早く結果が出てほしかったのは、娘ではなく私でした
娘の英検2級合格に、思わず涙があふれました。
でも振り返ると、嬉しかったのは合格そのものだけではありません。
なかなか結果が出ない時間の中で、私は娘を見ているつもりで、結果ばかり見ていたのかもしれません。
今回の英検は、娘の挑戦であると同時に、親である私自身が向き合う時間でもありました。
先日、中学3年生の娘が英検2級の一次試験に合格しました。
結果を見た瞬間、思わず涙があふれました。
もちろん合格したことは嬉しかったです。
でも今振り返ると、私が泣いたのは合格そのものよりも、そこにたどり着くまでの時間を思い出したからだったような気がします。
娘は小学3年生で5級、小学4年生で4級、小学5年生で3級、そして小学6年生で準2級に合格しました。
毎年受験して、毎年合格。
英語が好きで、英会話も楽しそうに通っていました。
だから私も娘も、その先には自然と2級があると思っていました。
ところが、2級の壁は思っていた以上に高かったのです。
受けても届かない。
また届かない。
頑張っているのに結果が出ない。
そんな時間が続きました。
私はどこかで、
「うちの娘はすごい」
そう思っていました。
自慢とは少し違います。
でも、小学生で準2級に合格した娘なら、きっと2級も取れるはず。
そんな期待を持っていたのだと思います。
だからこそ、なかなか合格できないことが苦しかった。
そして今なら分かります。
娘以上に、私の方が焦っていたのかもしれません。
早く受かってほしい。
頑張っているのだから報われてほしい。
そんな思いが強くなりすぎて、結果が出ないたびにイライラしてしまうこともありました。
「もう受けなくてもいいんじゃない?」
そんな言葉をかけてしまったこともあります。
でもある時、ふと思いました。
私は本当に娘を見ているのだろうか、と。
見ていたのは結果だけだったのではないだろうか、と。
今、この子はどんな気持ちで勉強しているんだろう。
何につまずいているんだろう。
もしかしたら、英語そのものが好きではなくなってきているのかもしれない。
そう考えるようになってから、娘への声かけも少しずつ変わっていきました。
「頑張って」
「もう少しだよ」
「きっと大丈夫」
そんな言葉よりも、
「今、一番楽しいと思うのはどんな時?」
「どんな時に勉強したくなくなるの?」
そんな話をすることが増えていきました。
そして、
「無理に続けなくてもいいんだよ」
そう言えるようにもなりました。
不思議なことに、そう思えるようになった頃には、
「早く受かってほしい」
という私自身の焦りも少しずつ消えていったのです。
娘は派手な勉強をしていたわけではありません。
毎日少しずつ。
10分の日もあれば、もっと頑張る日もありました。
途中でやる気をなくした時期もありました。
それでも完全にはやめませんでした。
コツコツと続けていました。
そして今回の結果を見て、私は驚きました。
一番点数が高かったのがライティングだったのです。
娘自身も苦手意識を持っていた部分でした。
だから何度も書いて、何度も練習しました。
得意だから伸びたのではありません。
苦手だからこそ向き合い続けた結果だったのだと思います。
三年近くかけた英検2級への挑戦。
今回の英検は、ただ資格を取ったという話ではありませんでした。
頑張っているのに、結果がついてこない。
そんな時、人は焦ったり、イライラしたり、やる気をなくしたりします。
でも、その感情の正体は案外自分でも分からないものです。
だからこそ、自分自身の気持ちを整理することが大切なのだと思います。
そして相手のことであれば、
「今、何を感じているんだろう」
と寄り添ってみることも大切です。
今回の英検を通して、私はあらためて感じました。
大切なのは結果だけを見ることではなく、一緒に同じ方向を見ながら歩くこと。
それは親子だけではなく、人との関わりすべてに通じることなのかもしれません。
娘の合格通知を見ながら、私が本当に嬉しかったのは、英検2級に合格したことだけではありません。
結果が出るまでの時間にも意味があることを、親子で感じられたこと。
そのことが、何よりの収穫だったように思います。
