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【旅】デスロード、往復。生の喜びを知りやがって!

海外旅行にそれなりに行っていると、
「そんなとこ行って危ない目にあわないの?」
と聞かれる事がある。

幸いにも私は、
命が脅かされる事には遭遇していないと思う。

宿でスニーカーが盗まれたり、
変な詐欺師に事務所で軟禁されたり、
デモでタクシーを取り囲まれたり、
予約した飛行機の飛ばない理由表示が、
"BAD weather"が"BED weather"だったことぐらい。

しかし、ただ運がいいだけとも言える。
事件、事故とニアピンだった事もある。

前月訪れた空港が吹っ飛んでたり、
同宿の人間が強盗に巻き込まれ撃たれたり、
こないだ訪れた場所で紛争やクーデターなんてことも。

危険な場所に好き好んで行ってるわけではない、たまたま行った場所にそのようなリスクが内在しているだけである。

優雅にビーチリゾートできるのであれば、
それに越したことはない。

リゾートがいいに決まっているっ!

元々が臆病者なのである。

しかし好奇心に負けてしまい、
その代償として、少し漏らしながら、
神に祈りを捧げる事になった話をしようと思う。

The path to paradise begins in hell.
(楽園への道のりは地獄からはじまる。)

ダンテ

2024年5月〜6月にかけて、
パキスタンを訪れた。

目指すは"桃源郷フンザ"
風の谷のナウシカの元ネタとまで噂になった、
伝説の地である。

旅の概要と登場人物


昔、東南アジアをラウンドしていた頃、
同宿の玄人旅人オジに、
今まで1番良かったところを聞いた事がある。

「そりゃパキスタンのフンザ!桃の花が咲き誇り美しくて、人も良くて、飯も美味い。ずっと居たくなった。」

ふと十何年ぶりにそのやりとりが脳裏をよぎる。

これは啓示だと思った。

本業のキャンプ場も梅雨だと暇だし、
キャンプ場の相方、そしてキャンプ場のご近所さんを唆し、インドへと渡った。

登場人物は3人

【私】
フィジカルはないが、なぜか滅多にお腹を崩さない。海外行くの好きなのに語学力は皆無。
データローミング最強のスマホが切り札。

【KZ氏】
運営しているキャンプ場の相方。
海外経験も豊富でフィジカル、語学力共に強い。冷静沈着。本人は認めないが人徳者。
ただ極限までストイックゆえ、炎天下でも3km程度なら目的地まで徒歩移動が基本だと思っている。

【IK氏】
キャンプ場のご近所さん。カレーを研究しており、今回の旅の目的はビリヤニ発祥の地パキスタンで本場の味を研究する事。見た目は旅の玄人、ポカホンタスだがフィジカル及び語学力は皆無。ずっと無言で微笑んでいる。
作るスパイスカレーはマジで絶品。

この全く連携もバランスもない3人で渡航した。

インドでの話もまたいつか記事にしたい。


紆余曲折ありながらも、
インドから陸路でパキスタンへと入国。

旅の目的は、
•桃源郷フンザ
•ビリヤニ発祥の地で本場のビリヤニを食べる。

だが、私にはもう1つ、
2人に言いづらい目標があった。
カラコルム•デスロードへの挑戦。

旅の少し前に見たYouTubeの動画。
カラコルムデスロードなる、危険な道。
未整備、未舗装、断崖絶壁スレスレ、落石...
今もなお毎年、命を落とす者も少なくない酷道。

なんか面白そうじゃないか!
フンザまで陸路で行くしかない我々は、
この道を通るしかないとな、、、、
私は、
テーマパークの絶叫マシーンからすぐ逃げる癖に、
旅のアドレナリン補正でしれっと行程に織り交ぜてしまった。

デスロード往路

ローカル?マイクロバス

夜、首都イスラマバード近郊の町の
バスターミナルが今回の出発地点。
イスラマバードからフンザまでは、
途中、中堅都市ギルギットを中継し、
約600km、想定14時間。

夜行バスみたいなのに乗れたら、
翌日の午前中には着くだろうとの見積もり。

しかしそもそも、バスがどれかわからない。
その辺の人にギルギット?ギルギット?
と聞きまくり、言われたバスに飛び乗る。
運賃をそれっぽい人に支払い。
ぎゅうぎゅう詰めの座席にコンパクトに陣取る。

たかだか14時間。
寝たら着く、、、寝たらつく、、、、

出発前にIK氏が窓越しに、
子供から水を受け取っていた。
「なんか、あげるって言ってる。」と笑顔。

そんなはずはない。
ひたすら窓を叩かれ金額を請求されていた。
おい大丈夫かよ。

不安と少しの苛立ちを胸にバスは走り出す。

最初の休憩所。
ローカルフードと飲み物、トイレのみのシンプルなもの

最初の2〜3時間は荷物を抱えながらで、
少ししんどいものの、道は舗装され快適である。
あれ、割と余裕かも!とたかを括った少し後、
峠のようなところでバスは止まる。

そしていきなり我々日本人3人に、
毛布が被せられる。

え!何々!強盗?山賊?国境越えちゃった?

懐中電灯で照らされているのを毛布越しに感じる。明らかに乗客一丸となって我々を隠そうとしている。どうやら検問らしい。

内心冷や冷やの我々をよそにバスまた走り出す。
なんだったんだ、一体。

変な安堵感からか、
バックパックを抱きしめて私は眠ってしまった。

明け方のデスロード。

バスが止まり目が覚めた。
何回目のトイレ休憩か不明、外は少し明るい。

バスを降りると乗車時とは全く違う景色。
断崖絶壁、そう、デスロードだ。

いつのまにか着いてしまった。
3人ともデスロードと言えど、
とんでもない絶景に驚きを隠せない。
既に乗車してから10時間、
ギルギットはもうすぐかな?GPSを見る。
まだ行程の半分と少し、深い絶望感。
バスは動き出す。

ガードレールが心許ない

途中、集落らしきものを通り過ぎながら、
バスはかなりのスピードで進む。
川に沿って進むが、この川"インダス川"である。

人類文明の源流と並走しているよ!!
と他の2人に話かけるも、ほぼ屍である。
ギルギットまでまだある、そりゃそうだ。

いちいち規模でかい
よく見ると集落のようなものが。
パキスタン名物のデコトラ、結構なスピードで走る

果てしなく続く岩だらけの道だが、
雨も降ってなく、その絶景もあいまって、
デスロードってもしんどいだけかなと思い、
眼下に目をやると、、、、、

あっ、、、察し、、、、
写真はこれだけだが、結構頻繁見かける。
やはりデスロードはデスロードだった。

最早、祈ることしかできない。

ギルギットまで後2時間ぐらい、
道も安定しほっとしてきたところで、
また検問!
もう明るい!隠れれないっ!

余裕で軍人さんに発見されてしまう。
パスポートチェック。
そして運転手さんは降ろされ、道端で
軍人さん達にめっちゃドヤされてる。

どうやらテロや事故の危険性が多い、
カラコルムデスロードは都度検問で、
外国人が乗っているという報告義務があるらしい。

山賊やテロ組織の襲撃の心配もあり、
次の検問所まで武装した軍人さんが、
バスに同上するらしい。

デスロードってそっちの意味もあんのかよ。

ナンに生野菜、カレー、ビリヤニの上は多分山羊の肉

しばらくして軍人さんを乗せたバスは、
比較的綺麗な休憩所に停まる。

バス乗ってから15時間、
もうとっくにフンザのはずだったので、
満身創痍、空腹になっている。

するとIK氏がなぜか運転手からお金をもらい、
あれこれ注文している。
「なんか、これでご飯でも食えってお金もらた」
ん!?少し違和感を覚えたが、
イラスムの教え、旅人への施し、
そんな言葉が脳裏をよぎり、疲れもあいまり、
生野菜らしきものまで食べてしまった。

それを横目に手をつけず、
目を細めてこっちを見るKZ氏。

バスに戻った瞬間、飯代を請求されるKZ氏。

「ほらまた!タダのなんてことあるわけなんだから!変にお金貰わないでください!!」

3人の中で1番清潔感のあるKZ氏。
きっと金庫番だと思われている。
その不憫さに申し訳が立たない。

そしてしばらく走り、下界の暑さと対照的に
雪を被った神々しい山々が見える。

ヒマラヤ山脈で最も多くの遭難者を出した、
世界で9番めに高い山。
人喰い山ナンガパルパット、、、、、
どの山がそれかわからないが、
いつか挑戦したいと夢想し始めた頃。
バスはギルギットに着いた。

日本で走っていたバスがかなり多い。

中堅都市ギルギットから桃源郷フンザまでの
バスの乗り換えはスムーズだった。
とはいえ人数詰め込むスタイルは変わらない。

出発してから早々にガソリンスタンドで給油。
隣のトラックのガラスが、

え、落石?投石?デスロード延長戦?
と泣きそうになったが、

今までとは比べ物にならないならない、
綺麗に舗装された道。
どうやらギルギットからフンザは、
中国からパキスタンを結ぶ、
カラコルムハイウェイの一部として、
中国からがっつり資本が入ったそうな。
快適である謝謝。

快適なバス旅に切り替わり、
気持ちの余裕が出てきた我々。
IK氏はバスの屋根にのり、風を感じ、
頭のタオルを吹っ飛ばし、
中の2人は同乗の現地の人達と和気藹々と
多分やりとりをしない"Whats App"を交換したりすること、約2時間。

見えてきた。

風の谷フンザ



その絶景に月並みな表現だが、心を奪われた。

もう日没が近い。宿を探さねば。
旅程的にこの地にいれるのは、1泊か2泊。

美しい楽園の景色だが、
感動の気持ちの片隅にある不安。
イスラマバードからフンザまで20時間。

"帰りもあの道なんだよな"


デスロード復路


あっという間の楽園ライフを終え、
宿をチェックアウトし、
どんよりとした不安が脳裏をよぎる。
帰りもあのデスロードだ。

もうお馴染みのバス、これにMAX25人

フンザからギルギットまでは、
マイクロバスというかハイエースの少し大きい版。

パキスタン人のフィジカルは凄い、
この車体に25人近く乗る。
屋根は勿論、車体後部ハシゴにも掴まる。

約2時間、彼らにとってはちょっとそこまで。

我々は普通に座席に座っていると、
パキスタン人の自称弁護士が、
ヤクザから原爆、原発まで、
日本人だと言うとひたすら話しかけてくる。
教養が深く好奇心の強い民族だと、
この旅を通してパキスタン人のイメージがついた。

だけど申し訳ないが、
コミニケーション疲れがきていた。

デスロードのサービスエリア

ギルギットに着き、いよいよデスロード。
我々は決めた!

よし!タクシーをチャーターしよう!

バスで荷物を抱きしめながらはもうキツい。
ターミナルでタクシーをチャーター。
バスの倍の金額だけども、
いうて1人日本円にして4000〜5000円程度。
快適さをとった。

アテンドされたタクシーはセダンタイプ。
運転手はテンション高め。

「俺!イスラマバードに嫁子がいるんだわ!
見てよ!見てよ!可愛いだろ?早くあいてぇなぁ!」
と運転しながらスマホを見せてくる。

やめろ!死亡フラグじゃねぇか!!!!

テンションアゲアゲ、現地歌謡曲爆音で、
タクシーは走り出した。

落石の心配しかない

ギルギットを夜に出発し、
タクシーは軽快に爆音で走る。
きっと眠気が命とりになるんだろう。
タバコに音楽、スマホで喋りながら、
暗いデスロードを走る、闇の向こうは断崖絶壁。
途中途中で落石があるのか、
車体がくいっくいっときりかわる。
シートベルトは席によっては壊れてる。

本来なら全然寝れる環境ではないが、
疲労困憊である。

もういい、寝よう。
起きたらあの世かこの世か、、、、

目が覚めたのはまたも検問だった。
タクシーでも外国人だとチェック必須らしい。
明け方の検問から約1時間おきに、
町を通過する度に武装した兵士に、
パスポートを渡し、スマホで顔を撮られる。

キャナイトライ?
IK氏、この旅で唯一かもしれない、
使える英会話の一語を
銃を持つ兵士を見ながら、
タクシー運転手が握るハンドルを見ながら、
呪文のように呟く。

呟くだけではあるものの、
真の敵は身内にいるのか、、、、、
どうか現地の人にこの声、届きませんように。
神に祈った。

この未知へと平気で飛び込む精神性は、
リスペクトに値する。

タクシーは何台かで出発しているのか、
運転手は常にスマホで喋りながら、
検問で遅れた分を取り戻そうと、
仲間らしき車列を
猛スピードで追い抜いたり、並走したり。

デスロードでワイスピをかましてる。

よくパンクしないな、、、
したら死ぬが。

夜が明けて外の景色がわかるようになった今、
現実逃避の手段はスマホだけである。

Googleマップと睨めっこしていると、
どこかで見たような名前の街、
"アボッターバード"を通過。

あっ!ここは!
テロリスト、ビンラディンが
米軍特殊部隊に急襲され暗殺されたとこ!

行きしには気づかなかったが、
結構大きい町であった。

窓の外を見る。

つい最近、歴史的な事件があったその町は、
朝を迎え、子供達が身なりのよい制服を着用し、
集団登校を行なっていた。

どの子達も清々しい笑顔で勉強道具を脇に抱え、
談笑しながら歩いていた。

この地で起きた事件と、子供達の笑顔の
非対称性に考えさせられるものがあった。

デスロードがしんどすぎて、
最早よくわらかない、
心理的境地にいたのは間違いない。

そうして命からがら、
イスラマバードに着いた。
時刻は昼前、行きより5時間ほど早い。

どんだけ飛ばしたんだ、、、

運転手のあんちゃん、
目にクマができ、やさぐれていた。

そりゃあんだけ全開だったら、
疲れもどさっとくるわな。

無事デスロード往復、終了!!!

ここから、
イスラマバード→ラホール、
パキスタンーインド、陸路国境越え
インドから空路なわけで、
まだしんどい行程はあるわけだが。

妙な高揚感はあった。

あのデスロードを生きて帰ってきたった!
生きてる!生きてるぞー!

ガッツポーズ必至である。

そしてこの高揚感の快楽は、
旅から少し経った今でも忘れられない。

好奇心が引き鉄になり、
散々辛い思いをしてきているのに、
現場では本当に泣きそうなのに、
この高揚感はクセになる。

きっとこの先もどこかで同じような、
後悔と高揚感を交互に味わう事が
必ずある気がしてならない。

生の喜びを知りやがって!



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