「普通ってなんだろう?」
「普通ってなんだろう?」
ふと考えてみた。
昔の自分は、「普通の人」が本当に普通に見えていた。
毎日学校に来て、
友達と話をして、
授業を受けて、
当たり前のように、その日々を生きている人たち。
数時間行く学校で見るその景色は、不登校だった自分からは、違う世界の人のように見えていて、
その輪の中に、自分が入ることはない気がしていた。
教室にいても、自分だけが止まっている気がした。
自分だけが何か欠けていて、
同じ空間なのに別の場所に立っているようだった。
そう感じていた。
でも、中学、高校と様々な経験をして見え方が変わってきた。
普通に見えている人達も、意外と何かを抱えていた。
中高の友人で、卒業後に聞いたことだけれど、
スポーツで怒鳴られ、
負けた責任を背負わされた人。
普段は笑っていたけれど、
劣等感を抱えてそれを隠している人。
みんな、それぞれ見えないものを抱えていた。
でも、自分はそれに気づけなかった。
みんな当たり前のように学校にきて、当たり前のように日々を過ごしていると思っていたから。
だから、昔は、「普通の人」と「自分」は違う世界の人だと思っていたんだと思っている。
今になると、傷を抱えてない人は少ない気がする。
みんな、簡単には弱さを見せたがらない。
昔の自分は、見えている部分だけで、周りを「普通の人」だと思っていた。
ただ、他人に弱さを簡単には見せないだけだったのに。
最初の問いに戻ってみる。
「普通ってなんだろう?」
それはきっとかなり曖昧なものだけど、そこにとらわれてしまうことが多い。
「普通」は曖昧なのに、人はそこから外れることを怖がる。
昔の自分も、
ずっと「普通」になろうとしていた。
もしかしたら、みんな「普通」を演じながら生きているのかもしれない。
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