午後の紅茶は、ええとこの味がした
午後の紅茶のレモンティーを飲むと、あの子の家を思い出す。
小学生の頃、遊びに行くと、少しだけ姿勢がよくなる家があった。
玄関には、家族の人数より多い靴が出ていることがなかった。廊下には物が置かれておらず、床は夏でもさらりとしていた。冷房の風がどこから来ているのかは分からなかったけれど、玄関から子ども部屋まで、家の中が全部同じ温度だった。
うちでは、冷房をつけている部屋の扉は閉めておくものだった。「開けっぱなしにしたら、電気代がもったいないでしょう」と母に何度も言われていたから、あの子の家の廊下まで涼しいことが、わたしには不思議だった。
あの子の部屋には、勉強机と本棚とベッドがあった。床に教科書や脱いだ服が落ちていることもなく、わたしはランドセルをどこに置けばいいのか少し迷った。
しばらくすると、あの子のお母さんが飲み物を持ってきた。
「レモンティーでよかった?」
丸い盆の上に、細長いグラスが二つ載っていた。淡い茶色の液体の中で、氷が光っていた。グラスの下には薄いコースターが敷かれ、袋から出したお菓子が、小さな皿にいくつか並んでいた。
テレビのコマーシャルでも、スーパーの棚でも、見たことのある飲み物だった。それなのに、ペットボトルからグラスに移され、氷と一緒に出てきたそれは、知っているものとは別の飲み物に見えた。
口に入れると、紅茶より先に甘さがきた。レモンの味がして、最後に氷で薄まった冷たさが残った。
あの子のお母さんは、わたしたちが飲むところを見届けたりはしなかった。
「足りなかったら言ってね」
そう言って、すぐに部屋を出ていった。扉を完全には閉めず、少しだけ開けていったことも覚えている。
わたしはグラスを置くたび、コースターからはみ出さないか少し緊張した。グラスの底が丸の中にきちんと収まるよう、毎回そっと置いた。あの子は、コースターから少しくらいずれても気にしなかった。
飲み終えると、わたしはグラスを傾けて、残った氷を口に入れて噛んだ。家ではいつもやっていたから、つい癖でやってしまった。
あの子は氷を噛まなかった。
気づかれたかどうかは分からない。
わたしは、あの家に行くのが好きだった。あの子と遊ぶことが好きだったのか、その家へ行くことが好きだったのか、今となっては分からない。たぶん、どちらも好きだった。ただ、同じくらいではなかったのかもしれない。
*
自分の家に友達が来ると、母は冷蔵庫を指さした。
「麦茶あるから、勝手に飲んで」
麦茶は大きな容器に入っていた。氷は自分で入れた。お菓子があれば、袋のまま机の真ん中に置いた。
母は仕事から帰ると、洗濯物を取り込みながら夕飯を作った。テレビはついていて、台所では換気扇が回り、誰かが冷蔵庫を開けるたびに「早く閉めて」と言った。ソファには畳みかけの洗濯物があり、廊下には買ってきた米やトイレットペーパーが置かれていた。
うちの中は、いつも誰かが生活している途中だった。
あの子の家から帰ったある日、母に頼んだことがある。今度友達が来たら、飲み物をグラスに入れて出してほしい。母は手を止めずに、どうして、と聞いた。
わたしはうまく答えられなかった。レモンティーを、氷の入ったグラスで出してほしいとは言えなかった。それを口にすると、あの家の真似をしたいことまで伝わってしまいそうだった。
「うちはうち、よそはよそ」
母はそう言った。
それ以上、頼まなかった。
子どものわたしは、あの家と自分の家の違いを、全部お金の違いだと思っていた。広い家。きれいな廊下。冷たいグラス。静かに話すお母さん。
それらをまとめて、ええとこの家、と呼んでいた。
*
午後の紅茶のレモンティーは、大人になってから何度も飲んだ。コンビニでもスーパーでも、いつでも買える。ペットボトルのふたを開ければ、子どもの頃に特別だと思った味を、簡単に飲むことができた。
それでも、飲むたびにあの家を思い出した。
家の広さより先に、氷の触れ合う音が戻ってきた。さらりとした廊下と、少しだけ開いた扉と、「レモンティーでよかった?」と返事を待ってくれた声が戻ってきた。
先日、子どもの友達が家に遊びに来た。冷蔵庫を開けると、麦茶と牛乳しかなかった。何か買ってくると言うと、子どもたちは何でもいいと答えた。
近くの店で、同じものを一本買った。
家に戻り、ペットボトルのまま出しかけて、戸棚からグラスを出した。氷を入れ、注いだ。ちょうどいい盆はなかったので、両手に一つずつ持って運んだ。コースターもなかった。代わりに、小さな皿をグラスの下に敷いた。
「レモンティーでよかった?」
わたしが聞くと、子どもたちはゲームの画面を見たまま、「うん」と答えた。
グラスはすぐに空になった。特に感想を言うこともなく、子どもたちはまた遊び始めた。わたしは空になったグラスを台所へ運び、底に薄く残ったレモンティーを水で流した。
氷を入れ、グラスに注ぎ、部屋まで運ぶのに、それほど時間はかからなかった。だからといって、母にもできたはずだとは思わなかった。
母は忙しかった。そんなことに意味を感じていなかっただけかもしれない。わたしが何を羨ましがっているのか、分からなかったのかもしれない。わたしにも、よく分かっていなかった。
あの子のお母さんに時間があり、母にはなかった。それだけの話だったのかどうかは、今も分からない。
ただ、事情が違うことを知った今でも、あのレモンティーを飲むと、わたしはまだ、あの家のほうへ帰っていく。
少し姿勢をよくして、グラスをコースターの真ん中に置いた、あの夏の午後へ。
甘さより先に、氷の音がする。
