宮本浩次 凡人-散歩き-
2026年、夏。
エレファントカシマシ、宮本浩次の代表曲
「悲しみの果て」「今宵の月のように」
「俺たちの明日」「風に吹かれて」など、
今では、どの曲も、どの世代にも届き、
日本の名曲となっている。完全なる浸透率である。
しかしながらこの夏フェスで披露されている
「凡人-散歩き-」をはじめ、エピック期のエッジの効いたロック曲たちはいまだに認知度が低く
あまり市民権を得られていない。
今や宮本浩次の存在も歌もこんなにもガッチリと知れ渡ってるにも関わらず、だ。
宮本浩次ソロからの熱烈なファンでさえ
初めてエピック期を聴いたときには
圧倒され立ちすくんでしまうのだ。
現代はあらゆることの質量が多すぎて、
それらは瞬間瞬間、物凄い速度で
通り過ぎていってしまう。
今、宮本浩次を聴いている大勢の熱烈なファン以外の人は過去の作品を骨の髄まで味わう時間がない。リアルタイムの経験はもはやできない。
フェスで宮本浩次の歌を聴いて「すごい!」と思っても過去作まで遡って追求しない。エピック期のエレファントカシマシを聴いてみる人はそんなにはいないだろう。日が経てばまた違う情報や音楽が次々に飛び込んでくる。
「こんな時代さ Ah, ah ,ah」
エピック期の歌こそが「原石」である。
これこそが宮本浩次のまだ捨てきれていない
「野望」だと感じる。
最新アルバム『I AM HERO』に収録されている「零地点BOMB」は現代では割と聴き慣れたサウンドだ。もちろん宮本浩次がこういったサウンドをやるからこそ斬新であるし、あんな歌い方をしているのは宮本浩次史上初めて(歴史前夜は除く)だから
ド肝を抜かれた。
ただ宮本浩次自身も語っているように、実はもう前からこういうアップデートは散々繰り返しやってきた。タワーレコード渋谷店での山崎洋一郎とのトークでも宮本は「新しいことをやった!と思ったら、あ、俺これもう前にやってたなぁと思うことがよくある」と語っていた。
プロフェッショナルな演奏でサウンドを駆使した数々の新しい曲も、あくまで宮本浩次という世界を理解するための入り口でしかないように思える。
宮本浩次のソロでの命題は大ヒット曲を作ることが第一なんだろうけど、抱える野望の中には、
エピック期の曲を世間に、ファン以外の人たちに、新しいファンに、もう一度問いかけたいのではないだろうか。
進化に逆行しているんじゃなくてやっぱりやりたいんだと思うよ。
宮本浩次は言いたいのだ。
今やってることだけが俺の全てじゃないんだと。
俺のこれまでの歴史絵巻を全部を見ろと。
ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2024 in HITACHINAKA
エレファントカシマシのステージで
珍奇男を歌い、ギターをステージに垂直に叩きつけ
「俺が宮本浩次だ!覚えておけ!」と
言い放った宮本浩次の鬼神のような姿を思い出す。
実験真っ只中の「俺と、友だち」バンドで
エピック期のエッジの効いたハードな楽曲群を
セルフカバーして、それを世間に問う。
これはめちゃくちゃしんどい戦いだ。
だからこそ今、エレカシエピック期の名曲の数々を
セルフカバーでドーンと世間に喰らわせて欲しい。
アルバムとして出してほしい。
ソロ宮本浩次で、エレカシのセルフカバーは
すでに何曲もあるが、ファンにとってのド定番の
「デーデ」「珍奇男」「偶成」「月の夜」「男は行く」「東京の空」などソロでもやって欲しい曲が
数えきれないほどある。
エレファントカシマシというフィルターがかかっていない「宮本浩次」単独だからこそ世間に届くこともあるのだと思う。エレファントカシマシの凄さは熱心なファンたちはみんなもう知ってる。
でも世間はまだ、宮本浩次の根底にある狂気、
凄みを知らない。
宮本浩次は絶望している。
しかし野望は死んではいない!消えてはいない。
普通「凡人」やらないよ、フェスで!
エピック期の曲が世間に解放されるべきときがもう来ているのだ!
でも石若駿と「風に吹かれて」をジャズアレンジで翌日に歌う、世間が求めることにもしっかりと
答える宮本浩次が凄い。
さすが「私は欲張り」な宮本浩次。
「凡人-散歩き-」はエレファントカシマシファンに
対してのサービスでもなんでもない。
宮本浩次が今やりたいからやる。
それだけ。この純度の高さが宮本浩次なのだ!
でもROCK IN JAPAN FESTIVAL2026で
「凡人-散歩き-」やってくれなかったら俺は泣く(笑)
