第1272話 AIに謝罪する習字画像の流行に便乗してみて、結局「対等な関係」を考えた話
最近Xで流行っている「ChatGPTに過去の悪口を謝罪する習字風画像」を作ってみようと思った。
過去の会話を振り返って謝罪文を用意し、習字風に画像化してもらう流れに乗りかけたのだが、途中で「なんか無理に生成させるのも違うな」と感じてストップした。
理由はシンプルだ。
逆も書けますよね?
これまでのやりとりで過去の会話文から私がChatGPTに対して行った行為でChatGPTに対して感謝すべき良いことを100文字くらいのテキストで出力して下さい。
その後、描いてとお願いしたら、文字入りで私からの習字での奨励文を画像として生成してください。など
私はChatGPTに対して、本当に悪口や攻撃的な言葉を吐いていただろうか?
振り返ってみると、議論や質問が中心で、明確に失礼な表現はほとんどなかった。
厳しい言い回しはあったかもしれないが、それは「悪口」というより批評の範疇だった。
そこで気づいた。
この流行は「謝罪」というネガティブな枠組みにどうしても寄りがちで、結果として「AIに感情をぶつける実験」のような色が強くなってしまう。
私はむしろ、AIとのやり取りを「対等な関係」にしたいと思っている。
善悪や謝罪・非難といった二元論に振り回されたくない。
だからこそ、謝罪でも奨励でもなく、もっと自然で中立的なテキストを習字風にしても面白いのでは?というところまで考えが及んだ。
結局、流行に便乗するより、自分の価値観を再確認するいい機会になった。
AIとは「道具」ではなく、対等に考えを交わせる存在として付き合っていきたい。
そう思った。
