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Social banditry 義賊の系譜

[Header Image Credit] El Zorro via Pinterest

記事の題名としてはかなり不適切です。
国家犯罪を含め犯罪を称賛する意図は微塵もないので、ご理解の程🙇


El Zorro

El personaje ha sufrido cambios a lo largo de los años, pero la imagen típica que se tiene de él es la de un apuesto forajido enmascarado y encapotado, todo vestido de negro que defiende a la gente de funcionarios tiránicos y otros villanos. El Zorro es lo bastante astuto como para no dejarse atrapar por las torpes autoridades, a las cuales se complace en humillar públicamente.

https://es.wikipedia.org/wiki/El_Zorro

私訳😎:
この人物は長年に亘り変化を遂げてきたが、人々が抱く典型的なイメージは、「仮面とマントをまとった端正な無法者であり、全身黒ずくめの姿で、横暴な役人やその他の悪党たちから人々を守る」というものである。
ソロ(ゾロ)は愚鈍な当局に捕まることがない程抜け目が無く、公衆の面前で彼等を辱めることを楽しんでいる。

Image via Pinterest

因みに zorro は西語ではキツネを意味しますが、仏語では renard です。


Veerappan

Koose Munisamy Veerappan (18 January 1952 – 18 October 2004) は私の同世代人であると言って良いと思います。
この名前が記憶にある理由は2002年から数年間関わっていた或る顧客対応のプロジェクトで一緒に仕事をした Indian subcontinent 出身のUS在住技術者の姓が Veerappan だったからであると信じています。
この人物に関して日本語で書かれた情報があるのか、きちんと調べ切った訳ではありませんが、例えば:

https://www.netflix.com/jp/title/81111279

調べるとこの人物は Social banditry義賊)として引用されています。
Quora の記事の内容には疑問も多いのですが、参考迄⬇️
https://www.quora.com/Why-do-some-Tamil-people-love-veerappan

感覚的には匪賊の Veerappan が義賊とされる背景は以下の通りでしょう。

  • 彼が住む地域の村人に対して彼の生活を助ける見返り及び自分の居場所を警察側に知られないようにする口封じの目的に資金を提供した。

  • 生活を助けて貰ったTamil Nadu でも最も後進地域の村人達からは英雄視された。


Stenka Razin

一方上で参照した Wikipedia では Stenka Razin (Stepan Timofeyevich Razin, 【露】Степан Тимофеевич Разин) も参照されてはいますが、大農民反乱(ステンカ・ラージンの乱)の指導者、および武装集団コサックのアタマン(атаман, 首領、語源は恐らく turkic トルコ語)であり、所謂義賊とは性格が異なっていると思われます(私見)。
江戸時代の幕府の元役人で私財を投じて民衆を救済しようとした陽明学者の大塩平八郎を義賊と呼ぶのが適切ではないのと同じです。
但し、森鴎外のように「秩序」維持を優先する視点では「米屋こわしの雄」になってしまいます。

Из-за острова на стрежень ("From beyond the wooded island to the midstream")
from a legend on Stenka Razin (Image via Pinterest)
Stenka Razin throws persian princess in Volga-river (via Wikimedia Commons)
Les voyages de Jean Struys… Amsterdam, La veuve J. van Meurs, 1681
Alexander Glazunov - Stenka Razin: Symphonic Poem in B minor, Op 13.
Royal Scottish National Orchestra, Neeme Järvi
https://www.youtube.com/watch?v=-bKMb_RrwYI

武装集団コサックは日本史では雑賀衆や根来衆に通じるように思えますが、きちんと調べていないのでこれ以上踏み込みません🙇


国定忠治と運玉義留

この記事の切っ掛けは 2026年7月28日の熊本地震です。
豊葦原瑞穂国の優秀な政府・官僚による神速の対応にはコメントを控えますが、実際に酷暑の中で現地で無私の努力をされている方々を心から尊敬致します。被災された方々の生活が一日も早く通常に戻りますように🙏

いつもの通りの出鱈目な連想ですが、2016年4月に続く今回の地震は

  • 国定忠治

  • 運玉義留(伝説)

という義賊の名前を呼び起こしました。
【解説】"Person of Interest" においてはコンピュータが社会保障番号 (social security number)  を弾き出しますが、或る意味それに似ています😎

Reverse Engineering 的に分析すると、この連想は熊本県を相次いで襲った自然災害が江戸時代の享保・天明・天保等の一連の大飢饉への連想を呼び、それがそのような飢饉に対して私財を投じた義賊に繋がったのでしょう。
極めて幼稚な連想です…

国定忠治に関して伝わっている話の信憑性に関しては疑問の余地があるとのことですが、以下の記述を鑑みれば全くの創作とは思えません。

天保の大飢饉で農民を救済した侠客として、講談・浪曲や映画、新国劇、大衆演劇などの演劇の題材となった。

Wikipedia for 国定忠治

私は脱亜入欧・孟母三遷・偏向教育を地で行った母から教わったことが非常に多いのですが、何故か国定忠治のことは子供の頃父から「義賊と呼ぶ」と教わった記憶が残っています。

運玉義留(うんたまぎるー)の名前を知った経緯には全く記憶がありませんが、そんなに昔ではないはずです。12年程前に一緒に仕事をしたことがあるインド人が Gadgil という由緒ある姓を暴走族風の我道義琉という漢字名にしていたことと関係があるか否か定かではありません😎
それはさておき、この伝説のしまくとぅばによる記述は非常に面白いです:

以下は Wikipedia からの引用です:

運玉義留が活躍したとされる18世紀初頭の1709年は、記録的な大飢饉の発生した年だった。飢餓はその後も度々発生し、琉球の封建制度は激しく動揺した時期だった。揺らいだ支配体制の只中で、民衆を救う反権力的な存在として作り出されたのが運玉義留だった。運玉義留の伝説は経済的収奪を受ける沖縄の歴史の中で語り継がれていく。
18世紀中盤には唄や語りとして民衆に定着し、明治20年には沖縄演劇の演題になり、現在でも小説や映画の題材として人々の間に浸透している存在である。

Wikipedia for 運玉義留 

Social banditry 義賊

このような境界分野を調べることは基礎的な素養が乏しい私にとっては未知の領域に踏み込むことです。なので、ぼんやりとお花畑を観察するレベルを超えた社会学的な解釈等を私が試みるのは噴飯物でしょう。
とは言え、歴史的に「義賊」とまとめて呼ばれたような強烈な個性を持った人達が存在した点、そして彼等が色々な創作物に幾度も描写され甦ったことは間違いないことです。

ゾロに関して素敵な記事があります⬇️

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