で5分間のプレゼンをした。ステージに立ってスライドを自分で送りながらしゃべる、スティーブ・ジョブズスタイル。服はベージュのセットアップ、所有PCはWindowsで、早口の日本語。わたしはどこもかしこもジョブズじゃなかった。
近いうちに勉強したい表現のひとつに演技があります。わくわくっ。ほんのすこし体験してみて感じたのは、一連の動作を覚えてあたりまえに再現することを前提に成り立っているということ。わたしは暗記に慣れてないので、いまのうちに練習をしておかねばと震えました。たぶんこういうのは「慣れが9割」なのでね。こら、そこ、自己啓発本のタイトルかよって言わない
詩を暗記してみよっと
このあいだ、愛する最果タヒさんの新刊『溶けていく氷にとってぼくらは永遠』を買いました。すてきな詩集です🧊

1行目を読みはじめてふと、これを覚えたらいいのでは?と思いつきました。暗記初心者にとって詩は、文章量もことばも易しくて、ちょうどよさそう。なにより最果タヒがすきという、ピュアっピュアなモチベもある!
というわけで、覚えてみました。まずは1週間で4つ。
目標は、暗記して定着させることです。
暗記作業をしながら、どうしたら速く覚えられるだろうかといろいろ試してみたところ、映像・リズム・音程がとにかく大事なのだと発見しました。
とくにわたしにとって、リズム・音程は覚えるスピード(覚えやすさ)にとてもとても影響するようです。声に出したときの、抑揚とか音の上下ごと暗記するイメージです。一般論をまったく知らないので、ひとびとがどうやって楽に暗記をするのか気になる。
ただわたし自身のことでいうと、長い間楽器をやってきて、絶対音感があって、楽譜をすべて音階で覚えることで戦国・吹奏楽部時代を生き抜いた人間なんですね。つまり音のならびで暗記することが、いちばん慣れ親しんだ感覚だからというのがいまのところの仮説です。たとえばサッカーを極めたひと、将棋を極めたひと、医学を極めたひとで、楽な覚え方はちがうのかもしれない
あ、吹奏楽部は、基本的にとてもゆかいですよ
覚えてみて、感動したこと
定着する暗記が目的だったけれど、副産物てきなものは、ありました。
詩の理解度がぐっっっと上がる!すきになる!
理由はシンプルで、覚えるためにちゃんと距離を詰めたからでしょう。これまで雰囲気をフワッとつかむだけだった詩を、より具体的に情景を想像するようになりました。
なんかね、わたしにとって詩は、
かぎりなく他人から生まれたことばであり、その他人のさらに内側の、もっともその他人に近い部分で見ている景色です。その他人のもっとも尖っていて、深いところにある感覚です。それらを読み手に合わせようという調整をほとんどせず、尖ったまま出力したことばなんです。わたしにとっては。
だから、それは自分が見たこと・感じたことのないものである可能性が高いと思っています。遠くにあるものをどうにかたぐり寄せる作業をしないと、定着する暗記はできないから、過程で想像力と読解力がきたえられる。易しそうで難しい、けれどしっかり覚えれば染みこみやすい文章が、詩なのではないでしょうか(自由研究の考察ふう)

すきな詩ができるって、うれしいことかも
国語の授業で、わかりそうでよくわからない文章を暗記させられていた意義が、すこしわかった気がします。大人になってから勉強の意味に気づくのは、意外とうれしい。
もっとうれしいのは、ひとつひとつの詩に対して愛着が湧くようになったことです。
かぎりなく他人側に存在することばを、ていねいに想像して、引っぱってきて、ようやく自分ごとになったとき、それに共鳴するのか、やっぱりよくわからないと感じるのか。そうして感覚を研ぎ澄ませるまでに要した時間ごと、身体に染みつく感じがします。
ふしぎなことに、1週間前に覚えた詩が、毎日暗唱しなくてもちゃんと定着していたりする。愛着があるから、定着するのだろうか。もちろん忘れている箇所もあるから、補完する。あと、よく寝ています、睡眠もだいじと聞きます。
これからたくさん詩を覚えて、きっと自然に忘れていく。
それでも頭から離れない詩が「すきな詩」なのだろうし、すきな詩がひとつでもある人生は、すきな詩がない人生より、なんかちょっとだけうれしい。大事なものが、増えるからかな
以上、詩を暗記してみた というはなしでした。
きょうもひとつ覚えて、よく寝ます
おやすみなさい

