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䜕があっおもアクナマタヌタアフリカ旅行蚘スマヌトフォンのない時代に人はどうやっお旅をしたのか その

どんな旅もい぀かは終わる。
でも心のどこかにひっそり刻たれたものごずは、ずっず静かに続いおいくのかもしれない。
長々しい旅行蚘に最埌たでお぀きあいくださったみなさた、ありがずうございたした。

    〈目 次〉
はじめに
䞀  アフリカに行こう
二  怒涛の予防接皮
䞉  タンザニアのビザを取る
四  果たしおアフリカぞ行けるのか
五  孀島リゟヌト、チャヌレ・アむランド
六  サファリぞの戊い
䞃  ずうずう、サファリだ
八  アンボセリ囜立公園たで
九  マサむの村を蚪ねお
十  レむク・ナクル囜立公園たで
十䞀 マサむマラでチヌタを探す
十二 旅の終わり
十䞉 戊いの幕切れ
おしたいに


十二 旅の終わり

〈十二月十六日 朚曜日〉
 六時半、起床。パッキング。 
 昚倜たではただなんずなく䞋痢気味だったが、今朝は回埩したもよう。
 䞃時朝食、冷めた゜ヌセヌゞやポテト、パンケヌキなどが䞊んでいた。やはりペヌロッパ人客が枛っお手を抜いおいるのか。
 䞃時四十五分、出発。
 今日はナむロビたで車で移動し、ナむロビから飛行機でモンバサぞ向かう予定である。
 ナむロビに着いたら家に電話をしなければならないずフセむンが蚀う。腎臓を患っお寝蟌んでいる奥さんを残しお家を出おきたのだが、昚日ホテルに無線連絡があり奥さんが至急連絡を取りたがっおいるず䌝えられたそうだ。ホテルから電話すればよかろう、ず思っおしたうのは、われわれの悪い癖だ。ホテルずはいえサファリのロッゞでは電話のあるずころはほずんどないのだ。
 フセむンには四人の幌い息子がいお、今回も出かける前に、奥さんが寝蟌んでいおも困らないようにたくさんの食料を準備しおきたらしい。奥さんにも病院に行くように蚀っお出おきたずのこず。䜕か急を芁するこずが持ちあがったのだろうか。家に病人のいる状態で、思うように連絡の取れないサファリの仕事にでるのは蟛いだろう。しかしフセむンはあたり深刻な顔を芋せるこずなく、明るい話題で車䞭を盛り䞊げようずしおいる。
 圌の、䞖界に぀いおの知識ずいうのがどうも眉唟のものが倚くお笑わせられる。䞭囜の人口が倚いのは、䞭囜人は必ず䞉぀子ずか四぀子で生たれおくるからだず孊校で習ったず真顔で話す。そこからロシアやオヌストラリアなど、いろいろな囜の話になったが、囜の名前は知っおいおも、どこにあるのかわからない囜も倚いずいうので、うちの倫が䞖界地図を曞いお説明しおいる。

 十䞀時半、倧枓谷を芋䞋ろす展望台のずころで䌑憩。ここにも、契玄しおいるらしい土産物屋が䞊んでいた。ミネラルりォヌタヌを、ロッゞよりも高い倀段で売り぀けようずしおいる。
 物売りの攻撃から逃れるのもかなり䞊手くなった。ひっそりず誰もこないずころにたたずんでいたずき、ふず道端で皮ごず焌いおいるずうもろこしに目が止たった。ずうもろこしに目がないわたしの心を芋抜いたか、すかさず売り子がやっおくる。始めは䞀本䞀ドルず蚀っおたが、亀枉の末䞀本二十シリング玄䞉十円で賌入。小さくお粒も䞍ぞろいのずうもろこしであたり甘くもなかったが、考えおみるずホテル以倖で物を買っお食べたのはこれが初めおだった。
 わたしがずうもろこしを食べおいるのを芋お、食べ物に気を䜿っおいるようには芋えない䜓栌のミヌケが「ずうもろこしは脂肪分が倚いから倪るのよ」ず蚀った。いや脂肪分でなくお糖質だろう、ずわたしが考えおいるず、「そうか、それで腹持ちがいいんだ。ずうもろこしを食べるず、しばらくお腹が空かないからいいよね」
 カロリヌに気を䜿う必芁はたったくなさそうな䜓型のフセむンが劙に玍埗しおいた。圌にずっおはカロリヌや脂肪よりも満腹感が持続するこずの方が倧事なこずのようだ。

 十二時半ごろ、ナむロビ近郊ぞ。今日は平日のせいか、ものすごい車ず人の混乱状態である。この前通ったずきは祝日だったので亀通量が少なかったのだろう。 
 垂街地に入っお路䞊に花を売っおいる屋台を発芋。アフリカで初めお芋た花屋である。そこらにいくらでも野生の花があふれるずころで、お金を出しお花を買う人がいる。やはり郜䌚なのだ。

 十䞉時、昌食のためレストラン「カルニノォア」ぞ。カルニノォアずは『肉食動物』のこずで、その名の通りいろいろな獣の肉を食べさせるので有名なレストランらしい。シュラスコ料理のレストランのように、いらないず蚀うたで次々にいろいろな肉が運ばれおくる。スペアリブ、チキン、ビヌフ、ラム、ポヌク、ビヌフ゜ヌセヌゞ、チキンレバヌずいうごく普通のものから始たっお、クロコダむル、れブラ、ダチョりも出た。個人的にはクロコダむルが油ののったチキンのようでおいしいず思ったが、スペアリブなどの普段から食べおいる肉のほうがやっぱり矎味しい。
 さすがに肉類だけ倧量に食べるのは苊しく、぀けあわせのサラダなどを食べおごたかしおいたのだが、呚りのベルギヌ人たちは本圓に肉類ばかりひたすら食べ続けおいる。やっぱりこの人たちは肉食人皮なのだなあ、ず぀くづく思う。
 それにしおも、぀いさっきたで「かわいい」ず蚀っお芋おいた動物たちを、今床は喜んで食べるこずに違和感はないのだろうか。日本人は、動き回る魚を芋お「おいしそう」ず思ったりする人皮だけれど、ふだん食べない動物の肉ずなるず抵抗がある人も倚い。これがきっず極床の動物愛護粟神溢れるむギリス人の団䜓だったら「私は野生動物の肉なんか食べたせん」ずいう客が続出するのではないか。そもそもツアヌのなかに組み蟌たれないかもしれない。やはりこれは、『グルメの囜』ベルギヌ人ならではの颚景なのかもしれない。
 肉類を食べ過ぎお苊しくなった倫は、䞀床トむレに行っお食べたものを吐き出しお垭に戻っおきた。その埌たた口盎しに野菜類を食べおいる。たったく、䜕をやっおるんだか。たるで叀代ロヌマ人の宎ではないか。デザヌトにアむスクリヌムが出る。もうサファリも終わりだからこれからは䞋痢しおも平気、ずミヌケもアむスを食べおいる。
 アフリカに来おから初めお゚スプレッ゜を飲んだ。もちろん本堎の濃さにはおよばないが、久々にきちんずしたコヌヒヌが飲めおうれしい。コヌヒヌず玅茶はケニアの名産品であるはずなのだが、ここたでどこで飲んでもどちらもいたひず぀の味だったのだ。

 十五時すぎ、フセむンずアブドラが迎えに来る。フセむンの奥さんは、病院に行ったらさらに詳しい怜査を受けるために倫の蚱可をもらう必芁があるずいうこずだったらしい。ケニアでは、病院の怜査ひず぀受けるにも女性は倫の蚱可が必芁なのだ。ずにかく、䞀刻を争う状況ではなかったこずに䞀同安心する。
 それでもやはり少しでも早く家に垰りたいフセむンは、これから八時間ほどの道のりを䞀人で運転しお今倜䞭にモンバサの自宅ぞ戻る぀もりだず蚀った。家に着くのは真倜䞭を過ぎるだろう。

 十六時ナむロビ空枯着。フセむンに䞃日間二人分のチップずしお二千シリング玄二千八癟円を枡す。きちんず絊料をもらっおいるはずだからチップは䞍芁ず思っおいたのだが、圌らの実情は、仕事の無いずきは絊料ももらえず、客から受け取ったチップでなんずか生掻をたおおいる状態らしい。フセむンには本圓によくしおもらったし、家の事情も倧倉だし、快く盞堎より少し倚めのチップを枡した。他の人たちもそれぞれにチップを枡しおいる。ベルギヌ人、特にフレミッシュは、よほどのこずがないかぎりチップを払わないずいう印象があるけれど、おそらくサファリドラむバヌにはチップを枡すべしず指瀺をうけおいるのだろう。

 チップに぀いおはい぀も考えさせられる。わたしたち日本人の感芚からするず、働いおいる人はその仕事に察しおきちんず絊料をもらっおいるはずなのだから、基本的にはチップは䞍芁だず思うのだ。ずおも重たい荷物を運んでもらったずか、その人の仕事の範疇を超える䜕か特別なこずを頌んだずきだけ枡せばいいず思っおいる。
 しかしここアフリカでは、みんなチップのために働いおいるずいう印象を受ける。泊たったロッゞのなかには、䞀泊目にチップを眮かなかったら翌日はルヌムメむクにこなかったずころや、「わたしを助けおください」ずチップを芁求する手玙が眮かれおいたずころがある。絊料をもらっおいる立堎で圓然の仕事をしないのは怠慢ではないかず考えるのは、やはり先進囜の理屈なのだろうか。

 十䞃時発のケニア゚アりェむズでモンバサぞ。搭乗埅ち時間に空枯のロビヌでビヌル。トゥスカヌの高玚品モルト・ラガヌずいうのを初めお飲む。こくのあるずっしりずしたビヌルだ。ロッゞで飲む普通のビヌルよりずっず安い。きっずこれでも空枯䟡栌で、地元の人にずっおは普通より高い倀段なのだろうけれど。ロッゞでは本圓に䜕もかもが倖囜人芳光客向けなのだろう。

 十八時定刻モンバサ到着。久々のモンバサの、ぐったりするような蒞し暑さに包たれる。

 ネッカヌマンのバスに乗っおホテルぞ。昌間のモンバサを初めお芋る。ナむロビに負けないほど掻気があふれおいお驚いた。

 フェリヌ乗り堎では物売りも来た。乗り堎の暪にはたくさんの屋台が店を䞊べおいお、䜕か食べたり飲んだりしおいる人も倚い。ちょうど仕事垰りの人々の乗る時刻だったようで、フェリヌ乗り堎は人で溢れおいる。
 䞉隻ほど埅っおようやく乗船。フェリヌの䞊もごったがえしお、ラッシュアワヌの新宿駅のようだ。人の数に圧倒される。

 途䞭、ネプチュヌン・パラダむスで、ミヌケずギドず別れる。アドレスを亀換し、手玙を曞くこずを玄束する。
 その埌は䞀路チャヌレの枡し堎ぞず走る。今日のドラむバヌの運転はすさたじい。アグレッシブな運転で名高いナポリ人も真っ青ずいう飛ばしぶりだ。通垞䞉十分から四十分かかる道のりを、なんず十五分で来おしたった。

 二十時、チャヌレ着。船着堎にいるスタッフも船頭さんも、ホテルスタッフの党員がわたしたちを芚えおいお、「サファリはどうだった」ず聞いおくる。なんだか我が家に垰っおきたような気分だ。

 サファリ前たでいたのず同じ郚屋に入る。ホテルはだいぶ客が枛ったようだ。荷物を眮いおシャワヌをしお食堂ぞ。クラりスたちがちょうど食事しおいお、倧歓迎にあう。こちらもしゃべりたいこずがいっぱいあっお、倧隒ぎしながら倕食。ラシッドもちょっず顔を出しお、「バヌにいるから埌で来おね」ず蚀っお去っおいった。
 食埌、クラりスずオヌストリッドず䞀緒にラシッドの埅぀バヌに行く。しばらくサファリの話をした。

 クラりスたちが匕き䞊げた埌、ラシッドからあの二人ず断絶しおいるこずを聞かされる。䟋の栌安だったマリブ・タクシヌが急に倀䞊げしたこずがきっかけで、二人に頌たれおタクシヌを呌んだラシッドずの間に小さないざこざがあったらしい。ほんのささいなこずに思えるが、今ではもう、たったく挚拶も亀わさない状態になっおしたったのだずいう。
 これは぀くづく悲しいニュヌスだった。長い旅路を終えおやっず心枩たるずころぞたどり着いたずいうほんわかした気分に、冷たい氎をかぶせられたような気がした。もう楜しかった旅は終わっおしたったのだ、ず感じた。

 二十䞉時就寝。ベッドに入り、そろそろフセむンは自宅に着く頃だろうかず考える。無事に家たでたどり぀けたすように、奥さんの病気が倧事にいたりたせんように、四人の子どもたちも淋しい思いをするこずなく幞せに生掻できたすように。

〈十二月十䞃日 金曜日〉
 サファリの間、毎日早起きだったので、今日はゆっくり寝おいようず思ったのだが、八時前には目が芚める。朝食。やっぱりパンケヌキはここのが䞀番だ。

 今日はずにかく䌑逊にあおるこずに決めた。テラスのベッドでごろごろしお、しばらく読曞。

 十䞀時ごろ、ダむビングセンタヌぞ。サファリに行く前にクレゞットカヌドで枈たせおおいたダむビングの支払いに問題があったず蚀うのだ。
 サファリの間もすべおこのカヌドで支払いを枈たせおいるし䜕も問題はないはずだからず䌝えお、もう䞀床無線で本土のオフィスに連絡を入れおもらう。オフィスから電話でクレゞットカヌドの照䌚をしおもらっお、今床は無事がでた。
 電話回線が䞍安定なケニアでは、クレゞットカヌドの䜿甚にも時々トラブルがあるようだ。携垯電話が普及し、どこにいおも電話ができるのがあたり前ずいう環境で生掻しおいる人間にずっお、ケニアの電話の普及率ず回線状況の悪さずいうのが、今回の旅で䞀番驚いたこずかもしれない。

 昌食埌、読曞、昌寝。

 十五時、透明床がいい干朮時を埅っおシュノヌケリングぞ。今日は、ビヌチの沖のチャネルたで行っおみた。オドリハれ、ミナミハコフグの幌魚、ツナベラの幌魚、カンムリベラの幌魚。幌魚に目がないわたしは倧いに楜しんだ。

 その埌はテラスでお茶をしたり、読曞したり、のんびりず過ごす。倕食前バヌでちょっず飲む。たたにはいいが、こういうのんびりずした生掻は䞀日で飜きおしたう。こんな生掻を四週間も続けられるクラりスたちドむツ人は、本圓に退屈に匷い人皮なんだなあ、ず思う。

 倕食埌、すぐに寝る。二十二時。それでも四時間も寝られない。明日の出発は䞉時前だ。

〈十二月十八日 土曜日〉
 二時起床、パッキングをしおいるずポヌタヌが荷物を取りに来る。飲み物の支払いを枈たせ、朝食。フルヌツずゞュヌス、お茶。二時四十五分、トラクタヌにおチャヌレ発。

 䞉時過ぎ、埅っおいたネッカヌマンのバスに乗り出発。途䞭ホテル䞉箇所に立ち寄り、同じ飛行機でドむツに垰る人たちを拟っおいく。

 五時半、モンバサ空枯着。しかし飛行機遅れの衚瀺出おいる。ずりあえずチェックむンを枈たせおから情報を埗る。䞃時十五分出発予定の䟿だったが、その飛行機がただ到着しおいないらしい。悪倩候でドむツからの出発がかなり遅れたずいう。
 出発は十䞀時十五分になる予定だず告げられた。なんのための二時起きだったのか。
 ドリンク無料刞をもらっお埅合ロビヌぞ。

 出囜カりンタヌで、『出入囜カヌド』がないこずを指摘される。入囜するずきにもらっおいなければいけないものだったらしい。入囜したずき、乗り換えの時間がぎりぎりで倧慌おだったわたしたちは、その手続きを飛ばしおしたっおいたようだ。入囜カヌドの提出もしおおらず圓然出囜カヌドも受け取っおいなかったずいうわけだ。
 係官に事情を説明するず、特にずがめられるこずもなく、この堎で出囜カヌドに蚘入しお提出すればいいこずになった。うヌむ、提出しおない入囜カヌドのほうはどうなるのだろうか 入囜せずに出囜だけしたこずにならないのだろうか 以前、出入囜の手続きの䞍備が元でグアムのトランゞットでひどい目にあったこずがある。
 でもたあ、ケニアならどうにかなるような気がした。アクナマタヌタ、ね。

 ロビヌで、来るずきに䞀緒だったむタリア女性ず䌚った。
「私たちっお本圓に今回、飛行機運が悪いわね」
 ず苊笑いをかわす。
 ベンチで居眠りしながら、飛行機が来るのを埅った。
 十時すぎ、埅っおいたコンドル䟿がようやく到着。ロビヌにどっず拍手が沞き起こる。

 この先フランクフルトでデュセルドルフ行きの飛行機に乗り換えなければならないので、ここでたた到着が遅れたらどうなるだろうず心配しおいたが、これ以降特に問題もなく、倜十時過ぎ、無事我が家ぞずたどり着くこずができた。長い䞀日だった。

 ずころが自宅たでの道䞭、あちこち痒くおたたらない、ず倫が蚀い出した。しばらくの間チャヌレに預けおおいた長ズボンにダニが぀いおいたようだ。
 家の䞭に持ち蟌んだら倧倉ず、倫は玄関先で服を脱ぎ始めた。その間にわたしは家のなかから倧きなビニヌル袋を取っおくる。脱いだ服を袋にいれきっちり口を瞛っお密封する。ここにいたっおもただ、あたふたず駆けずり回るわれわれだった。


十䞉 戊いの幕切れ

 いろいろあったアフリカ旅行だったが、なんずか無事にドむツぞ垰るこずができた。心配しおいたマラリアの予防薬も、ほずんど副䜜甚もなく飲み終えるこずができた。
 しかしただこの旅行には、戊いが残っおいる。『タンザニア・サファリ』に行けなかったために生じた金銭的損害を旅行䌚瀟に賠償しおもらうこずだ。珟地で旅行代理店のスタッフに曞いおもらったクレヌム・レタヌずいうのに、わたしたちが実際に被った被害金額を具䜓的に曞き蚘した請求曞を添えお郵送すればいいらしい。

 十二月二十九日付でネッカヌマンぞクレヌム・レタヌを送った。こちらの芁求を䌝える手玙も添える。もちろんドむツ語では無理なので英語で曞いた。
<期埅しおいたケニア・タンザニア旅行だったが、出発䟿のトラブルず貎瀟珟地スタッフのひどい察応のせいで、ずおも満足のいかない結果に終っおしたった。フラむトのトラブルの詳现に぀いおは、クレヌム・レタヌに曞いおある通り。わたしたちは出発䟿にトラブルが発生した段階で、申し蟌んでいた『タンザニア・サファリツアヌ』には間に合わないこずがわかったので、デュッセルドルフの貎瀟オフィスに確認の電話を入れた。もしサファリツアヌに参加できないのなら、この旅行をキャンセルたたは延期したいず思ったからだ。しかし電話に出た貎瀟スタッフが「珟地のスタッフが必ずサファリツアヌに远い぀けるように手配するから倧䞈倫です。翌日の䟿でずりあえずモンバサに飛んでください」ず蚀ったので、䞀日遅れでモンバサに向かった。しかしモンバサに着いおからわたしたちを埅っおいた察応は、たったくひどいものであった。以䞋タンザニアではなく、ケニアのサファリツアヌに参加できるたでの顛末を芁玄しお蚘茉、特に珟地スタッフの察応の悪さに぀いお詳しく蚘した。
 最終的にはなんずかベルギヌの䌚瀟のケニアのサファリに参加するこずができたが、このツアヌは明らかに、圓初申し蟌んでいた『タンザニア・サファリ』よりも安いものであったので、その差額を返枈しおほしい。たたタンザニアに行くためにわたしたちが払った費甚予防泚射、ビザに぀いおも返枈しおほしい。詳现は以䞋の通り。

サファリ費甚の差額  マルク
到着遅れの補償金     マルク
到着が遅れた他の人に察しお䞀埋に貎瀟が支払っおいる額
タンザニアのビザ    マルク
黄熱病の予防接皮    マルク
----------------------------------------------------------
総額䞀人あたり  マルク

 もちろん、珟地到着が遅れたのはルフトハンザの飛行機のトラブルによるものであるが、我々が貎瀟ず結んだ旅行契玄は、タンザニアのサファリに行くものであり、それは実珟されなかった。この件に぀いおは、然るべき匁償がなされるべきである。速やかに貎瀟偎の手続きを進めお欲しい。      以䞊 >

 本圓のこずを蚀えば、忙しい最䞭に半日䜿っおビザを取りに行った日の日圓やら、ケニアで担圓者ず䌚うために䜿ったタクシヌ代、粟神的に被った被害の慰謝料なども請求したいずころだったが、これ以䞊のややこしいトラブルも避けたかったので、「公明正倧になんの疑いも無くこれだけは払っおもらっお圓然」ず考えられる費甚だけを曞いた。

 これに察しお、幎明けすぐの䞀月五日付で、ネッカヌマンからドむツ語で曞簡が届いた。「あなたの手玙は受け取った。この件に぀き怜蚎するので四週間ほど埅っお欲しい」ず曞いおある。
 たあたあの察応である。「こんなこずになんで四週間もかかるの」ず日本的な反応をしおはいけない。ここはドむツだ。なんでも時間がかかるのだ。

 それから四週間が過ぎた。ネッカヌマンからは䜕の連絡も無い。たあ、予枬しおいたこずである。
 念のためあずしばらく様子をみよう、ず思っおいるうち、六週間が過ぎた。やはりもう催促するしかない。ペヌロッパではよくあるこずだ。
 二月二十䞀日付で、手玙を送る。
<玄束の四週間はずっくに過ぎたしたが、ただなんのお返事もいただいおいたせん。どういう状況なのか、教えおくださいたせんか>

 その催促の効果があったのか、それから䞀週間ほどしおネッカヌマンから手玙が届いた。たたしおもドむツ語である。苊劎しお蟞曞をひき぀぀読解する。
<あなたが圓瀟の提䟛した旅行に満足しおいただけなかったのは、非垞に残念なこずである。珟地ではあれ以䞊のこずはできなかったこずを理解しおほしい。
 しかし圓瀟はお客様の䞍満に察しおはできる限りの察応をさせおいただいおいる。この件に぀いお貎殿の請求に基づき、六癟六十マルクの賠償をするこずにした。小切手は別䟿にお郵送する。
 これは私たちができる党おであり、これ以䞊のこずはできない。次回の旅行の際には、絶察満足をいただけるよう努力する。>

 なんずか賠償は受けられるようだ。六癟六十マルクずいうのは、ほがこちらが芁求した金額である、よしよし。ず思ったが、どうも「党額で六癟六十マルク」ず曞いおあるのが気にかかる。こちらの芁求したのは「䞀人あたり玄六癟六十マルク」だったはずである。

 念のためドむツ語の先生に手玙を芋せお確認したが、どこにも「䞀人あたり」ずいう蚘述はなく「トヌタルで六癟六十マルク」ず曞いおある、ずいう。いたひず぀玍埗いかない気持でいるず、䞉日埌には玄束通り小切手が送られおきた。今回はすばやい察応である。
 急いで開けお芋たが、わずかな期埅もむなしく小切手の額面は六癟六十マルクだった。
 手玙が同封されおいる。
<先日のお知らせから、貎殿より䜕も新たな申し立おがなかったので、玄束通りの金額を賠償させおいただきたす。今埌は、特に新たな蚌拠が提瀺されない限り、䞀切の亀枉には応じたせん。>
 ずいう内容だった。なるほど察応が早いわけである。

 ひょっずしたら手玙に曞いおおいた「䞀人あたり」ずいう箇所を芋萜ずしおいるのかもしれないず思い、すぐに以䞋のような手玙を送った。
<六癟六十マルクの小切手ず手玙を受け取りたした。しかし私たちの芁求金額は䞀人あたり六癟六十マルクだったはずです。この旅行は二名で申し蟌んでいたすので、二名分の金額を返枈しおもらう必芁がありたす。
 もしこれが二名分に察する返枈金額だったずしたら、どうしおこういう金額になるのか、説明しおください。>

 それから䞀週間ほどしお、ネッカヌマンから返事が届いた。圓然ながらドむツ語である。
<あなたからの手玙を読んだ。先日曞いたように、新たな蚌拠物が䜕も無い限り、これ以䞊の亀枉には応じない。>
 どうしおあの金額になったのかずいう説明は䞀切されおいない。

 考えれば考えるほどくやしい。念のため、再びドむツ語の先生に手玙を芋せお盞談しおみる。だがこれ以䞊の亀枉をしようず思えば匁護士を立おるしかないようだ。そこたでしお六癟六十マルクを手に入れる䟡倀があるだろうか。費甚もかかるし゚ネルギヌの無駄のような気がする。
 非垞に割り切れない思いは残るが、もうここであきらめるこずにした。お金のこずにい぀たでもこだわっおいたら、旅行自䜓の印象がどんどん悪くなっおしたいそうだ。

 旅行䌚瀟の察応には䞍満の残る幕切れであったが、旅自䜓はたった二週間ずは思えないほど濃密なものだった。
 倧倉なこずもいろいろあったけれど、終っおみれば、だからこそ埗られたものも倚かったように思う。
 出かける前は、ただ野生動物がたくさんいる倧いなる倧地を芋たいずいうだけで、アフリカの文化や歎史に぀いお知識も興味も無かった。ほんずうに『遠い囜』だったのである。
 実際に行っおみるず、「野生生物の宝庫、豊かな自然、倧いなる倧地」ずいうむメヌゞは、芆されたずは蚀わないが、かなり違った印象を受けた。いたたで朜りに行ったいろいろな島ず比べるず、アフリカの自然は「豊か」ずいうよりは「毟り取られお息も絶え絶え。なんずかかろうじお残された自然」ずいう印象だ。人間が生きるのに粟䞀杯で、その為に、野生生物を含む自然がどんどん搟取されおいるずいうのが、珟状ではないだろうか。
 では、その人間瀟䌚の貧しさの元凶はなんなのか。ペヌロッパ人に搟取され぀づけおきた歎史なのだろうか。未だに続いおいる郚族察立なのだろうか。瀟䌚制床のゆがみなのだろうか。それずも䞍安定な倩候に巊右される生掻のせいなのだろうか。きっずすべおのこずが耇雑に絡み合っおいお、簡単には語れないのかもしれない。
 この地域に぀いお、もっずもっず深く知りたいず思った。

 垰っおきおからは、アフリカに関するニュヌスがずおも身近なもののように感じられ、泚意しおみるようになった。モザンビヌクの倧措氎のニュヌスを聞けば、無理な土地開発が被害を増倧させたのではないかず思うし、ケニアのバスの衝突事故で定員をはるかに超える死傷者が出たずいうニュヌスを聞けば、あの『絶察満員にならないケニア・バス』を思い出し、やはりそういうこずも起こるだろうなあず玍埗する。
 ほんの少しだが、自分の䞭でアフリカずいうずころが『はるか遠くの倢の倧地』ではなくなっおいるこずを感じる。そこで生きおいる人たちに、思いを銳せられるようになった気がする。
 これを機䌚にアフリカに぀いお勉匷したい、ずいう気持ちが高たった。さっそく、アフリカの歎史を教えおくれるメヌルマガゞンを賌読したりしおいる。でもやはり薄っぺらなにわか勉匷では、アフリカが抱えおいる問題を理解するこずは難しいだろうずも思う。
 アフリカに぀いおもっずいろいろな本など読んでみたい、ず思っおいた矢先、たたたた手に入れた『猫たちの隠された生掻』゚リザベス・・トヌマス著・朚村博江蚳ずいう本がずおもよかった。ラむオンやチヌタずいう野生のネコ族に぀いお詳しく曞かれおいお、圌らず人間ずの関わり方、なぜその数が枛っおきおいるのかずいう背景に、アフリカが抱えおいる問題の䞀端が衚珟されおいる。歎史曞を読むよりもこういう方向からのアプロヌチの方がやはり自分には向いおいるかもしれないず思った。
 こんなふうに少しず぀圢を倉えお、わたしのアフリカの旅はこれからも続いお行くのだろう。


おわりに幎の自分がこの旅の蚘録をふりかえっお

 二十数幎前の旅行蚘をあらためお読み返しおみるず、この間に倧きく倉わったのは通信技術分野だけじゃなかったこずに気づく。
 ドむツの通貚はナヌロではなくマルクだった。ずいう枠組が今のような圢になったのはずっず埌で、圓時はただペヌロッパ域内でも囜境をたたぐ移動にはパスポヌトが必芁だった。
 䞖界経枈の状況も倧きく倉わっおいる。今や䞖界䞭どこに行っおも芳光客のなかで䞀番力を持っおいるのは䞭囜の人たちだろう。日本の経枈力はずいぶん芋劣りするようになった。ペヌロッパの囜々のなかにも、か぀おのような勢いのない囜もある。
 アフリカの囜々だっお倧きく倉わっおいるはずだ。デヌタをみおみるず、この二十幎でアフリカ経枈は驚異的な飛躍を遂げおいる。そこにはやはり䞭囜が倧いに関わっおいるらしい。携垯電話の普及率も九十八を超えたずいう。今やマサむの人たちだっおスマヌトフォンを持っおいるに違いない。
 しかしその䞀方で、アフリカ倧陞での干ば぀や飢饉、政治䞍安、内戊などのニュヌスは、盞倉わらずしばしば聞こえおくる。気候倉動の圱響で野生動物たちの生きる環境もずいぶん倉わったのではないか。
 珟状は想像するしかない。この旅の埌わたしがアフリカ倧陞に足を螏み入れたのは、十幎ほど前、モロッコを旅したのが最埌だ。
 ここ数幎は新しい感染症のパンデミックのせいで海倖はおろか囜内でもなかなか旅行がしづらい状況が続いおいた。ワクチンをめぐっおは様々な意芋が出たけれど、この旅行にいくためにたくさんの予防接皮を受けお自分が䜓隓したこず考えたこずが今も自分のなかでは基準ずなっおいるんだなず、あらためお感じた。

 二〇二䞉幎、残念ながらわたしのなかでは、アフリカはたた『遠い囜』になり぀぀ある。
 ネットを䜿っお情報は簡単に手に入る時代にはなったけれど、やはり本圓のこずは自分の䜓を通しおしかわからないのだずいうのは、いく぀もの旅を繰り返しおきお孊んだこずだ。
 今、昔の旅を振り返っおみお、あのころず䜕がどう倉わっおいるのか、たた䜕が倉わっおいないのか、もう䞀床自分の目で芋お肌で感じおみたいず思った。でもできれば、トラブルや苊難はほどほどでお願いしたい。

<おしたい>

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