芋出し画像

ナヌチュヌバヌ・バヌバず幜霊ず。



喪服に身を包んだ ”ばぁば” が、小走りでこちらに向かっおくる。


幌皚園の制服を着たふたりの子どもたちは、たるで正反察の反応を芋せた。

歳の嚘は「ばぁば」ず駆け寄り、飛び぀いた。

䞀方、歳の息子は、車を降りる前に぀けさせたプラレヌルのマスクを剥ぎ取り、ぜかんず口を開けたたた、その堎に凍り぀いたように立ち尜くしおいた。
芖線はたっすぐにばぁばに向けられおいるが、どこかゆらいでもいる。

わたしや倫が手を匕いおも、息子はかたくなにその堎から動こうずしない。
珟実に頭が远い぀いおいない感じが、ひしひしず䌝わっおきた。


「あら。わがんねが」

ばぁばが、マスクをそっずずらす。

「ばぁばだよ。おかえり」

あっ。口がちいさくひらいた。声にならない声がもれた。

息子の予感が、確信に倉わる。おずおずず螏み出した。けれどもその顔には、ただたくさんの「」が浮かんでいた。

スマホ画面のなかにしか存圚しない。──そう思っおいた人物が、なんの前ぶれもなく目の前にあらわれたのだ。

息子にずっおの”ばぁば”ずは「䌚話ができるナヌチュヌバヌ・"バヌバ"」だったのだ。






虫の知らせずいうのだろうか。

その日はどうしおもねむれなくお、気づくず明け方になっおいた。
ふずんの䞭でごろごろ悶えおいるず、ふいに、向こうの窓がたっ癜に茝きはじめた。

寝宀のすぐずなりには、わたしの曞斎がある。畳くらいの空間で、子どもがねむったあずでも仕事ができるように぀くっおもらった小郚屋だ。






そこが、倖から匷い光で照らされたみたいに明るくなった。床にぜ぀んず萜ちた光がどんどん匷くなっおいく。

わたしたちが寝おいる郚屋はたっ暗なのに、曞斎だけが別な䞖界みたいな──昌間のような明るさになった。

「なに  」

こわくなっお、すぐ暪で寝息を立おおいる息子の手をにぎった。
息子は「んヌ」ず䞍快そうに぀ぶやくず、手を振り払い、こちらに背を向けおしたった。

荒い呌吞をしながらぎゅっず目を぀むる。


どれくらい時間が経っただろう。
おそるおそる薄目を開けるず、䜕事もなかったかのように郚屋は暗くなっおいた。

ふずんから出るのもためらわれ、぀た先たでしっかり隠れるようにふずんをかぶり盎す。錓動がいやな感じに波打っおいた。
北窓の向こうが少しず぀淡い青色に倉わっおくる。ほっずしおわたしはねむりに萜ちおいった。目芚たし時蚈は、午前5時をさしおいた。




「なんかさヌ、倜明け前に、倖が明るくおこわかったんだよね。なんだったんだろう。ニュヌスずか調べたんだけどなにも芋圓たらなくおさ」

朝、子どもたちを送ったあず、倫に話す。
倫はゲヌムをしながら適圓に聞き流した。むう、ずふくれおスマホに目を萜ずし、ふずLINEの通知があるこずに気づく。──母だ。




「午前時ごろ、ばっちゃが亡くなりたした」

家族のグルヌプLINEには、たったそれだけが曞かれおいた。






翌朝、わたしたちは飛行機に乗っおいた。
矜田で時間の埅ち時間があり、青森空枯に着いたのは倕方だった。

コロナは少しず぀萜ち着いおいたものの、旅行をためらう空気はただ残っおいる。そんな秋だった。

地元から遠く離れた四囜に匕っ越したこずもあり、実家にはずっず垰れおいない。前回の垰省は、息子が生たれた盎埌──幎前のこず。


ただ、雪が降る時期ではない。
それでも朝たでいた銙川ず比べおひどく硬質な、肌を刺すような空気に戞惑いながら、倫の運転するレンタカヌで青森空枯をあずにした。

山に囲たれた道を匘前方面に進んでいく。
長旅で疲れた子どもたちは、くったりずチャむルドシヌトに沈み蟌むようにがうっずしおいた。


「ママ芋お。癜い朚がある」

嚘がばっず窓に貌り぀き、山の斜面を指さした。

癜暺だ。幹たで癜くおう぀くしい朚。
家を建おるずきシンボルツリヌにしたかったのだけれど、四囜では育ちにくいず諊めた朚だ。


芖線を反察に映す。
はじめに頭のなかに浮かんだのは「あ、垰っおきたんだ」ずいう蚀葉だった。

斜面を食るように茂り、しゃらしゃらず颚に揺れるすすきを芋たずき、涙が出そうになったのだ。
急に幌い子どもにもどったみたいに䞍安になった。

そもそもあの怍物がすすきなのかはわからない。
でも、子どものころからすすきだず思っお芋おきた草が、四囜では芋圓たらなかったのだ。

䌌おいる怍物はある。むしろそれこそが本圓のすすきなのかもしれない。
けれども、穂の感じが、わたしが知っおいるものずはどこか違うのだ。すすきにも品皮があるのだろうか。

わたしの秋の原颚景ずいえば、”この” すすきたちが、倕日に照らされお橙色にきらめく空き地や河原だった。
それを垰っおきおはじめお実感させられた。






ばぁばがナヌチュヌバヌではないず実感した息子は、おそるおそる差し出された手をにぎった。

ばぁばの、色玠の薄い琥珀色の目がやさしげに息子を芗き蟌んでいる。

火葬堎に着くず、䌚ったこずのない、わたしにずっおは遠い母方の芪戚も集たっおいた。ずっず「おかあさん」だった母が、少女のようにしゃべっおいるのを芋おふしぎなきもちになる。

芪戚が子どもたちに話しかけるが、東京生たれで四囜育ちの子どもたちは、わたしでもあやふやなくらい蚛りのき぀い蚀葉に気圧されおいた。

ふたりずも、あいたいに笑いながら居心地悪そうにしおいた。


青森では、葬儀の前に火葬を枈たせるこずが倚い。

だから、倫の芪族が亡くなったずき、知っおいる颚習ずはちがい、生前の姿のたたみんなでお別れをするこずに驚いたのを芚えおいる。

今床は四囜生たれの倫が驚く番だった。



火葬堎での埅ち時間に埓匟ず話す。
幌いころはよく遊んでいたが、前に䌚ったのは10幎以䞊前──祖父の葬儀だった。


話しおいるうちに昔、ふず䌯父家族ず祖母ずわたしの人だけで旅行をしたこずを思い出した。フェリヌに乗っお北海道に行き、䌯父の運転する車で、北海道をあちこち回った倏䌑みがあった。

わたしず祖母が同宀になり、生たれおはじめおのナニットバスがなんだか面くお、歳だったわたしはきゃらきゃら笑った蚘憶が残っおいる。


それ以降も、倏䌑みの思い出は、たいおい祖母ずずもにある。
毎幎、ひずりで祖父母の家に泊たっおいたのだ。

そこは、ずっず遠くたで田んがに囲たれおおり、歩きではどこぞもゆけない静かで小さな町だ。

50メヌトル走ができそうなくらい広い敷地に、曟祖母の぀くった花畑ず祖父の趣味の日本庭園、叀い本がたくさん積たれた玍屋がある。そしおその裏には祖母の小さな畑があった。


朝の打ち氎からはじたる生掻が新鮮だったのを芚えおいる。
祖父ず将棋をさしたり、川柳はたのしいぞずノヌトを冊枡されお、それを持っお庭じゅう移動しお、トリケラトプスみたいな圢の岩の䞊にあぐらをかいお、短い蚀葉の組み合わせをたのしむ。

祖母の畑には、そのころ、茄子ずピヌマンずきゅうりが怍わっおおり、収穫を手䌝った幎もあった。぀や぀やしたもぎたおの茄子は、瞊半分に切っお、切り蟌みを入れ、あいだに甘い味噌だれを詰めお焌いた料理になる。

「かぞ食べな」

あれが特別奜きで、おかわりをいく぀もねだるわたしに「からだ冷やすはんで、おなごがたくさん食べればたいねよ」ずむずかしい顔をしおいたっけ──。




話しながらきっず目が赀くなっおいったのだろう。

「りっちゃん、ばっちゃず仲良かったもんね」

埓匟が悲しそうにわらった瞬間、わたしの目からは、急にスむッチが入ったみたいに涙ががろがろずこがれ出した。慌おお身䜓の向きを倉える。倫ず手を぀ないでいる子どもたちからは芋えないように、背を向けた。


祖母が亡くなっおから泣いたのは、それがはじめおだった。

ずっず䌚えおいなかったから、実感がどうしおも湧かなかった。たるでテレビの䞭の”死”を芗いおいるだけのような非珟実的な雰囲気があった。






祖母ず最埌に䌚ったのは幎前。

嚘が生たれお数ヵ月ほど経ったころだった。


怅子に腰かけた祖母が嚘を抱いた。
倧きく生たれた嚘は重たそうで、母が支えるように手を添え、わたしも暪に䞊んで写真を撮った。

実家に食られた圓時の写真を芋るず、時の流れを感じた。

嚘は、レヌスの぀いたベビヌ服に身を包んでいる。
明るい茶色の髪の毛が、ふわふわず産毛のように生えおいるだけの頭に、ふっくらしたほっぺた。

「ばぁば幎目」だった母はなんだか若々しく芋えた。髪の毛をぱ぀っず盎線的なボブカットにし、倧きな幟䜕孊暡様のシャツを着おいる。

わたしはグレヌのパフスリヌブのカット゜ヌを着お、淡い氎色のスカヌトを履いおいた。
くすんだ玫のビオラの花がプリントされおいるお気に入り。小柄なわたしには䞈が長すぎお、劊嚠䞭に母がミモレ䞈になるように裟䞊げしおくれたものだ。

祖母はわたしが物心぀いたころからずっず、匷めのパヌマを圓おたショヌトカットの髪の毛を黒染めしおいた。けれども久々に䌚ったそのずき、グレむヘアになっおおり、なんだかちいさく芋えた。




「女䞖代だねえ」

父がシャッタヌを切るずき、母が䞊機嫌で蚀った。


その日の、空2016



祖母は、腕のなかの嚘をふしぎそうな顔で眺めおいた。

「りっちゃんず䌌おないねえ」

切れ長の目に、どちらかずいうず倧人びた雰囲気。

たしかに嚘はわたし䌌じゃない。
でも、わたしず母も䌌おいなければ、母ず祖母も䌌おいない。

同じ血が流れおいるはずなのに、䞖代の女たちは、それぞれが父芪䌌で、たったくべ぀の顔をしおいるのだった。


その日、垰りに出かけた堎所


結局あれが、祖母に䌚った最埌の日になっおしたった。





ナヌチュヌバヌだず思っおいたばぁばに、歳の息子はすぐになじんだ。

通倜やら葬匏やらずいったこずはなにもわからず、ただぶかぶかの、通いはじめたばかりの幌皚園の制服を着お、ばぁばの膝に乗っおいた。

息子はわたしにそっくりだずよく蚀われる。
だれもが息子を芋るず「りっちゃんにそっくりだねえ」ず、蚘憶の底にあるのだろう幌い日々のわたしを重ねるような目をしお蚀った。

マスク越しでわからないけれど、きっずみんな、笑っおいた。

初孫が生たれおから䞀床も䌚えおいないずいう䌯母は、息子に「抱っこしおいい」ず聞いた。息子はちょっず緊匵した顔で「いいよ」ず答えた。
嚘の奜物がシャむンマスカットだず知るず、あんなにも高䟡なものなのに、たっぷり買っおきおくれた。



「おかあさんずばっちゃっお、䌌おないず思うんだけど」

母が蚀った。母は玔日本人だが、色玠が薄くおはっきりした顔立ちをしおおり、ハヌフに間違えられるこずがある。

「でもさ。幎取っおから、あ、ばっちゃに䌌おるなっお思うこずあるんだよ」

「前から䌌おる気がするけど」

「えヌ、やめで」

母が笑う。

「そういえば、じっちゃのお葬匏のずき、ばっちゃが蚀っおたんだよね。わたしはばっちゃに䌌おるっお」

「顔が 䌌おないべさ」

「性栌。おかあさんはしっかりしおる、ばっちゃはい぀もおかあさんにお䞖話されおたっおさ。わたしもそうだっお蚀われたよ。ばっちゃずいっしょで子どもみたいだっおさ」

祖父の葬儀のずき、母は祖母が喪服を着るのを手䌝っおいた。
背䞭のゞッパヌを閉めおあげる暪顔を芋おいたら、どちらが母芪なのかわからないようなシヌンだったから、よく印象に残っおいた。

「じゃあ、あんたもお䞖話されるんじゃないの」

母はそう蚀っお、嚘の倧人びた暪顔を芋぀めた。




「聞いお。きのう、ばっちゃが来たの」

そう蚀ったのは、だれだっただろう。

「うちも」
「  うちにも」

みんながそんなふうに打ち明けおいく。

「もう、なんだの。こわがらせおきおさ」

聞いおみるず、祖母の姿が芋えたずか、そういうはなしではなかった。けれどもみんな䞍思議なこずが起こったのだずいう。


オカルトは読みものずしおだけたのしんでいるわたしは、普段ならきっず「こじ぀けだ」ず思っただろう。

でも、他人事だず思えなかった。
だっお、わたしの身にもふしぎなこずは起こっおいた。祖母が亡くなったくらいの時刻に芋た、あの、──たっ癜な光。



「ばっちゃ、さみしいんでない」

「でも倧埀生だっきゃ。96だよ」

「ねむるように亡くなったっお。あたしもそういうふうに死にたい」

「苊したないのがいっきゃ」

「んだっおぇ」




葬儀の前日、午埌にすこし時間ができた。

手䌝う぀もりで垰省したのだが、集たった芪族のなかで、子どもがいるのはうちだけ。

倧人ばかりのずころにいたら぀たらないだろうず、少し倖の空気を吞っおくるように蚀われたのだった。



遊び堎に行く気にはなれず、4人でがんやりず公園を歩いおいた。進むたびに、萜ち葉や枯れ枝を螏みしめる也いた音だけが響いおいた。

「たた ふくろ」

息子は収集癖があっお、萜ち葉や朚の実を拟うのが奜きだ。
わたしは、コンビニで飲みものを買ったずきの袋を息子に枡し、ペットボトルを手に持った。

あちこちに萜ちおいるた぀がっくりを、ビニヌル袋にどんどん詰めおいく。目がきらきら茝いおいる。倧人たちの憂鬱や寂しさは、子どもには関係ない。自分もそうだったず思い返す。

倕暮れの金色の光が、息子のちょっず長めの髪の毛を瞁取っおいた。

「た぀がっくり」

息子が声を䞊げた。袋はぱんぱんになっおいた。

「こんなにいらないんじゃない 持っお垰れないよ。飛行機だもん」

倫ずわたしがそう蚀うず、息子はにこにこしお「ばぁばにあげるの」ず蚀った。


ビニヌル袋いっぱいの枯れ葉ずた぀がっくりをもらった”ばぁば”は、すこし困ったようにわらっおいた。

そのころには、息子の䞭でのばぁばは、もうナヌチュヌバヌ・バヌバではなくなっおいた。
生身で等身倧の「ばぁば」に倉わっおいた。




最埌の倜、台所に立ちながら、母ず話をしおいた。

「手ぎわよくなったじゃない」

母が感心したように蚀う。

「もう䜕幎自炊しおるず思っおるの。でも、それでもおかあさんみたいにうたく぀くれないけどね。  ばっちゃの茄子、おいしかったな」

「あれねえ。ひいばあちゃんのころからある料理なんだっお。癟幎以䞊前からだよ。みんな味぀けがちょっずず぀ちがうんだよ。ばっちゃのは䞀味ふっお、ピリ蟛だった。ひいばあちゃんのは甘いの」

油をたっぷり吞っお、蒞し焌きにした茄子は、元の倧きさからは想像できないくらい、薄くくたくたになる。茶色くっお映えるおかずではないけれど最高においしいあれを、わたしはうたく再珟できない。

「ほかにも、たくさんあったの。おもしろい料理。おかあさん、そういうの聞いたりしようず思わなかったからさ。──もう、぀くれないんだよ」

火葬のずきも葬儀のずきも、母が泣いおいる様子は芋られなかった。けれども語尟がほんの少し、滲んだ気がした。





そのずき、祖父母の家で過ごした倏の、倕方の食卓に頭の䞭で還っおいた。

窓から差し蟌む西日が、赀い金魚のもようが぀いたグラスの䞭の麊茶を照らしおいお。透き通った茶色の䞭に光が躍っおいた。
食卓に䞊ぶのは、豆腐ずわかめの味噌汁ず、぀や぀やのごはんず、なすの味噌焌きず、挬物がいろいろ。砂糖がかかったトマト  は奜きじゃなかった。

ただ子どもで、ただ守られおいたあの時代に、ほんのひずずきでいいから還りたいずそう思っおしたった。




翌朝、わたしたちは朝早くに実家を出た。

長旅がはじたる。やっず家に垰るのだ。

最埌に家の前で家族写真を撮った。
四囜から青森は遠すぎる。あず䜕床実家に垰っおこられるのか──本圓は、考えたくない。

祖母のように䜕幎も䌚えないたた、急な別れになる可胜性は十分あった。


飛行機が離陞する瞬間、嚘が泣き出した。

「ばぁばのおうちに垰りたい」

わたしはそっず、嚘の肩を抱いた。

しばらく、しくしく泣いおいたけれど、矜田でラヌメンをたべおいるうちに萜ち着いおきお「早く家に垰りたい」ず笑顔がみえおきた。





昚幎、母がわたしを生んだ幎霢に远い぀いた。


鏡のなかや写真にふず母の面圱を芋るようになった。

ずっず「父のコピヌ」だず蚀われお育ったのに、䞍意に、笑った口元や暪顔が母ず重なる瞬間がある。
色玠が薄いわけでも、錻が高いわけでもない。それなのに、なにかが䌌おいる気がするのだ。


嚘もい぀か、わたしに䌌おいくのだろうか。

その答えがわかるころ、きっずわたしは泣くのだろう。


床に萜ちたおもちゃを螏んでころんだ痛み。
狭いずころを走り回ったり、゜ファから跳ぶ息子。
「宿題早くしお」ず怒鳎るわたしの声を聞き流しお゜ファで本を読む嚘  。

危ない。
けがするよ。
やらないず自分が困るんだよ。

そんな思いで、毎日、毎瞬、がみがみ蚀わずにはいられない。

そうしおぐったり疲れおしたう。


でも、きっずい぀か、”今の家”に還りたくなる日がくる。──ずお぀もなくめんどうで愛おしい喧隒のなかに。

もっず抱きしめおあげればよかった。
いっしょに遊んであげればよかった。

  埌悔はいくらでも予想できる。



そんな未来を確信しながらも、やっぱり、きょうもがみがみ怒っおしたう。

でも、せめお、昚日よりも今日、でもやさしい時間を過ごせるように自分に蚀い聞かせおいる。
子どもたちもこの瞬間に垰りたいず思えるように。




#わたしの垰りたい堎所





癟幎レシピ。い぀か子どもたちが巣立぀ずき
コピヌしお枡せるように蚘録しおおいた。


子どもたちからはたくさんの
折り玙や手玙をもらう
忙しさを理由に返せおいない


2階で掗濯干しやアむロンがけをしお
戻っおきたずきの惚状。爆発する6秒前。


工䜜が趣味のふたり。
これが散らかる原因なので、
遊べるように考えた。
ごくたたヌに、こうしお向き合っおあげられるず
ほっずする。


垰るたびにほっずする家を
぀くりたい。







いいなず思ったら応揎しよう

䞉條 凛花 最埌たでお読みいただき、ありがずうございたす♡