ランニングのこと #140 戦国時代を想像する…小谷城と伊吹山
いきなりですが…今年、NHKで
放映されているドラマの中に、戦国時代に活躍した豊臣秀吉と秀長のストーリーがあります。書籍やテレビで何度も何度も舞台となった時代。毎回この時代のことを語る映像を観るにつけ、バタバタと倒れている兵士(武士の階級としては足軽なんていう、尊厳を感じにくい名称で呼ばれていたようです)の姿に違和感を感じます。
ドラマの描き方や表現に対する違和感ではありません。時代考証というのが正しく行われているはずなので、実際にこうだったんだろう。とすれば、さらに高まる類の違和感、です。
それは、
戦いに向かうときの心持ちは、
どんなだったろう…ということ。
討たれて倒れるとしても、運よく敵方の兵士を討ち取るとしても、家族や知人がいる人間がどこか知らない場所で、自分や好きな人のためではなく、死んでいなくなるという事実しか残らない。
徳川家康が「厭離穢土 欣求浄土」という言葉を唱え平和を願ったとしても、その理想実現のために繰り返した一回一回の戦乱に加わるひとりひとりの兵士は戦うしかない立場で、いったい何%くらいの兵士が生きて戻れたのか。その場へ向かうときどんな思いを持っていたのか。
これは今、現代にいて日本史として学んだ結論を知っている私たちが、しっかりと想像しながら認識することが必要で、とても深い意義のあることのように感じます。それを抜きにして、実体のない歴史を楽しんでも、そこから何も生まれません(まあ、時代の流れを知るだけなら、そこまで考えなくてもいいんですが〜)。

たくさんの兵士の思いを取りまとめて、こんな傾向だったろう、というような恐れ多いことはすべきではありませんが、ここで、
死生観、という言葉を使えば、
いくらか共感しやすくて、おそらく思考や議論が共有できると思います。繰り返し言いますが、ほんとうはザクッと言えないことだけれど。
あえてザクッと言えば、
少なくとも戦国時代の兵士は、今を生きる私たちと比べられないほどに「隣に死がある」という認識が当然で、「明日戦いに参加したら死ぬかもしれない」というオソレを持っていたのかもしれません。
それでも「どうやって生き延びるか」と考えている兵士は少なくなかったのかも…と想像しますが、何とも想像できない気持ちですね。
ちなみに、何の想定か?根拠はわかりませんが、戦いにおける兵士の生還率は80%ほどとも。これをどう理解するのか…

小谷城があった小谷山。
ようやくランニング(トレイルランニング)の話です。
そんな戦いが繰り返された時代に、
ここは大規模な戦いがあった場所です。
トレイルランニング、急傾斜の坂道を登りながら頂上まで到着して喜んでいますが、このトレイルを経た先にある本丸や途中の陣地を含めて、堅牢な城だったと言われています。
いざ走ってみると(歩くところが多いけど…)、
ここをランニング向けのトレーニングをしていないし、今よりも栄養価が低い(想像です!)食事で生活しているけれど、なぜか体力がすごくて屈強な兵士が、武具や武器を携えて上って行ったことに、驚くしかありません。元より、山上に築城する際に木材や石材など重い材料を持って上がったことも、すごいことです。
物語やドラマの映像で想像することができない、実体験です。
この辺りの最高峰は、伊吹山。
大きすぎる山です。
山頂に日本武尊の立像があり、神話の舞台であり、神が宿るといわれる霊峰。ここでもトレイルランニングの大会が開催されていました。2022年を最後に、山腹のガレ場が荒廃しないように、大会は終了。
真夏の終わりに夏を満喫できる素晴らしい大会だったので、今も残念に思います。

