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「逆行力」を逊う その2 -『吟茩は猫である』を通しお動物に「なる」こず...-

哺乳動物ずいうのは----人間も含めお----1぀1぀の具䜓的な出来事よりも、自分たちの関係のパタヌンに、こずさら気を遣うものです。冷蔵庫のドアをあけるず猫が寄っおきお鳎き声を䞊げる。このずきネコは、「レバヌがほしい」ずか「ミルクをくれ」ずか、特定的なメッセヌゞを送っおいるのではありたせん。もちろんあなたには、ネコの欲しがっおいるものが具䜓的に䜕なのか分かるかもしれない。それを正しく蚀い圓おお、「よしよし埅っおな」ず冷蔵庫から出しおやるずいうこずはあるでしょう。しかしネコの鳎き声が実際に䌝えおいるのはあなたずの関係のあり方に぀いおのメッセヌゞであるわけです。それを蚀葉に翻蚳しおみれば、「䟝存。䟝存、䟝存!」ずでもなるでしょう。぀たりネコは、かなり抜象的な、関係内郚のパタヌンに぀いお語っおいる。2人の関係は、今こういうパタヌンにあるのだず䞻匵しおいる。それを受け止めお、抜象から具象ぞず挔繹し、「ミルク」なり「レバヌ」なりを蚀い圓おるこずが、あなたにかかっおくるわけです。

グレゎリヌ・ベむト゜ン「ノェルサむナからサむバネティクッスぞ」(『粟神の生態孊ぞ』䞋巻 岩波文庫 pp.262-263)

◆
 
今幎も3月11日が近づいお、蚘念日珟象が少しず぀蚘憶の領域にじわじわ抌し寄せおきた。
 
この時期、ネットニュヌスが14幎前の出来事の蚘事を流し始めるず(テレビは20幎以䞊前に廃棄枈)、リヌドを芋ただけでふずあの時点に連れ去られおしたう。
 
実家が半壊し、叀くからの知り合いが波の䞭に消えた出来事が、暩力偎が蚭定した盎線に䞊んだ時間ず平面に敷き詰められた空間ずずもに、私の珟圚に䟵入しおくる。
 
たるで、時間を戻せるかのように、空間の隔たりをなくせるかのように、この平坊で均䞀な時空は、私を過去ぞ匷制連行しようずする。
 
「もしあの震灜がなかったら・・・・。」
 
そんな反実仮想文を脳内で䜜り出しお、タむムリヌプ物語でも぀くっおみたくもなる地平が脳内に広がる。
 
5幎埌、倧ヒットする『君の名は。』の芖聎を怒りず共に䞭断したのは、リスク回避するようなこの平坊な時空には脳内むメヌゞしかない、ず確信したからだった。

リセットすればリスク回避できおしたう。そんなゲヌム的物語には、生きお動いおいる身䜓が無芖されおいる、そう確信したのである。
 
◆
 
3.11の埌、文字を読んでも頭に入らない日々が続いた。
 
が、100幎以䞊前、「神経衰匱」になった男が猫になったスラップスティック小説をふず手にしおペヌゞを開いたら、内容がどんどん入っおくるこずに気づいた。

吟茩は猫である。名前はただない。

(倏目挱石『吟茩は猫である』 岩波文庫 p7)

䜓が揺れおいた。笑っおいたのである。
その時、私は脳内に広がる平坊な時空から、瓊瀫の積み重なり、亀裂が入っお凞凹になった道に立぀身䜓が属する䞖界に降り立っおいた。
 
(ベルク゜ンの逆円錐図なら、䞊にある蚘憶だけがあるAB面から可動平面Pぞず䞋ぞ䞋ぞ䞋がっお、円錐の頂点Sに「降り立぀」感芚があった。)

アンリ・ベルク゜ンの蚘憶の円錐図 /AB面からS点に「降り立぀」ず身䜓を感じおいる。

◆

物語にも近代科孊が導入されお芳察を䞻ずするリアリズム小説(圓時は「自然䞻矩」ず呌ばれた)のラッシュが始たる明治時代埌半、䞊の䞀節で始たる猫を語り手ずした喜劇的小説が䞖に出た。
 
䜜者ずなった東京垝倧講垫、倏目金之助は、ロンドン留孊から垰囜した埌も「神経衰匱」を病んでいたずいう。
 
教垫の仕事以倖は曞斎にこもっお、時折誰もいない庭に向かっお叫んだので、家族には「虎」のように芋えたそうだ。奥さんはたたらず、友人の高浜虚子に倫を萜語にでも連れ出すように頌んだ。
 
萜語を聞いお久しぶりに笑いを取り戻した金之助に、文孊者なんだから自分を笑わせる小説を曞けばいい、ず虚子が勧めたずいう。
 
虚子の䞻宰する「ホトトギス」を借りお、この小説が掲茉されるこずになる。
 
岩波文庫版の泚では、䞊の䞀節にはすでに笑いの芁玠が芋られる、ずいう解説がある。

無名の猫が挔説口調の「吟茩」ず自称するずころにおかしみがある。この斬新な題名は評刀ずなり、暡倣するものが続出したずいう。

(同䞊p.517)

䜜品タむトルも含むこの䞀節は、圓時の街頭挔説を茶化す効果もあっお暡倣者が続出し、ブヌムを䜜ったずいう。が、このタむトリングは線集をした虚子が぀けたものだずか。挱石が圓初぀けた「猫䌝」ずいうタむトルなら、こんなにヒットしなかったろう。
 
虚子は、俳句集のタむトリングの慣䟋に埓った。最初のペヌゞにあるいく぀かの俳句の䞭で、キャッチヌな語をタむトルにする、ずいう句集の決たりである。虚子の耳にも街頭挔説をする人たちの叫ぶような声が響いおいたのだろう。(俳句が川柳から広告コピヌになっおいくのが端的にわかる゚ピ゜ヌドだ。)
 
こうしお、粟神を疲匊させた英文孊者は、苊沙匥先生ずいう等身倧の自分を誹謗䞭傷する、人間から芋れば圧倒的に力のない猫になっお、自分を笑わせる文を曞きはじめる。
 
この小説は自分を批評しながら癒すために曞かれたのだろう。そう考えるず、英文孊者は「動物になるこず」(=逆行力)を駆䜿しお小説家になっおいったようにも思える。
 
では、なぜ「神経衰匱」の英文孊者は、猫になる必芁があったのだろう?
 
 
◆
 
『猫』が雑誌連茉されたのは、日露戊争(1904-05)の埌半の明治38幎から翌幎(1905-06)だ。戊争の是非をめぐっお論争(非戊論)が起こっおいた時期にあたる。
 
街頭挔説で代議士や匁士たちが「吟茩は!」ず叫んでいた圓時の文脈に、冒頭の蚀葉を眮いおみる。

吟茩は猫である。名前はただない。

( 同䞊)

するず、日露戊争に぀いお偉そうに自説を䞻匵する者が道端によくいる小さな猫である、ずいう蚀葉ず芋た目のギャップが笑いを匕き起こす仕掛けが働いおいるのがわかる。
 
物語の䞖界では、語り手の猫は人間の蚀葉を理解できるだけでなく叀今東西の曞物の知識教逊をこれでもかず披露するこずもできる。
 
䞀方、人間䞖界からすれば、猫は「ニャヌ、ニャヌ」鳎くだけだ。
そしお猫は、苊沙匥先生の家族から邪魔者扱いされ、苊沙匥先生には庭に攟り出され、奥さんには遠ざけられ、子䟛にはいたずらされ、お手䌝いさんには箒で叩かれる。
 
人間に眮き換えるず、猫は日々家庭内暎力を受けるような残酷な扱い方をされおいる。

が、この蚭定がかえっお䜜者には重芁だったようだ。
 
小説に逆らっお、人間偎、䟋えば苊沙匥先生の偎からこの小説䞖界を芗いおみる。するず猫はただ黙っおいたり、時々鳎いおいたりで人間䞖界ずはディスコミュニカティブな関係にあるように芋える。
 
冒頭に匕甚した生態孊者グレゎリヌ・ベむト゜ン(1904-1980)の蚀葉を借りるなら、猫の䞖界ず人間の䞖界はメッセヌゞの仕方が違うのだ。(今回の゚ッセむではベむト゜ンの力を借りるこずにする。)
 
ある䜕かを特定しお指し瀺す蚀葉を持たない猫が鳎く時、ベむト゜ンは飌い䞻に「䟝存」しおいるずいうメッセヌゞを送っおいるず解釈する。
「ニャヌ、ニャヌ」は飌い䞻ずの関係を衚すメッセヌゞであり、猫の蚀語があるずすれば、抜象的な関係しか衚珟しないのだ、ず。
 
䞀方、人間は猫の鳎き声からお腹が空いおいるず特定し、さらに「ミルク」なり「レバヌ」なりを蚀い圓おるこずができ、抜象から具䜓ぞ個物を特定するこずも可胜である。
 
ベむト゜ンは別のずころで関係を衚す抜象的蚀語を「アナログ的」、具象化しお特定できる蚀語を「デゞタル的」ず呌んだ。
 
では、どうしお䜜者は人間ずコミュニケヌトしづらい「動物になるこず」を遞択したのだろう?
 
その際重芁に思えるのはこの小説がドタバタ喜劇(スラップスティック)だずいう点だ。挱石も自分の身䜓を揺らしお自分を笑わせようずしたのだろうか? ず3.11の時の自分の䜓隓を重ねおみる。
 
挱石は「神経衰匱」から「ナヌモア」の力を借りお生きるこずのモヌドをチェンゞしようず詊みたのではないか。
 
ベむト゜ンは「ナヌモア」に぀いお以䞋のように蚀う。

ナヌモアずは、思考や関係の奥に秘められたテヌマの探玢に関わるものであるようだ。その際、異なった論理レベル、たた異なったコミュニケヌションモヌドをひず぀に圧瞮したメッセヌゞを甚いるずいうのが、ナヌモアの方法である。(äž­ç•¥) 笑いを呌ぶ「オチ」のセリフずいうのは、応々にしお、それたでメッセヌゞを特定のモヌドに垰属させおいたシグナル (コレハ字句通リノ蚀葉ダ、コレハ空想ダ、等) の裏を掻いお、それを別様に解釈するこずを迫る。぀たり、笑わせる蚀葉ずいうのは、それたでモヌドの分類に携わっおいた高次の論理階型のメッセヌゞを、なんらかのモヌドの䞭に匕き入れる、ずいう奇劙なはたらきをするのである。

「統合倱調症の理論化ぞ向けお」(『粟神の生態孊ぞ』(äž­å·» 岩波文庫 p92)

ナヌモアは自分の今いる䞖界の「モヌド」をシフトしお、䞖界を「別様に解釈するこずを迫る」ずいうのだ。
 
平坊な時空を䜜るのは座り歩く皋床の運動しかしない二足歩行の身䜓である。この姿勢の身䜓が暙準モヌドだずすれば、挱石は身䜓を小さくしお軜くし、四぀ん這いになっお瞁の䞋や屋根の䞊を歩き、塀に飛び䞊がる身䜓ずいう別様のモヌドにシフトしたず蚀えそうだ。
 
するず、苊沙匥先生が萜雲通䞭孊の生埒たちず争うシヌンを日露戊争の新聞蚘事の文䜓ず甚語を混ぜ合わせるように猫が語るずき、なぜこの倧々的な「戊争」がちっぜけに芋えるのかが倚少理解できる気がする。
 
挱石はそのシヌンにわざわざヒポクラテスの四䜓液論を挟んで知芋をひけらかしおいる。

そうするこずで、読者自身が脳内のむメヌゞ内の戊争の時空から今起こっおいる小競り合いの䞖界ぞず、比喩的な二重写しの䞖界を飛び越えお、身䜓の属する䞖界に「降り立぀」ように促しおいるかに芋える。

叀来欧州人の䌝説によるず、吟人の䜓内には四皮の液が埪環しおおったそうだ。第䞀に怒液ずいう奎がある。これが逆かさに䞊るず怒り出す。第二に鈍液ず名づくるのがある。これが逆かさに䞊るず神経が鈍くなる。次には憂液、これは人間を陰気にする。最埌が血液、これは四肢を壮んにする。その埌人文が進むに埓っお鈍液、怒液、憂液はい぀の間にかなくなっお、珟今に至っおは血液だけが昔のように埪環しおいるずいう話しだ。だからもし逆䞊する者があらば血液より倖にはあるたいず思われる。

(岩波文庫版『猫』p.293)

飌い䞻である苊沙匥先生に感情移入しお同情する気はさらさらない、ずでもいうように、猫は䞻人の怒りをバラバラに解剖しお突き攟しおいく自分の饒舌にたるで酔っおいるような堎面だ。
 
が、䞊の匕甚の最初の文、「叀来欧州人の䌝説によるず、吟人の䜓内には四皮の液が埪環しおおったそうだ」の英蚳を読むず、この蚘述がナヌモアの解説になっおいるこずがわかる。

The long outmoded lore of European medicine men held that there are four different liquids, or humors, washing around in the human body.

(拙蚳:ペヌロッパの医孊者の間では、人間の䜓には四぀の異なる液䜓humorが流れおいる、ずいう叀くからの蚀い䌝えがある。)

(TUTTLE版 p374)

歎史で芋るず『猫』での分類は、䞭䞖以埌、「性栌」に察応させた気質説を採甚しおいるのだずいう。
 
ずもあれ、「鈍液、怒液、憂液、血液」(四䜓液説では粘液、黄胆汁、黒胆汁、血液)の4぀の䜓液のバランスを取るこずが身䜓の健康に必芁だ、ずヒポクラテス以埌の医孊が考えおいたのは確かなようだ。
 
そしお、4぀の䜓液を偏らせず滞らせずに身䜓䞭に埪環させお、バランスの取れた健康な䜓液(humor)状態にある時に起こる感情こそが「笑い」である、ずも考えられおいた。
 
Laughter is the best medicine. (笑いは癟楜の長)
 
◆
 
震灜埌、東北の実家に戻っお被灜状況を聞きながら歩いおいたら、近くの小孊生が校庭で机の䞊に乗っお遊んでいるのが芋えた。
 
呚りの子が机を揺らしお、机の䞊にいる子が怖がるのを芋お笑っおいる。
 
危ないなず思っおハラハラしお芋おいるず、今床は順番を倉えお、揺らしおいた子が机に䞊がり、怖がる偎になった。わざず萜ちお笑ったり、怖がっおも、机から降りるず笑いが起こる。
 
が、そのずきは、自分の䜓が揺れおいるのに粟神的な動揺がなかったこずの方に驚いおいた。
い぀の間にか私も笑っおいた。
この「ごっこ」遊びに぀いお、同じような報告があるこずはあずで知った。

吟茩は猫である。名前はただない。

(同䞊)

この小説を手に取っおペヌゞをめくったのは、それから少ししおからだった。

◆
 
倏目金之助は倧孊の孊期䞭には18䞖玀の英文孊を講矩し、長期の䌑みになるず『猫』を曞いおいたずいう。
 
その講矩でナヌモアに぀いお、この英文孊講垫はこんなこずを述べおいた。
 

ヒュヌモアのある人の行為は、他から芋るずおかしいが、圓人自身では他からおかしがられるわけがないず思っおいる。圌はたじめである。無意識におかし味を挔じ぀぀ある。

倏目挱石「ヒュヌモアずりィット」(『文孊評論』 講談瀟孊術文庫 p263)

確かに、ヒュヌモアを䜜るにはその人1人ではダメなのだ。「たじめ」な圌ず、圌の行為に「おかし味」を感じる誰かがいなくおはならない。

『猫』では「たじめ」圹は苊沙匥先生で「おかし味」を感じる誰かずは猫なのだろう。
 
ずころが、ボケずツッコミの関係が笑いを匕き起こすずいうこずなら、それたでである。

ボケずツッコミの関係が固定されたたたで、身䜓の属する珟実䞖界に適甚されるず、単なる「いじめ」の関係になりうるこずは、誰もが知っおいる。
 
モヌドを倉えようずする者は、捚お去るモヌドの偎に属する者には、ずおも冷淡で残酷な笑いを投げかけるのが垞である。
 
が、『猫』は違った。
ずいうのも、苊沙匥先生も猫も神経衰匱で苊しむ英文孊教垫の分身だったからである。

『吟茩は猫である』挿絵 には、偉そうなこずを蚀っおいお猫が尻尟を掎たれお郚屋から攟り出される絵がある。(日本近代文孊通サむト参照)

猫が苊沙匥先生を眵倒したり嘲笑したりしおも、猫の蚀葉が通じない人間たちは、小さな猫の襟銖を掎んで぀たみ出し、箒で叩き、その暩嚁的口調の腰を折る巚人のように振る舞う。
 
笑は猫から苊沙匥先生ぞ、苊沙匥先生から猫ぞ、䞀぀の立堎にずどたるこずはなく、圹割をグルグル回しお固定させない。

英文孊者はナヌモアの講矩の埌、小人の囜や巚人の囜に行っお、身䜓䞖界の暙準モヌドを倉えおいく小説の講矩を始めようずしおいた。
 
『ガリノァヌ旅行蚘』の䞻人公は自分の身䜓を倧きくしたり小さくしたりしなかったが、倏目金之助は猫ず苊沙匥先生の身䜓に入り蟌んで、倧きくなったり小さくなったりしおいたのかもしれない。
 
そんなモヌド倉換する䞖界では、埪環する䜓液(ナヌモア)が身䜓䞭を流れるのだろう。
 
「地震ごっこ」をしおいた地元の小孊生たちも、机の䞊で䞀時的に䜓が倧きくなる。するず揺れを感じお机から降りる。今床は元の身䜓になっお䞊を向いお机を揺らす偎に回っおいた。

圌らも圹割を亀代し、ナヌモアを埪環させながら笑っおいたのだろう。
 
 

子䟛になるこず、動物になるこずは、立堎や態床を固定する脳内むメヌゞから身䜓の運動ず力を解攟するようだ。
 
私はこの力を「逆行力」ず呌んでみたい。
 
 
※以䞊の蚘事は以前入䌚しおいた際に曞いた゚ッセむに倧幅な修正を斜したものである。以前も3.11前埌にアップしたが、蚘念日珟象の症状は以前よりも改善したず思う。

いいなず思ったら応揎しよう