その丸の向こう側|#シロクマ文芸部
小さな手が、ハサミを握っている。
四歳の娘がいま、夢中になるもの。
チョキ。チョキ。チョキ。
少し前までは、一度切るたびに刃を大きく開き直していが、紙を少しずつ動かしながら、続けて切れるようになってきた。
「みて。じょうずでしょ」
得意そうな声に、成長を喜ぶより先に、私は娘の指先を見てしまう。
紙を持つ手が、刃に近すぎないか。
勢い余って、服や髪まで切らないか。
ハサミを持ったまま、急に立ち上がらないか。
「ゆっくりね」
「おてて、気をつけて」
「ハサミを持ったまま歩かないでね」
私が何度も声をかけるので、娘はとうとう顔を上げた。
「ママは、あっちいってて」
困った。
ひとりでやってみたい気持ちは、わかる。
けれど、そう言われたからといって、本当に目を離せるわけではない。
私は一歩だけ後ろへ下がった。
娘の言う「あっち」が、どのあたりなのかわからないふりをして。
娘はふたたび、ハサミを動かし始める。
チョキ、チョキ。
紙を回しながら、慎重に。
ときどき角ばり、ときどき大きく曲がりながら、切り口は少しずつ最初の場所へ戻っていく。
やがて、紙からひとつの丸が生まれた。
きれいな円ではない。
少しでこぼこしていて、端には小さな角も残っている。
それでも娘は、満足そうに丸を掲げた。
「じょうずでしょ?」
「うん。じょうずだね」
そう答えると、娘は切り抜いたあとの穴から、こちらをのぞいた。
丸い窓の向こうで、うれしそうに笑っている。
できることが増えるたび、娘は私に「あっちへ行って」と言うようになるのかもしれない。
そして私は、そのたびに一歩ずつ下がっていく。
危ないときには手を伸ばせるくらい近く。
けれど、娘が「ひとりでできた」と思えるくらい遠く。
そのちょうどよい場所を、私はまだ知らない。
だから今日も、切り落とされた小さな紙くずを拾いながら、いびつな丸の外側にいる。
「もういっこ、つくるね」
娘の手が、またハサミを開く。
私は口を出しそうになるのをこらえて、ほんの少しだけ、もう一歩下がった。
あとがき
小牧幸助さんの企画、「小さな手」からはじまるnoteに参加しました。
#シロクマ文芸部
ハサミに夢中な四歳の娘。
上手になってうれしい気持ちと、まだまだ目を離せない気持ち。その間で、母も少しずつ「見守る練習」をしているところです。
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