シンギュラリティからプルラリティに移住する-『精神の生態学へ』から『千のプラトー』へのセットアップ-
死よ、思い上がるな。
なるほど、或る人たちは、お前は強くて恐ろしいと言っている。
だが、そうではないのだ。
何故なら、お前が打ち倒したつもりの人々は、誰一人も、哀れな死よ、死なないのだ。
休息と睡眠はお前の似姿に過ぎないが、多くの楽しみがそれから生まれる。
お前からはもっと多くが出るはずだ。
我々のなかで最も優れた者たちが、最も早くお前と去る。
それは彼らの骨を休め、魂を自由にするためなのである。
お前は、運命や、偶然や、王侯や、絶望した者の奴隷だ。
また、毒薬や、戦争や、病気と住み家を同じくしている。
その上、芥子(けし)や呪文でも、お前に劣らず、いや、お前の一撃より上手に眠らせてくれるから、威張ることはない。
短い眠りが経つと、我々は永遠に目覚めることになる。
その時には、死は消滅する。
死よ。お前が死ぬのである。
When we hear ‘the singularity is near’, let us remember, the plurality is here.
(「シンギュラリティは近い」と聞いたら思い出そう、プルラリティ[多元性]は今ここにあるのだ、と。)
※見出し画像は、座標平面を凸凹にした荒川修作「風景」(1970年 マイラー紙にシルクスクリーン 89×114.5)。『千のプラトー』の「落書き」記事の見出し画像には、たびたび荒川の作品を用いるつもりである。(画像は夏目書房の旧・ブログより参照)
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『精神の生態学へ』の「落書き」をひととおり終えた。ので、ちょっと「由無し事」でひと息つきたい。冒頭で「ひととおり終えた」というのは、これからも時折修正していきたいからだ。『精神の生態学へ』の「落書き」はここで終わりではない。再読してふと思いついたことを加えたり、図版を入れたり削除したり、書き直す機会があれば何度でも修正したい。
noteの利点は、自分的には、いつでも修正できる点にあると思う。というのも、noteを文字通り「ノート」(注記、備考)として使っているからである。ノートなら完成という時点はない。しかも、紙のノートなら読み返し、書き直し、図表や画像を貼り付けると、少しずつ分厚くなる。削除するなら訂正を入れたりページを破らなくてはならない。持ち運びにも苦労する。ところが、noteならその懸念はない。
もちろん駄文を連ねるのだから、自分の記事は課金しない。そのぶん、クオリティを気にせず自分が考えているコアなことを未熟な状態でも書ける。売り物になると中身を変えることに気が引けてしまう。とはいえ、あまり独断的で野放図にならないよう、誰かが覗いてくれるくらいの適度の緊張感も必要だ。ので、noteは書くためのバランスがそこそこ取れる場になってくれていると思う。
『精神の生態学へ』の「落書き」は初めて没頭した本、過去に軽度の分裂気質とされた自分の傾向を考えさせる本、コロナ禍という転換期にPCに打ち込んだ本という、とても私的な動機の重なりをアウトプットする機会を偶然noteに出会うことで始まった。
次に準備しているジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ『千のプラトー』も、そのような私的なつながりで偶然出てきた。この本が「プラトー」というタイトルを『精神の生態学へ』から取った本、統合失調症(当時は分裂症)という精神医学領域を引き継いだ本という理由ばかりではない。没頭できた本、コロナ禍にPCに全文打ち込んだ本という『精神の生態学へ』との共通項もあった。
それなら、同じ著者たちの『アンチ・オイディプス』の方がいいんじゃないかとも思った。が、私的動機からすればそうではなかった。不死、革命、トランスヒューマンという3つのテーマをReversible Destiny、「天命反転」という一語で表したのは学生時代に出会った荒川修作である。荒川が「偏在」となった(亡くなった)2010年の1年後、実家のある出身地が地震と津波によって壊滅的な状況になった。その地に立ってふとここが自分の天命反転地だと思った。それ以来、「天命反転」が自分の日常に棲みついていたのだが、コロナ禍の異様な雰囲気の中でこのテーマ群がひしひしと迫ってきたのである。
そんなわけで、不死、革命、トランスヒューマンのテーマが押し寄せてくるのに戸惑いながら、ニーチェの超人やアルトーの器官なき身体だけでなく、人類史的ないくつかの場面に、この不安な未来に向かう脳内の平坦な時空を身体から歪めて、「天命反転」するヒントがあるかもしれない。そんなことを思いながら『精神の生態学へ』のPC打ち込みが終わってすぐ打ち込み始めたのが『千のプラトー』だった。偶然だが、従来の人類史を覆そうとするグレーバー/ウェングロウ『万物の黎明』の邦訳が出た時期に重なったのも大きかった。(後半に少し触れる。)
言い訳めいたことを並べてみると妙にしんみりした話になった。ともあれ、『千のプラトー』の「落書き」を始めるにあたって、単に私的な動機が重なっただけで学問的な動機や興味からでは一切ない、と言いたかったのである。
『千のプラトー』の「落書き」は、私的な思い込みと見当違いによって動き出すことになる。哲学領域での教養ある議論にはならないことはまだ始める前にすでにわかりきっている。神妙な顔でまじめに「落書き」することもなさそうだ・・・というこの文体もいささか落語か喜劇っぽいトーンに傾きつつある。120年前、猫を語り手にしたスラップスティック小説の語調が、頭の中を勝手に駆け巡っているのかもしれない。あの小説で、神経衰弱の大学教師は猫になった・・・動物になること。。。
もしそうなら、『千のプラトー』の「落書き」の語り手は、「我々は<渦>である」という一文から始めるべきかもしれない(渦であり雲であり大気であり粒子であり等々となるだろうが、とりあえずはそんな感じで)。この「落書き」にふさわしい主人公は、とりあえず様々な空間を様々な速度で、収束と離散を繰り返しながら移動する「渦」のように思える。たぶんPCに打ち込んだ時にベルクソン『物質と記憶』の記憶の円錐図が回転する感覚がこびりついてしまったのだろう。・・・まずは渦になること。。。(この逆円錐図から私のnote記事は始まっている。以下の本の表紙に小さく例の逆円錐図が描かれている。)
※回転させるとこんな感じ(渦の外側の微粒子が飛び回る空間も必要だが。)

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『精神の生態学へ』から『千のプラトー』にステップするのだから、後者が前者に言及している箇所を挙げてみれば、その関係が見えるかもしれない。なお、『千のプラトー』の一つのパラグラフはだいぶ長いので、ちょっと文の勢いを抑えてしまうことになるが、引用では一文ずつ改行してある。(テキストは河出文庫版3分冊の上巻を使用。)
プラトー〔高原、台地〕はつねに真ん中にある。
始めでも終わりでもない。
リゾームはもろもろのプラトーからなっている。
グレゴリー・ベイトソンは「プラトー」という語を、きわめて特殊なものを指すのに用いている。
すなわち、さまざまな強度の連続する地帯、みずからの上に打ち震え、何かある頂点へ、あるいは外在的目標に向かうあらゆる方向づけを回避しつつ展開される地帯である。
ベイトソンが実例として引いているのはバリ島文化であり、そこでは母子間の性的な戯れ、あるいは男同士の喧嘩はあの奇妙な強度の膠着状態を経由する。
「一種の連続した強度のプラトーがオルガスムにとって代わっている」、戦争にあるいは頂点にとって代わっているのだ。
西欧的精神の困った特徴は、もろもろの表現あるいは行為を、外在的または超越的諸目的に結びつけてしまうことだ----それらをそれ自体としての価値によって、1つの内在平面で評価する代わりに。
『千のプラトー』では、従来の章と呼ばれる区切りが「プラトー」と呼ばれる。そして各「プラトー」は「リゾーム」[根茎]状に連結し合っているとされる。また、各「プラトー」にはグレゴリオ暦の日付がついているが、その順番は年表通りではなく時代が前後している。つまり、どちらも自然数の序数で進む書物の習慣からの逸脱をこの本が主張していることを表す。
この本は15の「プラトー」からなる。ドゥルーズ/ガタリ(以下<D/G>で表記)は、「プラトー」を「さまざまな強度の連続する地帯、みずからの上に打ち震え、何かある頂点へ、あるいは外在的目標に向かうあらゆる方向づけを回避しつつ展開される地帯」と定義している。そのような脆くも均衡した強度の状態を、「地帯」と表現している。
「プラトー」状態をバリ島社会に見たベイトソンについて、D/Gはその「プラトー」の用法が「特殊なものを指す」という。が、ベイトソンがバリ島文化に限定しているという意味ではない。社会集団の人間関係の多くが「対称型」(主に競争関係)と「相補型」(主に支配-服従関係)に分類されるのに対し、そのような関係にならない「定常」状態を維持する「特殊な」社会をバリ島文化に見たからである。
ベイトソンはシステム論における「定常」状態steady stateに重ねている。システムにおける「定常」状態とは、時間を経てもシステム内の変数の変化が見られない動的な均衡状態のことである。バリ島社会の大人の男性同士の関係や母子関係、バランスをとることをテーマとした祭祀や社会的ルール、そして戦争に関してa〜gの7項目を挙げて、綱渡りするような絶妙な動的均衡状態を見ている。
大事なところなので、長いが7項目すべてを引用してみる。
a バリの社会で例外的に見られる累積的相互作用のうち、もっとも重要だと思われるものが、大人 (とくに親) と子供の間で起こる。その典型的なシークエンスを述べてみよう。まず母親が、子供のちんちんを引っぱるなどして、戯れの行為を仕掛ける。刺激された子供は、その反応を母親に向け、2人の間に短時間の累積的な相互作用が生起する。だが、そこで子供がクライマックスに向けて動きだし、母親の首に手を回したりなどすると、母親は自分の注意をサッと子供からそらしてしまう。この時点で子供は、別の累積的相互作用 (感情の激発に向けて相互に苛立ちをつのらせていくタイプのもの) を仕掛けることが多いが、これに母親はのらず、観る側に回って子供の苛立ちを楽しみ、子供が攻撃してきたときも表情ひとつ変えずにサラリとこれをかわしてしまう。これは、子供が持っていこうとする種類の相互作用を母親が嫌悪していることの表れではあるが、同時にそれが、他人とそのような関わりを持っても報われないことを子供に教え込む学習のコンテクストになっている点に注意したい。仮に人間が、累積的相互作用に走る傾向をもともと具えているとするなら、それを抑え込む学習がここでなされていくわけである。バリの生活に子供たちが組み入れられていくにつれて、彼らの行動からクライマックスのパターンが消えていき、それに変わって高原状態(プラトー)—--強度の一定した持続—--が現れていくとの考えは有望だ。バリ社会ではトランスも諍(いさか)い quarrels もこうしたプラトー型の行為連鎖にそって進行する傾向を持つ。この問題については後のdの項で詳述する。
b 子供たちが競争や張り合いへ向かおうとする傾向が抑え込まれる例は、他にもよく観察される。たとえば、バリの母親は、わざと他人の赤ん坊に乳をふくませ、我が子がその侵入者を躍起になって引き離そうとするのを見て楽しむということを、よくする。
c バリ島の音楽、演劇、その他の芸術形態の一般的特徴として、クライマックスの欠如ということが挙げられる。音楽に関して言えば、その進行は形式的な構造に基づいており、強度の変化は、これらの形式的関係の進展と持続時間によって規定される。近代の西洋音楽に特徴的な、強度を次第に増しながらクライマックスへと盛り上がっていく構造はなく、むしろ形式に沿った信仰を特徴とするのである。[McPhee: 1936,1947]
d バリ島の文化には、争いごとを処理する技術が確固として存在する。諍いを起こした2人はきちんとその地区の代官のもとに出頭して、その事実を登記し、こののち最初に口を出した方のものが、科料を払うか、神に奉献することに同意する。この取り決めは、諍いが収まった時点で正式に破棄される。この措置は「プイ」 pwik と呼ばれ、小さな子供の喧嘩にもこれを小型にした措置がとられる。ここで重要と思われるのは、当事者の憎しみを取り除いて友好関係を導き入れようという意志がはたらいていないという点だ。むしろこれは、互いの敵対関係を正式に確認する、さらに言えば、関係を一定の敵対状態に凍結する、試みのようである。この解釈がもし正しければ、バリ島では諍いの処理にも、クライマックスをプラトーで置き換える方式が採用されているということになるだろう。
e 戦争に関して、筆者は、むかしの首長(ラージャ) raja 間の戦いを現代の人々がどう捉えているか、コメントを採集して回ったが、それによると、少なくとも当時 (1936-39年) のバリの人たちが、戦争というものの中に、衝突防止の要素を数多く含めて考えていたことが明らかである。古い防壁と濠(ほり)に囲まれたバユン・グデの村民は、その役割をこう語った。「あんたとわたしが喧嘩をする。あんたは家のまわりに濠を作る。あんたをやっつけようと思って行ってみると濠がある。これではどうにも戦いにならん」。ここにあるのはいわば 1つの要塞線を双方が共有するという心理だろう。なおバリでは王国間の境界地域が、流浪の民や追放された人たちだけが住む、見捨てられた荒れ野原になっているが、このことも同様な考えから説明できそうだ (18世紀初頭に、カランガスム王国が隣のロンボク島を征服した時の軍国主義的な行動には、まったく違った心理がはたらいていたようである。その問題に立ち入った調査は行なっていないが、今日、ロンボク島に住むバリ人は、行動の時間的展望(パースペクティヴ)が、バリ島に住むバリ人のと際立って違っているという点は確認することができる。[Bateson, 1937]
f 相手を自分の話に引き入れようとするテクニック----雄弁術その他----がバリの文化にはまったくと言っていいほど欠如している。相手の注意を長く自分の話に引き止めておくことも、演説をして集団の感情を盛り立てようとすることも、忌むべきこととされており、実際それをしようにも、相手の注意がすぐに散漫になってしまうので意味がない。物語を語るときも、語り手は語り続けることをせず、1つか2つのセンテンスを語ったところでポーズを置いて、誰かが筋の細部について具体的に聞いてくるのを待ち、それに答えながら物語を続けていくのが普通である。こうして相互作用の連鎖を断つことで、累積していく緊張を逸らしている、と考えることができる。
g 社会の基本的な階層構造は、カースト・システムと (寄り合いを構成する) 正村民同士の上下関係とであり、これは非常に強固である。どちらにおいても、地位を争うライバル関係が生じさせる状況(コンテクスト)は一切ない。何かの不祥事を起こしたものが、地位に伴う資格を停止される処分を受けることはあるが、その場合もその人間の格づけ自体は不動であり、のちに正規の状態に復帰を認められたときは必ず、他のメンバーとの上下関係が前と同じになる地位へ戻るのである。[Mead, 1937]
aとbは母子関係、cは音楽や演劇のアート面、dはバリ社会のルール、eは戦争、fは雄弁術(言葉で勝つ技術)、gはカースト・システムについての観察と考察だが、ベイトソンはどれも「クライマックスの欠如」とし、そのような状態を「プラトー」と捉えている。つまり、身近な対人関係や一村落社会内、他の村落同士の関係と広がってもこの「定常」の状態が、まるでフラクタル性を持つかのように自己相似的に繰り込まれる関係の宇宙として見出される、というのである。
逆に言えば、このバランスが崩れると対立は争いになったり(対称型)、支配-服従関係になったり(相補型)になる。では、どうして崩れるのか? その点を説明するのはベイトソンよりもD/Gの方が上手だ。それは「主体化」という過程で、他とユニットをなしてネットワークのノード(結び目)として機能していた自己が個体化し、自我を主とした自己-対象の関係に矮小化するからである。D/Gの言い方をすれば、バリ島の「定常」社会は、このような集団の個体化または個人への主体化を抑制して成り立っているとも読めそうだ。
関係の知を重視したベイトソンは<自己プラス環境>のユニットが適度に作動して世界はバランスを保つと考え、のちにこの状態を「健康」と呼んで、「病理」状態の現代世界に警鐘を鳴らした。一方、D/Gはこの「定常」状態をむしろ「特殊なもの」とし、現代が「正常」と思い込んでいる状態からの逸脱や変形や逃走によってこの状態が生じると考える。それが「さまざまな強度の連続する地帯、みずからの上に打ち震え、何かある頂点へ、あるいは外在的目標に向かうあらゆる方向づけを回避しつつ展開される地帯」としてのプラトー状態である。
「プラトー」状態を例に、ベイトソンは教えを説く側にまわるが、D/Gはそこに向かう実践のための地図を作り出そうとする、という違いがある。この点については『千のプラトー』の冒頭にあるとても短い「緒言」をめぐって落書きする際に、こちらの読む指針とともに言及したいと考えている。
手短に言えば、システム論から「定常」概念を借りたベイトソンと異なり、D/Gは「プラトー状態」を「さまざまな強度の連続する地帯」とし、「強度」を材料の変形やねじれを表す工学から物理、化学、音響学、気象学等々のように、様々な学的領域に用いられる様々なレベルを横断する語として扱うのである。
中心のない「群れ」としてイメージされる「プラトー」状態は、そこに何らかの個体化や主体化の動きが起こると破壊される。ベイトソンは集団におけるこのプロセスの形成を、累進的な「分裂生成」と呼び、その継続が対称型と相補型の亢進的で硬直した関係を作り出し、社会を破滅に向かわせると考えた。
というような手前勝手な理解で、今回はとどめておきたい。
◆
「プラトー」という語とその状態から『精神の生態学へ』と『千のプラトー』の違いから見ると、形式知と実践知という使い古された言葉で区別できそうではある。一方、資本主義社会が徹底する分割可能な実体の知が蔓延する世界から追いやられた関係の知が優先して作動している稀有な世界という見解は共通しているように見える。だとすると、2つの区別に共通の「知」にも何らかの変容が必要となりそうだ。「知」は言語によって分割、分類、数値化するように進化してきたからだ。
ちなみに「実体論」とは、ベイトソンが常に批判を向けた、特に西洋文化が突出させている思考習慣である。この習慣は自己から考え、それ以外を対象として実体化する。対象は物質の塊である必要はない。イメージも情報も形を描ければ対象になる。ここに対立、闘争、支配-従属のような関係が生じ、この関係を制御する目的で技術開発が進んで、大規模な戦争や環境破壊にも及ぶ。
そのような累積的に増進するプロセスをベイトソンは「分裂生成」と呼び、そうでない「定常」状態(動的均衡プロセス)を「プラトー」と呼んだ。つまり実体よりも関係が優先されるような世界である。D/Gはベイトソンの「分裂生成」が蔓延する世界の脱出口として「プラトー」状態を前面に押し出し、実体化する以前の「さまざまな強度の連続する状態」を読者が地図作成するサンプルとして人類史的な視野から様々な場面と様々な次元に見出していく。
一方、実体の知から関係の知へのステップは単に段差を上るようにはいかない。ベイトソンが「学習II」から「学習Ⅲ」へのステップを確率論的な跳躍と捉えていたのは、このステップ自体が「知」自身の実体から関係へのシフトを要求するものだからである。ベイトソンはこのシフトをうまくステップできた「関係の知」を「智」(ウィズダム)と呼んでいた。
「プラトー」状態への探訪を試みるには、訪れる側の思考習慣の根っこにある実体の「知」から関係の「智」とでも表現すべき、「知」の変形が伴うのだ。というのも、私たちが住まう世界は人類学者デヴィッド・グレーバーと考古学者デヴィッド・ウェングロウがベイトソンの「分裂生成」を援用して描く、実体論的な世界が隅々まで浸透していく方向に向かっているからである。
1930年代に、人類学者グレゴリー・ベイトソンは「分裂生成(schismogenesis)」という造語によって、人は他者と自己を対立させながら自己を定義する傾向があることを説明した。こういう場面を想像してみよう。2人の人間がささいな政治的意見の相違から議論をはじめたとする。だんだん2人は頑なになっていって、1時間後には、イデオロギー的に完全に対立する立場になってしまった。たんに相手の立場を完膚なきまでに拒絶することを示すためにだけに、かれらはふだんだったらありえない極端な立場をとってしまったのである。かれらははじめはともに穏健な社会民主主義者であり、わずかに指向性がちがうだけだった。ところが数時間にわたり[議論の]熱気に煽られているうちに、ひとりはいつのまにかレーニン主義者になり、ひとりはミルトン・フリードマンの思想の信奉者になっていた。このようなことが議論のなかでは発生しがちであることはよく知られている。ベイトソンは、このような過程が文化的レベルでも制度化されることを示唆している。かれはこう問いを発している。パプアニューギニアの少年少女は、少年少女がどのようにふるまうべきかについて、だれからも明確な指示を受けていないにもかかわらず、いかにしてかくも異なるふるまいをするようになったのか? たんに年長者の真似をするだけではなく、少年少女がそれぞれ異性の行動を嫌悪し、できるだけ似ないようにすることを学ぶからである。最初はささいな学習されたちがいだったものが、だんだん誇張されていき、ついに女性はみずからを男性とは対立するものすべてとみなし、しだいに実際にそうなっていくにまでいたる。そしてもちろん、男性も女性に対しておなじことをするのである。
ベイトソンは社会内部での心理的過程に興味をもっていたが、複数の社会のあいだ(between)でも似たようなことが起こっていると考えることが妥当であろう。人は、近隣の人間たちに対立させてみずからを定義するようになるのである。都市住民はより都市的になり、野蛮人はより野蛮になる。もし「国民性」などというものが本当に存在するとすれば、それはこのような分裂生成過程の結果でしかありえない。イギリス人はできるかぎりフランス人のようにならないように、フランス人はできるかぎりドイツ人のようにならないように。なによりもかれらはみな、議論するさいにはたがいの差異を誇張するものなのである。
グレーバー/ウェングロウが取り上げたベイトソンの「分裂生成」は、「対称型」であり、対立、競争、闘争をエスカレートさせる過程である。この過程は自己と対象の区別ができると作動し、とどまるところを知らない。産業革命後に出たダーウィンの進化論も対称型の分裂生成過程を採用し、工業社会化によって前景化した資本主義の競争社会を肯定する進化社会学を用意した(ベイトソンは関係の知の対称型への還元という観点でダーウィン進化論を批判した)。
グレーバー/ウェングロウは現代の日常会話にも、人と関係するコミュニケーションを対立へと向かわせる対称型のエスカレーションを見ている。人と繋がるよりも論破することがコミュニケーションの本質となった社会では、幼児教育にも対立と競争のシミュレーションが導入され、戦いと勝利の物語がメディアとゲームを通して当然のことであるかのように浸透する。グレーバー/ウェングロウはこのようなエスカレーション(分裂生成)が強化される一方、関係の知が削ぎ落とされて一元化していく世界では、その一般化が進んで即座に国家単位に拡張してしまうことも最後に示唆する。「イギリス人はできるかぎりフランス人のようにならないように、フランス人はできるかぎりドイツ人のようにならないように。」
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が、ここで別の大きな問題が同時に拡大していることを忘れないようにしたい。「分裂生成」の最中にあるメンバーは人間だけなのである。子供の頃からゲームで敵を倒し、アニメでヒーローになり切り、メディアで論破し、SNSで誹謗中傷し、個人間、企業間で競争し、国家間で戦争を起こすことが当たり前の世界が続くことは、人間が生きる土台である地球環境との関係を無視し続けることと同じである。
対立を生み出す技術が高度になるほど、それらを作動させるエネルギー源のこの土台からの搾取も増大しているのである。この「由無し事」をnoteにアップしようとキーを打つ瞬間も、そうなのだ。
もしこの対立が、現在から未来へ向かう直線上に不安と恐怖を煽るプロパガンダによって強化される世界の「常識」なら、どう対処すべきか。台湾のIT大臣になった際に、オードリー・タンはエピグラフに引用した言葉を、その職務記述書に記したという。再掲する。
When we hear ‘the singularity is near’, let us remember, the plurality is here.
(「シンギュラリティは近い」と聞いたら思い出そう、プルラリティ[多元性]は今ここにあるのだ、と。)
「the singularity is near」はレイ・カーツワイルが2004年に出版した本のタイトルを指している。カーツワイルはゴードン・ムーアの経験則を元に技術的なデータで導き出してAIが人間の知能を2045年に超えることを予測し、世界にセンセーションを巻き起こした。カーツワイルはグラフの座標上で人間の進化の緩やかな曲線に後発のAIの進化の急勾配の曲線が交わる点、つまり追いつく時点を「技術的特異点」singularityと表現した。
が、オードリー・タンはそこに「単一性」という別の意味を読み取る。つまりその方向にしか向かないという意味での「単一性」である。対立と戦いしかないという「分裂生成」のみを増進させるのもこの「単一性」の思想だ。カーツワイルの言葉にタンは、デジタル・テクノロジーの使い方も人間と対立し競争させる「対称型」としか捉えられないように方向づける米テック産業の政治性を見出している。
「the singularity is near」に対して、彼女は「the plurality is here.」という言葉で、その強い政治性からの脱出口を2つ示そうとする。一つは単一性へと収束するような世界にpluralityを並置させて、オルタナティブな道があることを示すこと。もうひとつは単一性に収束する世界がis nearという恐怖と不安を煽る言葉に潜む平坦な空間に過去・現在・未来という時間直線を敷いた時空に対して、「is here」つまり今ここにとどまってみることで風穴を開けること。この2つを示すのである。
「今ここ」に生きる身の丈の世界では諸関係のネットワークの広がり、つまり<人間プラス環境>のユニットになる。生きる身体は環境に自らを開き、人間だけではない多元的世界へ開いていく。この観点からオードリー・タンはデジタル社会では独裁が当たり前という政治体制に民主主義を導入する道を探っていく。単なる批評家でも哲学者でもない、常に実行を伴う政策担当者として、タンはコロナ禍に包まれる台湾を「今ここ」から伸びる民間とのネットワークと「今ここ」にある技術とつなげることによって、世界で初めて感染を最小限に抑制する政策を実行し成果を上げたとされる。
※デジタルと相性の良くない民主主義をつなげる理論的・実践的な試みについてはE・グレン・ワイルと彼らのコミュニティとの共著『PLURARITY』(原著2024/邦訳2025)を参照。
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コロナ禍で、オードリー・タンのような試みよりも注目を浴びていたのは、ワクチン派と反ワクチン派の議論の応酬やこの時期から激化する戦争だった。そして現在ではその規模もさらに拡大して「対称型分裂生成」が地球を覆い尽くすほど深刻化している。が、「the plurality is here.」というオルタナティブは、この身体を通じて<人間プラス環境>のユニットを作っている限り、デリートされることはない。(全人類が全脳エミュレーションすれば別だが。)
「古いものは新しいものよりもより長く生き延びる」という進化論由来の格言を借りるなら、「the plurality is here」の思想実践の<古典>を参照することは、むしろ「今ここ」を見渡していく近道かもしれない。そんな細々と生き残ってきた関係の知の系譜をでっち上げて、『精神の生態学へ』から『千のプラトー』にシフトしてみようと思うのである。
その際、自己を対象と区別する3つの契機を反転させた考えを関係の知にシフトさせるために自分に課すことにした。分割できない自分の終点として設定される死には不死を、そのような終点に至る平坦な空間と直線上に時間を並べる時空感には、それを切断して凸凹な空間に変える革命を、そして自己以外を対象(モノ、資源、キャラetc.)として捉えてしまう実体の知には関係でしか捉えられないトランスヒューマンを。(もちろん、こちらの都合でひとまず操作概念風に扱うこれら3つの考えが、そんな窮屈な場所にとどまるはずもないのだが。)
3つの考え、特にトランスヒューマンとトランスヒューマニズムの違いについては、現在混同された使い方で流通しているので、のちに検討していく余地はあるだろう。(もちろん不死も革命も同様に。) そのために冒頭のエピグラフに16-17世紀の詩人ジョン・ダンの詩を挙げておいた。この詩はトランスヒューマニズムの祖とされるニコライ・フョードロフの思想をベースに物語世界を構築した伊藤計劃+円城塔『屍者の帝国』(2012)の終盤に引用され、トランスヒューマン (邦訳では「超人間」と訳された) を語る荒川修作+マドリン・ギンズ『死ぬのは法律違反です』(2007)にも間接的だが言及がある。その文脈によってどちらにでも解釈できる詩に思える。
ただ、自分的には、この言葉のコンテクストはかつて対話し、その作品に没頭した荒川修作の言葉のコンテクストで理解している。「死なないこと」をテーマとし、建築を身体から世界を転換する革命の基点と捉えた彼は、いつも「トランスヒューマンが問題なんだ」と拳を握って歯を食いしばるように、この世界への怒りを込めて語っていた。そしてこれら3つの考えは荒川修作+マドリン・ギンズ『建築する身体』と『死ぬのは法律違反です』の中心テーマとなっている。
これらの2著で、「関係の知」は「関係そのもの」へさらにシフトしようとする余地があると示されることも、ちょっとだけ付け加えたい。荒川修作とドゥルーズの話をすると(ドゥルーズ/ガタリの共著ではない)、「あいつはまだ二元論者だ」といつも批判していた記憶が思い浮かぶのである。荒川の2著もPCに打ち込み終えた現時点であらためてそのフレーズを思い起こすと、「どうだ、関係にまだ「知」がまとわりついているだろう」という荒川の声が聞こえるような気がする(あくまで気がするだけだが)。
一方、荒川修作の著作も言葉でできているのだから、関係の知から関係そのものへのシフトに成功していたかは不明だ。ただ、関係そのものを体験させる彼のインスタレーション作品とこの2著が密接にリンクしていることは確かである。
荒川修作はベイトソンに関して、関係の知をめぐってあえて言葉にとどまって人間の思考習慣に終わりなき問いを突きつけた点を注目している。
荒川 それ[二分の図式をまだらにする]をやろうとした人がグレゴリー・ベイトソンですね。ベイトソンはあなたが言われたことを現実にやったけれど、自分ではまとめませんでしたね。晩年の彼に会いましたが、宗教家の様でした。自分では決してここからどこまでやりましたとは言わなかった。そこがあの人のえらいところですね。彼の時代に完結するものではないということが分かったから、決して自己主張しなかった。最後は自分の娘まで使って、自分のことを分かっていないということを知りながら一緒に本を出した。誤解して下さいという本ですね。思想に行為を持たせるということは、言語をあの様に使うということのいい例です。
荒川はベイトソンを形式知にとどまりながらその外側を指し示すような言葉の使い方をしたことを評価しているように見える。もしそれを実践するなら、知そのものを変える必要があることを訴えたベイトソンを評価する荒川からすれば、ドゥルーズの本を読んで、実践の方ではオレの方がもっと徹底しているぞ、とドゥルーズの哲学者的姿勢に物足りなさを感じていたのかもしれない。(私が最初にドゥルーズのことを荒川と話したのは、確か関係の知をテーマにストロガッツ、ワッツ、バラバシのネットワーク科学を経由してどういう経緯からか『襞 ライプニッツとバロック』に話題が変わった頃合いだった。)
◆
さて、この「由無し事」もだいぶ文字を連ねてしまった。ともあれ、最初に述べたように、この意味でもこれから行おうとしている『千のプラトー』の落書きは、とても私的なモチーフが動力になっているだけという点を再度強調したい。そしてこの「落書き」はあくまで「ノート」であり、最終稿という形態ではない。できうる限り修正を施す余地を持たせておきたい。
ただ、6月から拠点を変えるので、移住する期間は主に手元にある紙の資料で確認できなかったり投稿も不定期になるだろう。それでも続けられる限りは、「落書き」の楽しみに浸りたいと考えている。そうして、関係の知が関係そのものに移行するなら、もう文字を連ねる必要もなくなるのだろうか。その時は<私プラス環境>になって「プラトー状態」にあるのだろうか。そんなことを夢想しながら・・・。
んっ?
だいぶ関係の知を単一性の物語に引き寄せすぎていやしないか?
「また寝ボケたことを言ってるな。」苦沙弥先生の夢想を嘲笑う猫なら、そんなことを言うだろう。重要なのは、singulalityとpluralityの比重を変えることだった。夢想するボケには毒舌を浴びせるツッコミが必要である。
関係の知には実体の知がボケ役として必要であり、このボケ役が増長しないようになツッコミ役と笑いも必要なのである。分身を作れ、複数になれ・・・。
新しくも古くもあるその拠点----15年前に地震と津波で凸凹になった私の「天命反転地」----では、笑いに巻き込まれてあるいは吹き飛ばされて、noteに「落書き」を続けられれば、ただただ「有難い、有難い・・・」(『吾輩は猫である』の最後の1行より)
参考:
※冒頭のエピグラフと「落書き」の中の『千のプラトー』の引用以外は、すでに他の「落書き」で引用済みのものを転用した。分散していた「関係の知」の言葉たちを引っ張り出してかき集めたら、手探りで進むこの「由無し事」もある程度書けるだろうか、という臆病心からである。
