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自分の歩みを振り返りつつ 日本基督教団に思うこと

最初に所属していた、ある教会を離れざるを得なくなり、一年の休学ののちに神学校に復学。

こんな私でも、用いてくれる教会があるのなら、と、日本基督教団に移って、再び牧師の道を歩み出した。

最初に一番嫌なところを見ておこうと顔を出したのが、日本基督教団の教団総会だ。

もちろん、正規の議員ではないので、陪席である。

実際に目にした教団総会は、聞きしに勝るもので、大荒れだった。

陪席者からはヤジが絶えず、抗議した集団が議長席にも詰め寄る場面も。

当時は、教団紛争以来、ながらく教団政治から遠ざかっていた教会派が、教団の正常化を求めて総会に戻ってきていた頃だった。

それまで教団政治を握っていた社会派は、教会派からの様々な議案に対し、差別だ、数の暴力だと激しく反発。

特に過激な人々が、総会屋よろしく、陪席者として総会の会場に押しかけていたのだ。

どこぞの国会も真っ青な光景を、唖然として眺めていた。

教団政治はこりごりだと、私が希望した赴任先は北海道だった。

十年来、牧師のいなかった、小さな町の小さな教会に赴任した。

最初の町は、あの破綻した夕張市に隣接した人口1万5千人の小さな町。次は、日高山脈を越えた山裾の人口5千5百人の町。

そして、教団を離れて十勝の鹿追町へ。5千人弱だが、牛は3万頭。大雪山の山麓にあって、見渡す限りの農地と牧地が広がっている。

町の歴史ではじめてのキリスト教会。文字通りの教会開拓を始めて十年目になる。

牧師を目指しながら、最初の志がぽっきり折れてしまったのを、拾ってもらったのが教団だった。

合同教会ゆえのゆるさの中に、なんとか居場所を見いだしたのが現実だ。

しかし、主へ信頼が乏しいまま、自分の力で牧会していれば無理が来る。

燃え尽きて、もう牧師は無理だと思ったときに声をかけてくれたのは、聖書をそのまま信じる牧師たちだった。

日本基督教団では、ごく少数の、ペンテコステ派、福音派の牧師たち。

聖霊の働きを実感した。聖書は生きた神の言葉なのだと身をもって味わわされた。

聖書は聖書から読み解いてこそ、真理にいたるのだと気づかされ、一から聖書を学び直した。

今の私の立場は、世の分類にまかせれば、福音派のディスペンセーション主義者ということになる。

教団の社会派から、福音派のディスペンセーション主義者へ。真逆の立場に変えられて今がある。

日本基督教団はいずれ、組織の体をなさなくなるだろう。

あと20年か、10年か。

超高齢化に、牧師のなり手不足。衰退が加速しているのは、統計上も明らかだ。

何十年も前から、危機は叫ばれていた。


使徒の時代から、今に続く教会などない。

エルサレム教会も、アントオケ教会も、コリント教会も、エペソ教会も、みな消滅した。

役目を終えた地域教会は、歴史の表舞台から姿を消していった。

大切なのは、目には見えない普遍的教会は、それでもなお広がり続けてきたということだ。

普遍的教会とは、すなわち、福音を信じる真実の信仰者たち。

この、キリストの一つのからだなる教会は成長していく。

終わりが近づく、産みの苦しみの時代にも、それは変わらない。


捕囚による滅びが確定してしまった、南北時代のイスラエルのように、教団の消滅も避けがたいことなのかもしれない。

しかし、その中に、なお残された信仰者がいる。

たとえ一つの組織が失われても、信仰は生き続ける。

固く福音に立つ教会は、それでも主に保たれ続けていくだろう。

これまでになく、一人一人の信仰が問われていく時代に、改めて、立たされている自分の足もとを確かめる。

私の罪のために十字架で死なれ、復活され、今も生きておられる、主イエスのみ言葉を。

渇く者は来なさい。いのちの水が欲しい者は、ただで受けなさい。
私は、この書の預言のことばを聞くすべての者に証しする。もし、だれかがこれにつけ加えるなら、神がその者に、この書に書かれている災害を加えられる。
また、もし、だれかがこの預言の書のことばから何かを取り除くなら、神は、この書に書かれているいのちの木と聖なる都から、その者の受ける分を取り除かれる。
                        黙示録22章18~19節

新改訳聖書2017版


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