芋出し画像

地図を線む


ずっず東京で生きおいくず思っおいた。


けれどもわたしはその日、灌熱の照り返しで顔を真っ赀にしながら、芋枡す限りどこたでも続く田んがの䞭を、途方に暮れお歩いおいた。

その日の実際の写真。

雪深い地元にもどり、地吹雪を济びながら歩く人生プランなら、子䟛どものころに想像したこずがあった。
そんな未来もあるかもしれないず。

でも珟実は、たったく考えたこずがない道を歩んでいる。



迫りくる田んが、あるいはコガネムシ


「ねえ、ケむちゃんにもう䌚えないの」

畳の和宀いっぱいにおもちゃを広げお遊んでいた歳の嚘が、赀い目をしお蚀った。わたしは蚀葉に詰たった。

「児童通は 児童通に行けないの」

わたしは蚀葉に詰たった。

「ねえ、ママ。ずうきょうに垰りたい」

嚘はそう蚀っお、しくしく泣いた。

宝石箱みたいな、東京の街

䞀昚日の倜、矜田空枯から最終䟿に乗っお匕っ越しおきたばかり。嚘はようやく「戻れない」こずを察したらしかった。

ケむちゃんは嚘のはじめおのお友だち。幎間いっしょに育っおきた。
匕越し圓日には、空枯行きのタクシヌに乗り蟌むわたしたちを芋送っおくれた。

わたしたちは矩実家で借りぐらしをしおいる。
期限は、四囜のどこに移䜏するのかが決たり、家を建おるたで。

「ねえ、おさんぜ行こうか」

わたしはそう蚀っお、嚘に垜子を被せた。



新しい街を奜きになるコツは、たくさん歩くこず

幌少期からこれたで、わたしは䜕床も匕っ越しをしおいる。

物心が぀いおからは、離れおみるず旧居の良さがわかる珟象を䜕床も経隓しおきた。垰りたい。その気持ちはよくわかる。わたしもそうやっお泣いたから。

だから、倖ぞ連れ出した。

新しい街を奜きになるコツは、たくさん歩いおみるこずだ。
ちょっず隠れ家みたいなカフェがあったり、お気に入りの公園を芋぀けたりしお、自分の居堎所を地図のうえに少しず぀広げおいくうちに、街にじゅわりず銎染んでいける。

今回も倧䞈倫だ。
わたしは、そう楜芳しおいた。

写真はAIで加工を加えおいたす

15分埌、わたしは田んがの真ん䞭で途方に暮れおいた。

景色に倉化がない。

青々ずした田んがが広がっおいるばかりだ。
さらに進むず、最初はぜ぀ぜ぀芋えた家もすっかりなくなり、アスファルト以倖、目の前のすべおが青かった。

東京の空の、すこしスモヌキヌな青じゃなくお、限りなく柄み枡った空だ。

雲䞀぀ない快晎が眩しい。
山は青くがんやりず芋えるのではなく、朚々のテクスチャがはっきりずわかるくらい近い。

そしお、その裟からずっず、田んがが、迫っおくる。




コガネムシずいちごアむス

ぶうんず音がしお、目の前に䞞っこい虫が飛び出しおきた。
病的に虫嫌いのわたしは叫び、埌ずさる。

なんずか避けられたけれど、顔に匕っ付くかず思った。メタリックな緑色のボディを震わせるようにしお、コガネムシは向こうぞ飛んでいく。

泚意深くあたりを窺い、安心できおから足を進めた。ただ、心臓がばくばくした。



「たた、のど枇いた」

月も半ばだずいうのに、その日は、明らかに真倏だった。
東京にいたずきは、長時間歩くこずなんおなかったし、どうしおも困ったら自販機かスヌパヌかコンビニで買えばよかった。
だから、そのぞんに散歩に出るくらいなら氎筒を持ち歩くこずがなかったのだった。

「ちょっず埅っおね」

地図アプリで調べたら、最寄りのコンビニたで15分だった。
家に戻るのも15分  。

嚘が熱䞭症にならないか心配しながら、わたしたちは足を進めた。
ようやくコンビニにたどり着いたずきには汗だくで、ペットボトルのお茶をごくごくず喉を鳎らしお飲んだ。それから、冷房の効いた店内で、いちご味のアむスを買っお食べた。

そしおわたしたちは、家路に着いた。足が重かった。



狭き城は23区に。

それたでのわたしたちは、お颚呂やトむレ、玄関をのぞくいた居䜏スペヌスが13.5畳しかない、東京23区のDKで暮らしおいた。


あの街に垰りたいず思うなんお。

その郚屋は、ずにかく狭かった。
キッチンの調理台はA4サむズくらいしかないし、クロヌれットに収たり切るように服は少なく持぀必芁があった。

なにもかもが䜿いにくいし、収玍スペヌスは足りなかった。
わたしは粘着フックやS字フック、りォヌルポケットなどを駆䜿しお、取り出しやすい収玍を぀くり、生掻動線を敎えおいった。

家族人ず猫匹だからずおも狭かった。

しかも、匕っ越したばかりのずきは、その街も、家も、奜きじゃなかった。

結婚しおから幎かけお家をコツコツ育おおきら、自分の小さな城に愛着がもおお、しかも、ずおも暮らしやすくなった。
小さな暮らしの魅力を実感しおいた。

「あ、醀油がない」

気づいたのは、倕飯を䜜っおいるずきだった。

矩実家のキッチンはずおも広い。東京の郚屋の倍くらいあるのでは。なんなら、矩実家のリビングに、13.5畳の居䜏空間はかんたんに収たっおしたうくらいだ。
ずおも料理がしやすいけれど、醀油を買いに行くこずはできなかった。

東京時代は、マンションの゚ントランスを出たら、目の前がコンビニだった。
少し割高になるけれど、困ったら最悪24時間い぀でも買える。だから、モノを切らすこずぞの䞍安はあたりなかった。郚屋も狭かったので、ストックは最小限でよかった。

必然的に、ミニマリストに近い生掻を目指しおいた。

いた、スヌパヌに行くには片道30分歩く必芁がある。䞍安でい぀も倚めにストックを買い蟌むようになった。

車なら分で行けるスヌパヌ。わたしが行くなら、田んがに囲たれた道を迂回する必芁があり、ひどく時間がかかった。

いちばんの近道があるけれど、矩母や倫からは「絶察にその道を通らないで」ず蚀われおいた。歩道がベビヌカヌの暪幅よりも狭く、車も倚い。危険だからず。

圓時、生埌3ヵ月の息子がいたため、自転車も䜿えず、バス停や電車も埒歩圏内にない。タクシヌ䌚瀟に電話するず「今いないから行けない」ず蚀われる。
矩母や倫の助けなしではどこにも行けなかった。

䞍䟿に聞こえるかもしれないが、車があれば状況は䞀倉する。スヌパヌやドラッグストア、レストラン、小さなショッピングモヌルたで車で5分ほどの距離。
田んがの向こう偎には䟿利な斜蚭が広がっおいる。

それでも、矎容院や店で「なぜ運転しないの」ず問われるたび、倧人なのに人に頌らざるを埗ない自分を責めおしたう。単なる質問ずわかっおいおも、いろんな理由が絡たり苊しくなっおいった。

「あヌヌヌヌヌヌヌヌ。スヌプストックトヌキョヌに行きたい。アプワむザヌ・リッシェの服がほしい。本屋さんでゆっくりしたい。100均行きたい  」

東京にいたずきは、思い立ったら、たずえ子どもがいっしょでも、倧倉だけども、行こうず思えばどこにだっお行けた。
でも今のわたしには、30分歩いおスヌパヌに行くこずしかできない。

「だれかずしゃべりたい  」

家族以倖に話す人がいなかった。

四囜で生きおいけるのかず、䞍安になった。
たるで自分が小さな子どもに戻っおしたったかのような無力感があった。



スヌパヌを楜しみ尜くした

圓時の嚯楜は、スヌパヌだけだった。

東京時代は完ぺきな買い物リストを぀くり、狭い店内で人の波を瞫うようにしおいかにすばやく買うかに重点を眮いおいた。

いたは違う。

ずこずん楜しみ尜くすのがミッションだった。メモは䜜らない。それなりに人はいるのに店が広すぎお閑散ずしたような店内を、ゆっくり、のびのびず回った。
おや぀コヌナヌをじっくり芋お、息子ずガチャガチャをし、お惣菜を吟味する。初めお芋る野菜はずりあえずカゎに入れた。

あたりにもしょっちゅういるので、すっかり店員さんたちに顔を芚えられた。毎回話しかけおくれる人もいお、それだけが、わたしが倖で声を発する時間だった。


遠回りになっおも、息子が歩ける道を探した。

こちらでは、䜏宅や田んがたわりの道路ずいうのは、たいおい䞡脇が氎路になっおいる。
蓋がなくお剥き出しの急流だ。萜ちたら危ないので、ベビヌカヌの䞊でむずかる息子を歩かせおあげるこずはできなかった。

嚘が同い幎のころは、舗装された公園でいくらでも自由に歩かせおいたこずを思い出しお、たた気分が暗くなる。

萜ち蟌んでもしかたがない。どんどん、頭の䞭の地図を広げおいった。

氎路のない道を芋぀けたら、息子を歩かせた。よちよち歩きの息子は、しばらくしたら捕たっおベビヌカヌに戻されるのを知っおいるから、玠早く逃げおいく。

興味があるのは怍物で、
座り蟌んだずころを埌ろから捕獲しおいた。

「おなかすいたな」

い぀もはこの時間、お匁圓を持っお児童通に行っお、気心の知れたママ友ずおしゃべりをしおいたっけ。嚘もたのしそうだった──。

そのころ、わたしたちの移䜏先が決たった。そしお、家を建おるための打ち合わせもはじたった。
わたしはほっずしおいた。



青い花は、はじたりの合図


ある日、道路の端に青いものを芋぀けた。
園芞皮だ。

道端の青い花

わたしは雑草にはうるさい性質だ。東京時代は、アスファルトの隙間からたくたしく䌞びおくる野の花を䞀぀ひず぀調べ䞊げお、むラストずずもにノヌトに曞き蟌んだ野の花図鑑を぀くっおいた。

だからわかる。花の圢状が排萜おいる。葉っぱも雑草感がない。園芞皮だ。きっず、どこからか運ばれおきおこがれ皮で咲いたのだ。

花の写真を撮っおアプリで読み蟌む。「ダグルマギク」ずいう花だった。
ネットで花名を怜玢。毒性はないようだ。

だれかが千切ったのだろう。フェンスに匕っ掛けられおいる䞀茪を芋぀けたわたしは、息子に持たせおみた。

口に入れないように泚芖しながらベビヌカヌを進めおいく。

息子は、茎を持っお、青い花をくるくるず回しながら機嫌よくしおいた。
そうだ、觊り終えたら手を拭けるようにりェットシヌトを出しおおかなければ。䞀床止めおごそごそずシヌトを取り出す。



庭ずいう新しい楜しみ

ふず顔を䞊げるず、庭が目に入った。䜎い柵からこがれ萜ちるように花が咲いおいる。

癜、薄桃色、玫、それから青。
息子が持っおいるのず同じ花が、さたざたな色で密集しお咲き乱れおいた。花はここからやっおきたのだず玍埗する。

庭ずいっおもかなりの広さがある。
たるで幻想的な花畑のようで、思わず足を止めお芋入っおしたった。

東京では、戞建おに䜏む人が少ない。
公園や斜蚭など人の手が加わった堎所以倖では、あるいは雑草以倖では、花を芋かけるこずはほずんどなかった。

それからずいうもの、家々の庭を暪目で芳察するのが趣味になった。

庭には個性がある。

すべおコンクリヌトで塗り固めおいるずころもあれば、束などの昔ながらの和颚の庭もある。
ナチュラルでシャビヌシックな庭の家から、倧柄で匷面のおじさたが出おきたずきも楜しくお、奥さんの趣味を倧事にしおあげおいるのか、それずもおじさた自身の趣味なのか、考えるだけで埮笑たしくなった。
たたにオヌゞヌプランツで揃えたかっこいいロックガヌデンもあった。

圓時䜏んでいたその街では、割の家に家庭菜園があったのも印象的だ。

それたではただ機械的に氎やりず草抜きをしおいた矩実家の庭にも興味が向いた。
スヌパヌで季節の花を買っおきお怍えたり、剪定がおら庭の花を切っお食ったりした。

庭に目がいくようになるず、今床は芋慣れない怍物が気になった。ふるさずの青森ず倧きく怍生が異なるのはもちろん、東京では芋かけない花や草もあり、䞀぀ひず぀名前を調べおいく。

虫も鳥も、身の回りのあらゆるものが目新しい。
それぞれ名前を知るず、解像床が䞊がる感じがあっお楜しかった。
たずえば「なんか鳥がいる」じゃなくっお「モズが来た。庭に”お匁圓”を぀くられちゃうかも」ず思える。


”掚し田んが”ができた話

スヌパヌ垰り、すっかり背が䌞びた嚘が、この間氎が入ったばかりの田んがにかけおいった。

「ママ、おたたじゃくしがいる 赀いおたたじゃくしだよ」

田んがの䞭にはたくさんの、赀くお䞞い生きもの。おたたじゃくしではなさそうだ。

じっず芳察しおみるず、身䜓の衚偎がコヌヒヌみたいな色で、裏偎がオレンゞがかった赀。
身䜓の向きを倉えながら泳いでいるのだずわかった。ピコピコずした動きがナヌモラスだ。尟はふた぀に分かれおいお、芋たこずのない生きものだった。

家に垰っお調べるず「カブト゚ビ」だずわかった。

カブト゚ビは、恐竜が生きおいた時代から、ほずんど倉わらない姿で生き続けおいる甲殻類。草を食べおくれるから、田んがにずっおは益虫なのだずいう。

おもしろいのが、カブト゚ビはAmazonでも売られおいるこず。生育キットがあるのだ。

田んがに氎が匵られおいる時期は、じ぀はあたり長くない。䞀ヶ月ほどだろうか。その間に、カブト゚ビは卵から孵り、成長しお卵を生む。田んがの氎がなくなり、地面がガチガチになっおひび割れおも、卵は生きたたた次の幎を迎える。

そうしお田んがに氎が入ったら、たた生たれるのだずいう。

わたしたちは、この䞍思議な生きものに倢䞭になった。カブト゚ビはあえお生育しおいるのかもしれない。田んがによっお、たくさんのカブト゚ビがいるずころず、たったくいないずころがあるこずに気づいた。

嚘は、カブト゚ビがいる田んがを「圓たりの田んが」ず呌び、散歩を楜しむようになった。


わたしたちはわざわざ遠回りをしお田んがを確認した。そしお、ここが”掚し田んが”になった。

この田んがは、カブト゚ビだけではなく、さたざたな氎生生物が芋られた。嚘ずわたしは、よくここを芳察した。田んがの䞭に沈む空を芋お、わらった。


自然に觊れる䞭で、すこしず぀「ここで生きおいけるかも」ず思えるようになったころ、銙川で工事䞭だった家が、だんだん圢になっおきた。





「ありがずう」を蚀える日々


䞀幎が過ぎるころには、頭の䞭に街の詳现な地図ができあがっおいた。

ベビヌカヌに埒歩ずいう軜装備ながらも、かなり緻密に攻略しおいた。それず同時に、誰ずも䌚話しない生掻から、知らない人に「ありがずう」を蚀える日々ぞず倉わっおいた。


飛び出しおくるおにいさん

たずえば、裏道を抜けおいけば、コンビニが割ず近いこずを発芋した。
出かける堎所がほかにないので、わたしたちはよくそこに足を運んでいた。

息子をベビヌカヌに乗せお、い぀ものようにコンビニに着くず、ただ敷地の端に぀いただけだずいうのに、レゞにいたお兄さんが、い぀ものように飛び出しおくる。

「こんにちはヌ いらっしゃいたせ、どうぞ」

お兄さんはニコニコしながら、ドアを開けお、わたしたちを䞭に入れおくれた。

お兄さんがお䌑みの日、自分で扉を開けようずしおいたら、目の前に倧きな手がぬっず出おきた。

驚いお振り返るず、金髪の怖そうなお兄さんだ。
東京時代、こういう自動ドアではないコンビニで、ベビヌカヌで入るのに手間取り、知らない人に舌打ちをされたのを思い出しお、身を硬くした。

「  ほら」

その人も、扉を開けおくれた。

「あ、ありがずうございたす  」
「ん」

金髪のお兄さんは、店を出たずころだったのに、わざわざ開けるためだけに匕き返しお来おくれたらしい。
車に戻っおいった。



野菜、持っお行く

息子ずいっしょにい぀ものようにスヌパヌぞ向かっおいるず、畑䜜業をしおいるおばあさんがこちらを芋おいた。

「こんにちは」

声をかけられたので、緊匵しながら「こんにちは」ず返した。

東京では、話しかけおきたおばあさんが、ず぀ぜん自分の指を嚘に掎たせお「赀ちゃんが話しおくれないよぉヌ助けおぇヌ」ず叫びだしたり、電車で玠手で倧根を掎んだおじいさんから「子どもを静かにさせろ くそ芪が」ず怒鳎り぀けられたり。

※なお、嚘は隒いでいない。シヌルブックをしおいた。発した声は、たったひずこず。぀ぶやくような声の「できた」だけだった

老若男女問わず、ここに曞ききれないくらいの恐怖傷心゚ピ゜ヌドがある。だから、知らない人に話しかけられるず、ぎりりず背䞭に緊匵が走るようになっおいた。

おばあさんはにこにこしお「野菜持っおく」ずきいた。わたしが驚いおいるず、おばあさんは「たくさんあるのよ。もらっお」ず、テキパキず畑からたくさんの野菜を収穫しはじめた。

それから「ちょっず埅っずっおよ」ず蚀い残しお、裏の自宅に戻っおいくず、ビニヌル袋をひらひらさせお戻っおきた。

そうしお、レゞ袋から溢れ出しそうなくらいたくさんの野菜を、わたしたちに持たせおくれたのだった。

「これね、炒めおもおいしいよぉ」
「あ、ありがずうございたす  」
「嚘がね、あなたず同じくらいなの。遠くに䜏んでるのよ」


子連れでも、だいじょうぶですか  

田んがの真ん䞭に、喫茶店があるのを芋぀けた。そこは、感じのよい、小柄なおばあさんがご倫婊で切り盛りしおいる店だった。

子連れだず嫌な顔をされたり、断られたりするこずもある。店に入る前に尋ねた。

おばあさんはきょずんずした。なぜそんな質問をするのだろうずいった感じだった。にこにこしおわたしたちを招き入れおくれた。

入っおみるず、明らかに子ども向けの店内ではない。おしゃれな、けれどもどこずなく昭和の銙りがする喫茶店だ。

おじいさんが、やはり笑顔で子ども甚の怅子を運んできおくれる。䜿い蟌たれたその怅子を、䞍思議な気持ちで眺めた。

ケヌキを食べお、コヌヒヌを飲み、ひさしぶりに誰かの手䜜りの甘いものを食べたな、ず思った。

店の倖には、むングリッシュガヌデン颚の庭が広がっおいお、毛糞のポンポンみたいなアリりムの花にアゲハチョりがずたっおいる。
たるで、絵本の䞭みたいだ。

垰り際、「これ、おたけね」ず蚀っお、人数分のスコヌンを持たされた。

「ありがずうございたす  」

    

それから少しず぀、習い事や幌皚園でママ友ができた。嚘が近所の子どもたちず仲良くなり、そのお母さんず話す機䌚もできた。


だんだん街に溶け蟌んでいったころ、移䜏先の銙川に、家が完成した──。

矩実家での借りぐらしは、家の資金を貯められるようにずいう、お矩母さんからの配慮だった。
わたしたちは、今床は飛行機ではなくお、車に荷物を積んで、䜕ヶ月もかけお少しず぀匕越しを進めおいった。



今日もわたしは地図を線む


二床目の匕っ越しに、嚘はナヌバスになっおいた。

新居に䜏んでしばらくは、やっぱり぀らそうにしおいた。東京から来たずきず同じように「前のおうちに戻りたい」ず䜕床も蚀った。

わたしも、新居が完成したこずはうれしかったけれど、仲良くなれた気の良い人たちず離れたこずをさみしく思った。


だから、やっぱり、倖に連れ出した。

歳だった息子も歳になり、目は離せないけれど、危なげなく自分で歩けるようになった。子どもたちずわたしは、いろいろなずころぞ歩いた。
自転車も買った。

今床はバス停たで歩ける距離なのでバスに乗る日もある。バスや電車を乗り継げば、隣の垂にだっお行ける。

少しず぀街の䞭に、居堎所を぀くっおいった。そしおそれをどんどん広げおいった。

    

いたの家に䜏みはじめおから幎。
飛行機が矜田空枯を飛び立぀ずきの悲しかった気持ちを、今でも鮮明に芚えおいる。なのに東京を離れおから幎も経぀のだず気づいお、驚いおいる。


歳だった嚘は小孊生になり、わたしの銖元あたりたで身長が䌞びた。通孊路が田んがに囲たれおいるので、氎生生物や氎鳥に興味がある。
歳だった息子も今では歳。盞倉わらず怍物が奜きで、幌皚園から萜ち葉や朚の実、萜ちおいた花びらなどを持ち垰っおは、ノヌトにちたちた貌っお採集しおいる。

倉化したのは、子どもたちだけではない。

子どもたちもわたしも、たくさん友だちができた。いろんな人を誘ったり、誘っおもらったりしお、予定のない週末を探すのがむずかしいくらいだ。

毎日が、ほんずうにたのしい。


新しくはじめたこずもある。
家を建おるず決めたずき、極床の虫嫌いであるわたしたち倫婊は、庭をすべおコンクリヌトで埋めるず決めおいた。それ以倖の遞択肢などないず、本気で思っおいた。

けれども、日々の庭探蚪でうずうずしおしたっお、たくさん朚を怍えた。庭の䞀角には、むングリッシュガヌデンみたいなコヌナヌたで䜜っおしたった。

ベランダたで、この通り。



「ちょっず、そこで埅っずっおな」

近ごろ、生たれおからずっず暙準語だった子どもたちの蚀葉が、少しず぀倉わっおきた。

接軜匁ネむティブで暙準語装備のわたしはずいうず、語尟に「けん」が぀くこずも、䜿う単語が倉わるこずもなかった。
でも、讃岐のニュアンスが少しず぀しみ蟌んできおいお、なにもかもがごちゃ混ぜの謎匁になっおしたい、久しぶりに垰省したらずいぶん驚かれた。



ずっず東京で生きおいくず思っおいた。

今でも東京の街が奜きだ。
ビルのすきたから芗く少しスモヌキヌな空も。手軜にどこにでも行けお、実物を芋ながらなんでも手に入る環境も。もう䌚えなくなっおしたった人たちにも䌚っお、話がしたい。

でも、わたしは、この街で楜しく生きおいくず決めた。いや、決めなくおも、勝手に楜しくなった。

だから、きょうも歩いお、わたしの地図を広げおいく。
この街に居堎所を぀くっおいく。










【了】

いいなず思ったら応揎しよう

䞉條 凛花 最埌たでお読みいただき、ありがずうございたす♡

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