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【ネタバレ考察あり】A24映画版『バックルームズ』は、なぜ中年男とカウンセラーの物語なのか

※本編の内容に触れています。鑑賞後に読むことをおすすめします。

怖い場所なのに、そこへ行きたくなる。
『バックルームズ』を2回観て、いちばん後を引いているのは、クラークのその気持ちだった。

まだわからないことは多い。ただ、監督や俳優のインタビューを読んで、なぜこの二人が物語の中心にいるのかは、前より輪郭がはっきりした。

ケイン・パーソンズが長編の中心に置いたのは、建築家になる夢に挫折し、家具店を営む中年男クラークと、彼のカウンセラーであるメアリー。あの不気味な空間を描くために、なぜこの二人が必要だったのか。

クラーク/メアリー

ここではインタビューで語られたことを手がかりに、二人とあの部屋の関係を、自分なりに考えてみたい。

人生が固まってしまった人は、どこへ行けるのか

中年の人物を選んだ理由について、パーソンズはかなり具体的に話している。

若い人には変化に適応する柔軟さがある。一方、年齢を重ねると、長年の信念や思考習慣が積み上がり、生き方が決まったものに感じられてくる。監督は、その状態からどこへ行けるのかに関心があったという。1

これを読むと、クラークがあの空間に惹かれることにも筋が通る。

キャプテン・クラーク

現実に帰りたい場所があるなら、出口を探せばいい。けれど、帰った先に行き詰まった生活が待っている人にとっては、見知らぬ場所にとどまることにも理由ができてしまう。帰りたい現実があるかどうかで、脱出の意味も変わってくる。

クラークを演じたキウェテル・イジョフォーも、関係の破綻や居場所の喪失を経験した彼が、バックルームズに奇妙な親和性を感じていると説明している。2

建築家になる夢に挫折した男が、理解できない建築に取り憑かれる。この配置には皮肉を感じる。設計が空間に意味と順序を与える仕事だとすれば、あの部屋では、その手がかりがつかめない。壁も廊下も、誰の意図も読み取れないまま延々と続いていく。自分の手では実現できなかった空間の広がりを、クラークはそこに見ているのかもしれない。

クラークにとって、出口が見えないのは、部屋だけではない。

そう考えると、黄色い部屋の不気味さに、別の感情が混じってくる。

黄色い空間を見上げるクラーク。人物より大きく描かれた壁が、彼の惹かれる場所の広がりを感じさせる。
画像出典:A24Backrooms』公式ポスター
© 2026 Backrooms Rights LLC, PC Films, LLC. All Rights Reserved.

カウンセラーも、正解を持っているわけではない

メアリーについて気になったのは、監督が彼女を模範的なセラピストにはしていない、と明言していることだった。

心理カウンセラーとして接するメアリー

パーソンズの母親はセラピストで、制作時にも専門家に相談している。ただし、メアリーのセラピーを模範的なものとして描いたわけではないという。3

母親がそのままメアリーのモデルだという意味ではない。カウンセラーという職業を選んだ直接の理由も、今回読んだ記事では確認できなかった。ここからは、人物の配置についての私の読みだ。

メアリーはクラークの話を聞き、彼に何が起きているのかを理解しようとする。言葉を通して相手の経験を受け止める立場にいた彼女自身も、やがて説明のつかない空間に入り込むことになる。

他人の認識を問い直す立場にいた人が、自分の認識を頼りにできなくなる。

それに、カウンセリングルームも、日常から少し切り離された部屋だと考えると面白い。決まった時間にそこへ通い、言葉を重ねながら、自分の経験を捉え直していく。その営みと、同じような部屋を歩きながら意味を探すことが、自分にはかすかに重なって見える。

クラークの言うことを疑うのは自然だ。でも、メアリーの理解に従っていれば安心できるわけでもない。観ているこちらも、判断の足場を失っていく。誰の見立ても保証にならないところに、この二人を組み合わせた面白さがあると思う。

あの説明も、クラークなりの解釈だった

インタビューでいちばん見方が変わったのは、「記憶のロジック」についての発言だった。

監督によると、クラークが語る「記憶のロジック」は、そのまま空間の仕組みを説明するものではない。登場人物が、あの空間に後から見いだした理解なのだという。3

私は、記憶に残る物や場所が歪んで再現される空間なのかと思っていた。けれど、それも確定した設定としては受け取れないらしい。

そうなると、クラークの台詞は説明であると同時に、彼自身のものの見方を表していることになる。わからないものを前にして、自分の知っていることから筋道をつけようとしている。

それは、観客の自分も同じだった。部屋や家具の意味を探し、台詞を拾って、こういう仕組みなのだろうと考える。説明がつけば、少し落ち着くからだ。

でも、その説明を信じていることと、実際に理解できていることは違う。

クラークの解釈を疑った途端、自分が頼りにしていた見方まで揺らいでしまう。その落ち着かなさも、この映画の怖さなのだと思う。

そして、この居心地の悪さは、中年という設定にもう一度つながってくる。長く生きるなかで積み上げてきた解釈が、いつしか自分の足場になる。あの空間は、その足場さえ通用しないところまで彼を連れていく。

もうひとつ、これは空間の仕組みについての説明ではなく、私が受けた印象だ。蛍光灯、カーペット、どこかで見た気がする廊下。あの場所は、実在の建物そのものよりも、建物の記憶をたどっているときの感覚に近い。クラークがそこに親しみを覚えるのも、積み重ねた過去と無関係ではないのかもしれない。

二人を知ると、部屋の見え方も変わる

自分の人生に行き詰まった男と、彼を理解しようとするカウンセラー。その二人が、自分たちの理解では捉えきれない場所に入っていく。

この映画では、出口を探すことと、目の前のものをどう解釈するかが結びついているように思う。片方は、生き方が固まって同じところを回ってしまう人。もう片方は、相手の言葉を通して、その経験を理解しようとする人。二人とも、自分の見方を揺さぶられる立場にいる。中年という年齢も、カウンセラーという職業も、この構図のなかで意味を持っている。

長年の習慣や考え方から抜け出せず、同じところを回ってしまうことがある。クラークを見ていると、延々と続く部屋が、そういう人生の感覚にも重なってくる。

2回観てもわからなかった部分が、全部解けたわけではない。ただ、なぜこの二人の話なのかは、前よりも腑に落ちた。

クラークにとっては、帰った先の人生にも出口が見えない。だからこそ、あの黄色い部屋に居場所を見つけてしまうことが、後を引いている。

あの部屋から出られないことと、出たくなくなること。そのあいだに、この映画の怖さがある。

あとがき 映画館という、出たくならない部屋

この記事を書いたあとで、パーソンズ監督の別のインタビュー映像を観た。テレ東BIZの配信で、ヒットの背景やYouTubeと映画の関係について語っている。4

印象に残ったのは、映画館で過ごす時間についての話だった。アルゴリズムや絶え間ない通知に囲まれる日常を離れ、暗い部屋で、知らない人たちと同じ作品に向き合う。自分には、監督がその体験を、日常から距離を置ける場所として大切にしているように聞こえた。

これを聞いて、記事に書いたことの見え方が少し変わった。クラークは、行き詰まった現実から離れた場所に、居心地のよさを見いだす。その感覚は、映画館に足を運ぶ自分と、まったく無縁だろうか。

あの映画は、出られない部屋の話であり、出たくなくなる部屋の話でもある。それを観ている自分も、上映中は暗い部屋にとどまることを選んでいる。

もちろん、映画館には上映が終わる時間があり、途中で席を立つ自由もある。その違いは大きい。それでも、外の世界をしばらく忘れていたいと思う気持ちには、どこか通じるものがある。

そう考えると、若い監督が中年男を主人公にした理由も、少し違って見えてくる。歩き続けているうちに戻り方を忘れる、という怖さは、たぶん年齢だけの話ではない。


参考にしたインタビュー

以下のインタビューを参照し、発言の要旨と私自身の解釈を分けて記した。

1Rolling Stone UK|ケイン・パーソンズ監督インタビュー
中年の人物を中心に置いた理由について。

2CinemaBlend|クラークがバックルームズに安らぎを感じる理由
キウェテル・イジョフォーが語る、クラークとあの空間の関係。

3MOVIE WALKER PRESS|ケイン・パーソンズ監督が語る「人と外の世界との関係を問い直す」物語(2ページ目)
メアリーのセラピーと「記憶のロジック」について。

4]テレ東BIZ|社会現象も映画『バックルームズ』21歳監督が語るヒットの裏側と「YouTubeと映画」の新たな関係【配信限定ロングインタビュー】
映画館で過ごす時間と、YouTubeと映画の関係について。

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