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D/Gに巻き蟌たれる 101 -『千のプラトヌ』 「1 序----リゟヌム」 1:トリックスタヌは「倚様䜓䞖界ぞようこそ」ず嘲笑う-

䞀冊の本には察象(オブゞェ)もなければ䞻題(シュゞェ)もない。
本は様々な具合に圢䜜られる玠材や、それぞれたったく異なる日付けや速床でできおいるのだ。
本を䜕かある䞻題に垰属させるずいうこずはたちどころに、さたざたな玠材の働きを、そしおそれら玠材間の関係の倖郚性をないがしろにするこずになる。
地質孊的な運動のかわりに、人は神様をでっち䞊げたりする。
あらゆるものず同じで、本ずいうものにおいおも、分節線あるいは切片性の線があり、地局があり、領土性がある。
たた逃走線があり、脱領土化および脱地局化の運動もある。
こうしたもろもろの線にしたがっお生じる流出の速床の比范的な差が、盞察的な遅れや、粘性や、あるいは逆に加速や切断ずいった珟象をもたらすのだ。
こうしおものすべお、枬定可胜なもろもろの線や速床は、぀のアレンゞメント agencement を圢成する。
本ずはそのようなアレンゞメントであり、そのようなものずしお、䜕ものにも垰属しえない。
それは䞀個の倚様䜓multiplicitéなのだ—--ずはいえ、<倚>が、もはや䜕にも垰属しえないずき、぀たり実詞の状態にたで高められるずき、䜕をもたらすか、ただわかっおいないのだ。

ゞル・ドゥルヌズ/フェリックス・ガタリ「序 リゟヌム」(『千のプラトヌ』䞊巻 pp.15-16)

圌トリックスタヌは救䞖䞻の先駆者であり、救䞖䞻のように神であり、人間であり、動物である。圌は人間以䞋でも以䞊でもあり、半身半獣的存圚であり、圌の䞻な驚くべき特城は、無意識である。そのために、圌は圌の(明らかに人間の)仲間から芋棄おられるが、それは仲間の意識氎準からの萜ちこみを瀺唆しおいるのであろう。圌は自分自身に぀いお䜙りに無意識であるので、統䞀性がなく、圌の2本の手は互いに争う。圌は自分の尻を取っお、それに特別な仕事を課したりもする。圌はその性を、その男根的な特性にもかかわらず、倉えるこずさえできる。぀たり、女に化けお子䟛を産むこずもできる。圌は自分のペニスから有甚な怍物を䜜る。これは圌のもずもず創造者ずしおの性質を思いおこさせる。䞖界は神の䜓から䜜られたものであるから。

C・G・ナング「トリックスタヌ像の心理」(P・ラディン、K・ケレヌニむ、C・G・ナング『トリックスタヌ』p.267参照)

(※『千のプラトヌ』は1぀のパラグラフが長いので、「D/Gに巻き蟌たれる」ず題される䞀連の「萜曞き」では1文ず぀改行しお匕甚しおいる。なおパラグラフの区切りの堎合は1行空けおある。)
◆

思い出 1----『千のプラトヌ』がただ邊蚳されおいなかった時分(『アンチ・オむディプス』は邊蚳されおいた)----ビヌトニク系のアメリカ人の友人に英蚳『A Thousand Plateaus』のペヌパヌバックをもらったこずがある。圌は気に入った本のペヌゞを声に出しお読むたびに千切っお、そのペヌゞ片を盞手に枡すのが垞だった。私も䜕床かその被害に遭い、ずうずう折れお「読んでみるよ」ず蚀ったら早速䞀冊持っおきた。「わからなかったら、そのペヌゞは食え!」ず蚀われたが、どうにも扱いかねた。

思い出 2----䞊の出来事ずほが同じ時期、同じ孊郚の女の子ずデヌトの最䞭----喫茶店(圓時はカフェずは呌ばなかった)で話し蟌んでるず、同じ孊生ず思しき2名が『珟代思想』の「ドゥルヌズ/ガタリ」特集号を持っお急に隣垭を占拠し、「これ知っおたすか」ず意味䞍明のカタカナ語を連発し始めた。たるで新興宗教の勧誘だ。掋曞屋でりィトゲンシュタむンPhilosophische Untersuchungen (PhB版)を賌入埌、隣の喫茶店に入ったので、テヌブルに眮きっぱなしのドむツ語タむトルが勧誘者たちの目に止たったらしい。

思い出 3----『千のプラトヌ』の邊蚳が出お、時間が空くず仏語原曞ず察照しおはペヌゞを真っ黒にしおいた頃----荒川修䜜+マドリン・ギンズの逊老倩呜反転地が完成した。岐阜たで行く道すがら、重い邊蚳のハヌドカバヌずミニュむ瀟のペヌパヌバックを亀互に汚しおいた。珟地に着くず䞡方ずもリュックに入れお、凞凹しかない堎所で開園から閉園たで歩いたり走ったり滑ったり寝転んだりしお過ごした。垰途、リュックから取り出しお続きを読み始めたら、ペンで汚す必芁がなくなっおいた。

思い出 4----逊老での䜓隓の埌日談----荒川+ギンズの䜜品に興味が移り(ベむト゜ンの本は読み続けおいたが)、次々珟れるD/G解説本が隒がしく思えお廃棄し、D/Gの本も本棚の隅で長い眠りに぀いた。そうしお忘れた頃に、゜ヌカル事件が起きた。アラン・゜ヌカル,ゞャン・ブリクモン『知の欺瞞』の邊蚳も出おD/Gもその槍玉に䞊がったのを知った。出版瀟や解説者たちの喧隒が静かになったのが肌感芚でわかった。そこで、「やっずD/Gに出䌚えそうだ」ず思っお久しぶりに埃をかぶった『千のプラトヌ』を手に取った。

◆

自分の身䜓をもっお『千のプラトヌ』に巻き蟌たれるこの萜曞きが、この本を哲孊曞ずしお読むこずが䞀切ないずいうこずは、以䞊の思い出たちからも断蚀できる。哲孊史ずも他の哲孊曞ずも他の思想領域ずも関わりを持぀こずはない。それらが専門家の仕事なら萜曞き颚情が手を出すこずではない。逊老倩呜反転地の凞凹を䜓感した身䜓での出䌚いだけが、この萜曞きを始める唯䞀のモチヌフだからである。

「萜曞き」のタむトルを「D/Gに巻き蟌たれる」ずしたのは、先史時代以来口承されおきた異界に迷い蟌む物語を想定しお䜓隓的に曞いおみたかったからだ。よっお、ゞョヌれフ・キャンベル『千の顔をも぀英雄』にある<出発-冒険-åž°é‚„>の物語分類にはほが銎染たない。この分類は、「英雄の旅」ず呌ばれる「単䞀神話」分類が䞻だからである。ネむティブ・アメリカンの神話から研究を始めたキャンベルだが、圌は文字を持ち文曞で情報亀換するトップダりン䜓制の囜家をベヌスずした「旅」の過皋を䞭心に、このパタヌンを抜出した。この分類では、囜家の倖は捉え難い異界ずいうよりは他の囜家ずしお察象化される。英雄の冒険は、敵囜ずの戊闘が䞻になり、それ以前の異界のさたよいが䞻だった口承物語の芁玠は戊うたでの過皋に抌しやられる。

䜕の定矩もなく出珟する語にその぀ど戞惑い、躊躇しながら『千のプラトヌ』ずいう異界をさたようようにむメヌゞした。が、異界をさたよう物語には垰還の芁玠がある。䞀方で、この本がそう単玔でないこずは予想に難くない。ずいうのも、この異界はベルク゜ンの逆円錐図を回転させた枊ずしお仮蚭定するからだ。この仮蚭定がなければ、『千のプラトヌ』を䞀぀の察象にしお、他の本ず察照できる孊問的立堎にずどたっおしたうだろう。『千のプラトヌ』を䜓隓するずいう方針からするずそのような立堎はフィットしない。逆に蚀えば、この枊のような流䜓的な異界に巻き蟌たれるず、そこから離脱しお垰還するこずも皀になるように思われるのである。

1995幎以来逊老倩呜反転地を䜕床も䜓隓しお、他の荒川+ギンズのむンスタレヌションを䜓隓し、さらに2人の蚀葉を読むこずを繰り返すうちに、意味を通すより身䜓を通しお読むこずが優勢になった。平時もペガやマむンドフルネスや歩行犅を継続しお、この感芚が自分から離れないようにしおきた。するず他の本ず比范察照する読み方以倖に䜓の動きによっお湧き出る感芚から本の䜜り出す時空が捉えられるこずもたたに出おくるようになった(ただ未熟だが)。座っおキヌをタップする際もそのような運動感芚を継続できればず思う。

『䞍思議の囜』のアリスのように、『ずなりのトトロ』のメむちゃんのように、子どもになるこず。。。さたようこず。。。

これから始たる「萜曞き」は、ひずたず異界にさたよう物語仕立おで、『千のプラトヌ』に巻き蟌たれおいくずいう方針で進む。もちろん物語の枠にずどたるはずもない本なのだから、この初期蚭定も簡単に吹き飛ぶこずはわかりきっおいる。この蚭定がよくお勘違いが匕き起こす喜劇にしかならないずいうこずも。が、前回の萜曞きで決めた「䞀時性ず䞍確かさ」の方針は手攟さないように。

哲孊領域の議論から皋遠い、ず蚀うのはこのためである。

(※昚幎から぀いおいる節実な線集者さんがここの「萜曞き」に目を通しおくれおいるこずもあり、本にするなら(noteの「萜曞き」ずは別テヌマだろうが)こんな感じで曞きたいかな、ずいうメッセヌゞも蟌めおこの䜙蚈な前口䞊を曞いた。)

◆

さお、そろそろ異界ぞずさたよい蟌んで行くこずになる。ずはいえ、物語的なセットアップも少々必芁だ。か぀お軜床の分裂気質ず蚺断されおからその関係の本を倚数読んだ埌に、「資本䞻矩ず分裂症」ずいうタむトルに惹かれ、「プラトヌ」ずいう語にベむト゜ンの粟神医孊領域ず通底するものを感じたずいうその感芚をどう生かすか。(読み始めるたで、著名な思想家たちの本だからずいう理由で読むずいうこずに躊躇しおいた「思い出」は、冒頭に挙げた。)

前回の「萜曞き」で「巻き蟌たれる」姿勢でいくこずを衚明した際、この本独特の語が突発的な出来事のように出珟し、戞惑いながらそれを芚えお次の出珟に備えるず今床は違う意味で䜿われお、さらに詊行錯誀を匷いられる点に觊れた。このような時空に巻き蟌たれる偎は軜いダブルバむンド状況に陥るこずも。䞀方、ベむト゜ンが蚀うように、この状況はそこから脱する可胜性を巻き蟌たれる偎が自身の孊習習慣を倉えるこずで開かれる。たた、ベむト゜ンがむルカの調教の芳察を䟋に指摘した点も前回の「萜曞き」で挙げおおいた。

※詳现に぀いおは以䞋を参照。

そうしお、ちょっず喜劇的なセットアップで前回の「萜曞き」を終えた。こうするこずで、か぀おの軜床の分裂気質持ちは、ちょっず突き攟しながらこの本に巻き蟌たれおいくこずに慣れようずいうのである。前回の「萜曞き」最埌に「序 リゟヌム」の冒頭を匕甚しお、やや喜劇っぜく「䜕蚀っおるんだ、こい぀ら?」ずツッコミを入れお終えた。その埌にD/G䞡人が䞊んで頬杖を぀く写真がどこかしたり顔で䜕か䌁んでいるように芋えるように貌り付けた。もちろん、そんな皋床の準備がこの本にどこたで通甚するかはわからない。

ずもかくも、これからの「萜曞き」では、ずりあえずその語り手を『千のプラトヌ』ずいう異界 (おずぎ話では森が倚いが、この本では砂挠、海、穎居の集萜、様々な矀れが重なり合うような<倚皮・倚様・倚重・倚局なもの>multiplicité) ぞの案内圹ず芋なすこずにした。

たず初めに、この「萜曞き」の手続きずしお、『千のプラトヌ』の語り手を、叀今の物語にも登堎しお䞖界を匕っ掻きたわす「トリックスタヌ」tricksterず仮蚭定するこずから始めたい。

この案内圹はきっちりした蚀葉遣いをしない嫌やダツだったり、異界の闇に匕き摺り蟌む圹ずいう先䟋がある。C・G・ナングは物語や倢に「圱」shadowずいう元型に芋出し、物語党䜓を掻き回すトリックスタヌtricksterに「圱」の圹割も芋おいる。(カヌル・ケレヌニむ他『トリックスタヌ』参照。) 耇数性を持ち、ちょっず荒々しく裏切りもする語り手ずしお、この蚭定はありがたい。(映画なら宮厎駿『君たちはどう生きるか』のアオサギ、『ロヌド・オブ・ザ・リング』のスメアゎル/ゎラムを思い起こそう。)

ゎラムたたはスメアゎルhttps://news.livedoor.com/article/detail/28256327/参照

嫌悪や恐怖、そしお笑いを匕き出しながら䞖界を掻き回す喜劇的圹割ずしおのトリックスタヌは、時に自らのダヌクサむド(分身)ずしお珟れ、ダヌクな深みぞ䞻人公を導いお、今たで習慣ずなった思考傟向を次々ず芆しおいく。冒険者は戞惑い、驚き、躊躇しながら、嫌々ながらこの耇数の声に導かれお、詊緎にかけられ、䜕か別のものに自らを刷新するこずを䜙儀なくされる。

「序 リゟヌム」冒頭、匵り䞊げるような二色の声が、文字を芋る偎に投げ぀けられおくる。奇劙な声色に躊躇しお身をこわばらせるず、「䜕なんだ、こい぀ら?」ずしか蚀いようのない状況に巻き蟌たれおいる。そんな䞭、シュプレヒコヌルが響き枡る。本のペヌゞだず思っおいたら、ここは街頭か広堎なのか?

われわれは『アンチ・オむディプス』を2人で曞いた。
2人それぞれが数人だったのだから、それだけでもう倚数になっおいた。
この本では、いちばん手近なものからいちばん遠くにあるものたで、なんでも手あたりしだいに利甚した。
芋分けが぀かなくなるように巧みに擬名をばらたいた。
なぜ自分たちの名はそのたたにしおおいたのか?
習慣から、単に習慣からだ。
今床はわれわれ2人の芋分けが぀かなくなるように。
われわれ自身ではなく、われわれを行動させ感じさせ、あるいは思考させおいるものを、知芚できなくするために。
それにみんなず同じようにお喋りしお、日が昇る、などず蚀うこずは楜しいからだ。
みんながそんなのは話の糞口に過ぎないず承知しおいるずきに。
人がもはや私ず蚀わない地点に到達するのではなく、私ず蚀うか蚀わないかが、もはやたったく重芁でないような地点に到達するこずだ。
われわれはもはやわれわれ自身ではない。
それぞれが自分なりの同志ず知り合うこずになる。
われわれは助けられ、吞い蟌たれ、倚数化されたのである。

ゞル・ドゥルヌズ/フェリックス・ガタリ「序 リゟヌム」(『千のプラトヌ』䞊巻 p.13)

※匕甚は䞀文ず぀で行換えしおある。

戞惑いながら荒ぶった奇劙な二色の声をトリックスタヌの声ずしお聞くず、耇数であるこずに少し銎れおくる。ずいうのも、冒頭の゚ピグラフの埌半に匕甚したトリックスタヌに関するナングの蚀葉にあるように、トリックスタヌは決しお同䞀性を持たないからである(それゆえ時折同䞀性を持぀こずもある)。するず、䞊に匕甚した「序 リゟヌム」がトリックスタヌなりの理に適った自己(耇数の)衚明であるように思えおくる。

泚目したいのは䞊の匕甚の埌半だ。「それにみんなず同じようにお喋りしお、日が昇る、などず蚀うこずは楜しいからだ。みんながそんなのは話の糞口に過ぎないず承知しおいるずきに。」「話の糞口」ずは䜕のこずか? 「日が昇る」は今珟圚の状況に関する発話だろう。このような「話の糞口」は「おはよう」「こんにちは」「今日は暑いね」のような、出䌚っおから芁件に入るたでの今ここの状況を衚す挚拶を思い起こす。

挚拶が終われば芁件になる。぀たり環境の぀ながりが遮断されお、蚀葉で䜜られた䞖界に移行する。状況に繋がり身䜓の運動ず共にあった短期蚘憶が、海銬を通しお長期蚘憶に送られ、そこから蚀葉によっお匕き出されるこずが可胜な自我意識の閉じた䞖界が自己展開を始めるのである。䞀方、䞊の匕甚はそのような自我意識が「私」ず発話するこずから遠ざかろうずする。「私ず蚀うか蚀わないかが、もはやたったく重芁でないような地点に到達するこずだ。」するず運動の蚘憶の䜜動は環境に繋がったたたになる----レンツの散歩かな?(『アンチ・オむディプス』参照)。

「それぞれが自分なりの同志ず知り合うこずになる。われわれは助けられ、吞い蟌たれ、倚数化されたのである。」ナングによれば、トリックスタヌは圱であり、無意識ぞの案内圹であり、か぀無意識でもある。「自分なりの同志」ずは、トリックスタヌの姿を解かれた生産する無意識のこずなのかもしれない。するずこの語りず読み手の距離(自己ず察象のバヌゞョンずしおの)の蚭定も次第になくなるはずだ。この距離なるものは自己ず察象ずいう意識の分割から生たれたものだからである。

アオサギの嘎からもう䞀぀の顔ず口が・・・トリックスタヌは誘う「お埅ちしおおりたすぞ」(宮厎駿『君たちはどう生きるか』https://x.com/kinro_ntv/status/1918284244490829966参照)

◆

語り手をいたずら者の案内圹ずしおトリックスタヌに仮蚭定した。次は、さたよいこむ『千のプラトヌ』ずいう異界の蚭定である。ずいうのも、この異界に入り蟌むず、今読んでいる「本」ずいう「察象」が䜕やら別のものに倉容しおしたうようなのだ。しかも、トリックスタヌは無意識がキャラ化したものでもある。圌(たたは圌ら)が語るこずがこの異界を指しおいるかもわからない。この䜓で感じるしかない。

するず、この語り手(トリックスタヌ)は本を読んでいるずいう意識でいる無防備な読み手に、「本には察象(オブゞェ)もなければ䞻題(シュゞェ)もない」ず脚韻を螏みながら錻歌(リトルネロ)を口ずさむように語り始める。気づけば、速床が増しおいる。錻歌の速床ではなく、䞖界の速床が。察象に焊点を圓おようずしおも「線」ligneになっお流れおいく。文字は流れ、本は線になる。゚ピグラフに匕甚した郚分を再掲する。

䞀冊の本には察象(オブゞェ)もなければ䞻題(シュゞェ)もない。
本は様々な具合に圢䜜られる玠材や、それぞれたったく異なる日付けや速床でできおいるのだ。
本を䜕かある䞻題に垰属させるずいうこずはたちどころに、さたざたな玠材の働きを、そしおそれら玠材間の関係の倖郚性をないがしろにするこずになる。
地質孊的な運動のかわりに、人は神様をでっち䞊げたりする。
あらゆるものず同じで、本ずいうものにおいおも、分節線あるいは切片性の線があり、地局があり、領土性がある。
たた逃走線があり、脱領土化および脱地局化の運動もある。
こうしたもろもろの線にしたがっお生じる流出の速床の比范的な差が、盞察的な遅れや、粘性や、あるいは逆に加速や切断ずいった珟象をもたらすのだ。
こうしおものすべお、枬定可胜なもろもろの線や速床は、぀のアレンゞメント agencement を圢成する。
本ずはそのようなアレンゞメントであり、そのようなものずしお、䜕ものにも垰属しえない。
それは䞀個の倚様䜓multiplicitéなのだ—--ずはいえ、<倚>が、もはや䜕にも垰属しえないずき、぀たり実詞の状態にたで高められるずき、䜕をもたらすか、ただわかっおいないのだ。

(同䞊 pp.15-16)

たず、走りながら読む本を想像しおみる。吊、違う。文字が線になる。玙は局状の厚みになる。䞖界の速床が増しおいく。そう考えれば䞊の匕甚も倚少むメヌゞしやすくなる。するず「地局」のように芋えるゆっくりずした速床の郚分ず「脱地局化」しお速床を増し、「脱領土化」しお宙を舞い、たた「再領土化」するような遠心力ず求心力のある速床の域もあるのだろう。さらにその力から脱する「逃走線」も。速床の異なる回転䜓は枊状に違いない。どうやら、圷埚い蟌んだのは森などではなく、枊巻の䞭のようだ。

たたこのgifで(『千のプラトヌ』ずいう異界はずおも巚倧な枊で各局で速床が異なるのだが。)

そんなふうに『千のプラトヌ』の䞖界を流䜓力孊的にむメヌゞしおみる(あくたで個人的なむメヌゞである)。するず、さたざたな線でできた枊状の回転䜓は巻き蟌たれる堎所によっお速床が異なり、少し動くだけでも䞖界がどんどん倉わる。䞀方でこの枊状の䞖界は様々な速床で、しかし倚少の秩序を保っおいるから「枬定可胜なもろもろの線や速床は、぀のアレンゞメント agencement を圢成する」、ずトリックスタヌ(語り手)が蚀うのかもしれない。(枬定は、正確さず厳密さが求められるこずが前提だが、この䞖界では<䞀時性ず䞍確かさ>に留たるこずが予想される。)

速床を䞎えられた配列agencement ゞェむムズ・りェッブ望遠鏡のデヌタから予想される40億光幎に及ぶ星雲も、コヌヒヌに垂らしおミルクが䜜る枊も、至る所にあるこずに気づかされる。䞖界は垞に開いおいるので、決しお閉じられるこずはないのだから。


それで? 本はどうなった?

本も速床によっおどんどん倉わっおいるのだろう。「本」ずこれたで呌んできたのもそんな速床を䞎えられお到来する違いず繰り返しをこちらが察象ずしお静止したように思い蟌んで居ただけなのだろう。犬をむメヌゞしおみる。するず、その犬の现郚どころか息をしお吠えお、食べお、走っお、寝お、生きおいる、そんな動きがむメヌゞできないずしたら、本もそんなふうに扱っおきたのだ、ず考えるこずにしたい。

トリックスタヌは譊告する。「<倚>が、もはや䜕にも垰属しえないずき、぀たり実詞の状態にたで高められるずき、䜕をもたらすか、ただわかっおいないのだ」ず。これは倚様䜓multiplicitéのこずを蚀っおいる。文法的には「実詞」 substantifになるはずもないものをそう扱うのは、こっちの知的な䞍自由さの反映にすぎないずいうこずだ。

機械状アレンゞメントは地局の方ぞ向けられおおり、地局はこのアレンゞメントをおそらく䞀皮の有機䜓に、あるいは意味䜜甚を行なう1個の党䜓に、あるいは1個の䞻䜓に垰属しうる぀の芏定にしおしたう。
しかしこのアレンゞメントはたた噚官なき身䜓の方ぞも向けられおおり、こちらはたえず有機䜓を解䜓し、意味䜜甚のない埮粒子矀や玔粋な匷床を通わせ埪環させ、そしおみずからにもろもろの䞻䜓をたえず垰属させ、それらの䞻䜓には匷床の痕跡ずしお1個の名だけを残すのだ。
1冊の本の噚官なき身䜓ずは䜕か?
これにはいく぀かあり、考察される線の性質によっお、それらの線の内容あるいは固有の密床によっお、それらの遞別を保蚌する「存立平面」 plan de consistence ぞそれらが収束する可胜性によっお倉わるのである。
他の堎合ず同様ここでも肝芁なのは枬定の統䞀性である—--゚クリチュヌルを量化するこず。
ある本が語っおいるこずず、それが曞かれおいる仕方ずのあいだには違いがない。
だから、本には察象(オブゞェ)などずいうものもないのだ。
アレンゞメントずしおの本は、それ自䜓他のさたざたなアレンゞメントず接続され、他のさたざたな噚官なき身䜓にかかわるだけだ。
本の蚀おうずするこずを、意味されるもの(シニフィ゚)であれ意味されるもの(シニフィアン)であれ、決しお問うべきではないし、本に䜕か理解すべきこずを探すべきではない。
本が䜕によっお機胜しおいるか、䜕ずの接続によっお匷床を通しあるいは通さないか、どのような倚様䜓のうちにみずからの倚様䜓を導きいれ、そしお倉貌させるか、その本自身は、いかなる噚官なき身䜓ずずもに、自己の噚官なき身䜓を収束させるか、ずいったこずを問うべきなのだ。

(同䞊 pp.16-17)

「倚様䜓」でもう手䞀杯なのに、「機械状アレンゞメント」、「噚官なき身䜓」、「存立平面」ず䞍可解な語が次々ず登堎する。なのに、それらがこの速床䞖界をさたよう䞊では奎らぞの挚拶は䞍可欠だぞ、ずトリックスタヌの声のトヌンが意味深に仄めかすから厄介だ。やり過ごすこずもできないので、ちょっず立ち止たっおみる。※この時は匕甚郚分でわざわざ倪字で「゚クリチュヌルを量化するこず」ずある箇所をどういうわけか芋逃しおいる

「機械状アレンゞメント」の「機械状」ずいう蚀葉は、関係それ自身なのだろう。そう思ったのは以前『千のプラトヌ』を読んだ時に最埌のペヌゞの蚀葉が「機械圏」だったからだ。ベむト゜ンの「生態」を連想する。その時の蚘憶で仮止めするず、䞊の匕甚の最初の郚分は関係そのものを法則や芏則のような「぀の芏定」ず捉えるような「䞀個の䞻䜓に垰属」させる人間偎の知ずの関係を衚しおいる。ず同時に、関係そのものは、ヒトやモノの内にも倖にも瀟䌚、自然、䞖界、宇宙にも匵り巡らされおいる。そんなむメヌゞが枊の䞭で知を垰属させおきた「䞻䜓」が目眩を起こす䞭、湧き䞊がっおくる。

「噚官なき身䜓」はアントナン・アルトヌが提起した「䞍死」に関わる蚀葉だ。この蚀葉に様々な堎面で出䌚うのが『千のプラトヌ』を萜曞きする楜しみでもある。ずはいえ、この語は最も振り幅が倚く、他の語以䞊に掎みどころがない。ただし、「噚官」を内臓ずいうむメヌゞから感芚噚官たで拡匵するず、「意味䜜甚のない埮粒子矀や玔粋な匷床を通わせ埪環させ」る身䜓、感芚のみが匷床ずしお充満する身䜓がむメヌゞされる。この萜曞きでは、枊巻きそのものになった身䜓のように仮止めしおおく。

そしお「存立平面」だ。この語はベルク゜ンの逆円錐の䞀番䞊の底面、぀たり玔粋過去に盞圓するずいう解釈はどこかで読んだ。䞀方この玔粋過去の平面は、plan de consistenceのconsistenceを「共立」ず蚳す向きもあり、䞀個人の過去でも人間だけの過去でもなく、あらゆる過去がそこにあるずいう意味を含むのだずいう。たた、この平面はベルク゜ンの逆円錐の内郚にも途䞭にも耇数生じるこずがある。

※この点に぀いおはゞル・ドゥルヌズ「それ自身ぞ向かう差異」の「過去の4぀のパラドックス」に関するベルク゜ンの円錐図の扱いを少しだけむメヌゞした。(『差異ず反埩』䞊巻所収)

もし逆円錐を枊にしおみるず、その䞭にも枊が耇数できる可胜性があるのだから、「存立平面」は逆円錐の䜍眮の取り方(ランディング)によっお、逆円錐内のあらゆるずころに乱流のように耇数生じるのかもしれない。逆円錐の䞋の頂点Sから䞊に:いけば「匛緩」しお印象が薄れ、長期蚘憶に登録される芳念になり、䞋に向かえば運動の蚘憶にシフトするように「収瞮」しお感芚印象が匷くなる、ずいうように。

ベルク゜ンの逆円錐図を枊状にむメヌゞするず䞋に行くほどに速床が速くなり(収瞮)、䞊に行くほどに遅くなる(匛緩)

このような䜍眮の取り方が䞻䜓を圢成するなら、そのような䜍眮をずる有機性を取り陀けば「噚官なき身䜓」ずいう充実身䜓ずなり、この身䜓は関係そのものである機械状アレンゞメントぞず限りなく開いおいる・・・そんな感じなのだろう。(ナングからトリックスタヌを借甚した関係で、「集合的無意識」や「普遍的無意識」のむメヌゞが浮かんでくる偏向は自芚しおいる。が、ナングが党人類に限定したこの無意識をこれらの語が超え出おいるずいう感芚ももちろんある。)

で、䞀冊の本にも「噚官なき身䜓」があるっお?

◆

機械が関係そのものずすれば、本も関係のリンクに開いたノヌドず考えられる。もちろんノヌド(結び目)の郚分だけを切り取っお芋れば、察象ずしお捉えられるのだが、そのように切り取る䞻䜓が枊の䞭にあっお速床が䞎えられおいれば、察象は芳念から印象ぞ、そしお感芚ぞず逆円錐状の枊の速床が増すたびにどんどん線になり、粒子状になっおいくのだろう。

䞀個の「噚官なき身䜓」ずしおの本は、察象ず思われたものずそれを芋る偎が同時に速床を䞎えられ(この状況は「系」ず呌ばれたりする)、䞡者が速床によっお溶け合っおいく時に出珟するのかもしれない。電車の窓を開けお颚を受けながら颚景ず自らの速床に興奮しお「オヌっ」ず叫んでいた幌い子どもが思い出される。おそらく子どもは速床になっおいた。本を開きながら「オヌっ」ず叫ぶこずがあるずするなら、その時は本も読む偎も機械状に぀ながっおいる、ず信じおみたい・・・。

こうしお本ずいうものがそれ自䜓1個の小さな機械であるならば、この文孊機械それ自䜓はどんな枬定可胜な関係を、戊争機械、性愛機械、革呜機械などに察しお—--そしおそれらの機械をすべお包含する抜象機械に察しお持っおいるのか?
われわれは文孊者を匕き合いに出しすぎるず蚀っお非難された。
しかし、ものを曞くずき唯䞀の問題は、文孊機械が機胜するためにはいかなる別な機械ず぀ながれうるか、そしお぀ながれるべきかずいうこずなのだ。
クラむストず途方もない戊争機械、カフカず前代未聞の官僚機械・・・・・・(そしお人が文孊によっお動物や怍物になるずしたら、それは明らかに文孊的な仕方でずいうこずではない。人が動物になるのは䜕よりもたず声によっおではないか?)。
文孊は぀のアレンゞメントであり、むデオロギヌずはたったく瞁もゆかりもない。
むデオロギヌなどずいうものはないし、か぀おあったためしもなかった。

(同䞊 pp.17-18)

トリックスタヌ(語り手)は少しだけ速床が匱たったずころにこちらを連れおきおくれたようだ。機械、機械、機械ずリフレむンしながら、ただ錻歌のように続く語りも、文孊ずいうあるケヌスに萜ずしお機械ずしおの、関係ずしおの本が語られ始める。戊争ず、性愛ず、革呜ず文孊が繋がるのは、繋がる関係があるのではなく、それらが繋がる機械それ自身だからだ、ずいう。文孊機械、戊争機械、性愛機械、革呜機械・・・。

その䞭で、ある䞀぀の機械ずの぀ながりがず特に匷いはクラむストの戊争機械(䟋えば『ペンテゞレヌア』)、カフカの官僚機械(䟋えば『城』)ず繋がる文孊機械である。その぀ながりの「途方もな」さ、「前代未聞」さが、圌らの文孊に特城にすらなっおしたいかねないほどだずトリックスタヌ(語り手)はおどけながら語る。そのおどけの䞭に、幟らかの動物性が感じられる。機械、機械、機械ず繰り返しながら、どもるようなその口調に叫びが混ざり合うように思えおくるからだろう。

䞞括匧の䞭の蚀葉はトリックスタヌが二色の声の䜿い手だったこずに立ち戻らせる。「(そしお人が文孊によっお動物や怍物になるずしたら、それは明らかに文孊的な仕方でずいうこずではない。人が動物になるのは䜕よりもたず声によっおではないか?)」぀ながりずしおの機械は、蚀葉を話す人間䞻䜓にずどめるこずはない。電車の窓を開けお「オヌっ」ず叫んでいた子どもは、速床に溶け蟌みながら、「声」によっお、あの時動物になっおいたのかもしれない。

そんな感じで、流䜓的な異界の速床に酔い始めおいるず、「文孊は぀のアレンゞメントである」ずいう冒頭で聞いたような蚀葉が、文孊機械ずいう蚀葉が耳に残る偎から、ふず囁かれる。繰り返されながら、別の぀ながりで再䌚を果たした「アレンゞメント」を䞀぀の意味にたずめようずするより、そのふずした再䌚の驚きの方に匕っ匵られお、この今の躊躇の䞭でたたがんやりしおしたう。するず「アレンゞメント」ずいう語が、これたでの䞀連の䞍可解な語たちをかき集めたかのように、ずりあえずの「たずめ」のような語りが始たっおいる。

われわれが語っおいるのはほかでもない—--倚様䜓、線、地局ず切片性、逃走線ず匷床、機械状アレンゞメントずそのさたざたなタむプ、噚官なき身䜓ずその構築、その遞別、存立平面、それぞれの堎合における枬定の統䞀性などに぀いおである。
地局探知噚、厩壊探知噚、密床の単䜍CsO 〔噚官なき身䜓 Corps sans Organs〕、収束の単䜍CsOなどはただ単に゚クリチュヌルの量化を成立させるばかりでなく、゚クリチュヌルを぀ねに䜕か別のものの尺床ずしお芏定する。曞くこず(゚クリヌル)は意味するこずずは瞁もゆかりもなく、枬量するこず、地図化するこず、来るべき地方さえも枬量し、地図化するこずにかかわるのだ。

(同䞊 p.18)

「゚クリチュヌルの量化」だっお?(※今床はそれ以倖の蚀葉が入っおこない。) 確かにちょっず前に聞いた気がする。あたりに䞍可解な語が抌し寄せおすっかり忘れおいたが。そうか、量化子を䜿えば、文字は意味ぞ行くより空間化しおいくんだった、ず勝手に思い蟌む。曞かれたものを党称呜題か特称呜題ず芋なせば、すべお(∀)か、䞀぀はある(∃)のように䞀぀の平面に量ずしお広げるこずができるのは確かである。

ただし、量化子を様盞論理に適甚しお可胜䞖界論を構築したクリプキのように、この平面を分割するこずは難しい。この平面は倚様䜓ず呌ばれ、機械状であり、各々がアレンゞメントであるように぀ながっおいるようだからだ。にもかかわらず、量化ずいう考えは、この流䜓的な異界をさたよう偎には、枬定の道具ずしおひずたず䜿い勝手を詊したいツヌルだ。(ただし、CsO(噚官なき身䜓)の「密床」のようなずころでは䜿えない気もする。)

「そんな浅はかな考えを思い぀けず蚀った詊しはないがな」ずトリックスタヌ(語り)は蚀いたそうだが。たあ、䜿えるものは䜿わないずいけない状況だから、懐に入れお䜿えるかどうか詊しながら進んでみるこずにしたい。

◆

今回の萜曞きはここたでだ。文庫版のこの本を4p進むだけで、14000字を費やしおしたった(「序 リゟヌム」だけでも45pある)。今回は『千のプラトヌ』を、日垞的な「読む」こずから「巻き蟌たれる」ぞ倉えおみるずいう意図から、䞍芁な語数を費やすこずになった。この埌、萜曞きを続けるこずができれば、埐々に慣れお進み具合も倉わっおくるはずである。

次々ず珟れる新奇な語たちに぀いお、文字characterずしお扱えるように、先史時代から口承で䌝えられる異界をさたよう物語颚な姿勢で『千のプラトヌ』に接近しようず詊みた。ずいうのも、これらの語は意味を芋出すよりも慣れるこずが優先されるようだからだ。ただし、この接近の仕方もこの流䜓的䞖界では「䞀時的」である。それゆえ私たちが日垞䜿うような「キャラ」のように固定されお䜿われるこずはない。慣れるべきはこれらの語が珟れおは消える異界の流れにおけるルヌルの方だからである。

もちろん、この仮蚭定には限界がある。身䜓で「巻き蟌たれる」ずいう「身䜓」がこれたでの思考習慣からシフトしお、䞍死、革呜、トランスヒュヌマンずいうテヌマを担える新たな身䜓(「噚官なき身䜓」のようなarchitectural body)に移ろうず意欲するなら、この蚭定は䞍芁になるように思われるからである。

4p匱で終えたのには理由がある。「序 リゟヌム」ずタむトルされたこのプラトヌ(ç« )を読むず、この埌に出おくる本に関する3぀の分類、぀たり根(ラシヌヌ)、偎根(ラディセル)、根茎(リゟヌム)にばかり気を取られおしたうからだ。䞋手をするず、この本は「根茎」(リゟヌム)を䞻匵しおその他の捉え方を単に非難(時には排陀)するかのような印象に囚われおしたうこずがたたあるからである。その時、読み手の方が3぀の「根」ではなく、「暹朚」(ツリヌ)の二分法の方に吞い寄せられおいるこずにも気づかずに。

そこで、この本の䞖界をたず䜓隓的にシミュレヌトする、ずいう蚭定の「萜曞き」を蚭けた。するず「リゟヌム」ずいう語も機械状の異界で䞀時的に珟れるcharacterずしお扱えるず考えたからである。あくたでこの異界を身䜓を通しお䜓隓するこずがこの「萜曞き」の指針だった。そこには逊老倩呜反転地での経隓を通した『千のプラトヌ』ずの接し方の倉化が今もなお䜓の奥底に響いおいるのである。

平坊な堎所で立っおたたは座っお読むこずから離れるような凞凹ず坂で出来たあの堎所では、身䜓はベルク゜ンの逆円錐図になっお、底面から頂点ぞず匛緩ず収瞮を繰り返しながら自ら自身の衚局ず深局を埀埩し、たたは経巡った。その時、逆円錐ずなっお凞凹をさたよう身䜓は旋回を始めおいたずいう感芚がある。逊老を離れおも、さたざたな凞凹ず坂を探しおは䞊り䞋りした。そのような堎所が、「萜曞き」をする基点ずなった。

さお、これからいよいよ「リゟヌム」ずいうcharacter(文字)に出䌚うこずになる。が、この物語颚の蚀葉の連なりを遞択したこずによっお気づけなかった、蚀及できなかったこずもだいぶある。その点に぀いおは、埌々に曞き盎しおいきたい。その時、「萜曞き」する偎の䞻䜓は、もっず速床酔いしおいるだろう・・・トリックスタヌ(語り手)の思う壺だ。圌たたは圌らの哄笑が、もう聞こえおきそうである。

凞凹は線で衚される。等高線、等圧線のように。


※芋出し画像ず、最埌に添付した画像は「逊老倩呜反転地」のためのドロヌむング(荒川修䜜) (どちらもGallery Unlimitedのサむトず䞉鷹垂民ギャラリヌのXのポストを参照した。)

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