「頑張ったふり」をしているだけ
一度でもなにかに真剣に向き合ったことがあっただろうか。
一度でもなにかを頑張ったことがあっただろうか。
って時々考えてしまう
私の周りには「頑張っている人」「頑張ってきた人」で溢れている。
ピアノを長年続けてきた母。
芝居に真剣に向き合って、今も続けている人。
絵が好きで本気で取り組んできた彼氏。
お金を稼ぐことと自分のやりたいことのどちらも全力でしてきた職場の先輩。
毎日学校に行って、バイトもして、友達との時間も大切に過ごしている後輩。
ネットの海を見渡せばそういう人はさらに増える。
働きながら資格の勉強を毎日続けている人。
夢に向かって具体的な努力をしている人。
結果を出し続けている人。
私にはそんなものが今までで一度だってあったのだろうか。
ただ自己肯定感が低いゆえ、他人が輝いて見えているだけなのだろうか。
仕事、勉強、人間関係。
真剣に向き合うべきものはいくらでもあるはずなのに。
明確な数値に表れれば一目瞭然だけれど
これは数値では測りえない
そもそも「真剣」や「頑張り」の基準ってなんだろうか。
結果が出せたことなのか。
取り組んできた時間なのか。
第三者に褒められることだろうか。
「頑張ったー」って思っても、それは「頑張ったふり」をしていただけなのではないか。
高校も大学も最初の志望校には届かなかった。
バイトもなんとなくやってきてしまった。周りには本気で向き合って考えている人もいるのに。
新卒就職もできなかった。
学校でもバイトでも友達作りができなかった。
趣味も何ひとつ大成していない。
私はたぶん「頑張ったふり」を自分にするのが得意なんだと思う。
大して頑張ってないのに
本気になってないのに
「私頑張ってる」「あー頑張った」って勝手に思い込ませて終わりにする。
結果が出なくても、誰からも褒められなくても、
自分でそう信じ込んで満足したふりをする。
真剣に向き合えないのも
結果が出ないのも
誰かに褒められないのも
友達がいないのも
全部ちゃんと「頑張っていない」からなんだろうな。
私はなにも頑張ってこなかったなぁ
それなのに「頑張ったふり」だけ上達してしまった。
もはや「頑張り方」すらわからない。
でももし私じゃない誰かが同じようなことで悩んでいたら、私は迷わずこういう。
「それでもいいじゃん!」って。
「生きているだけでじゅうぶん頑張っている!」って。
他人には言えるのに。
自分にはそう思えないのはなぜなのだろう。
