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バッタを散歩させたころ|ビンゴエッセイ

「死ぬの、怖い」

今日、4歳の娘が、ふいにそう言った。

娘の口から出てきた「死」という言葉に、私は驚いた。

救急車も怖いのだという。幼稚園で何かを聞いたのだろうか。それとも、いつの間にかテレビや絵本のなかで知ったのだろうか。

娘の小さな胸のなかで、「死」はもう、怖いものとして形を持ちはじめているらしい。

そういえば、幼いころの私は残酷だった。

バッタをつかまえると、おなかに紐を巻きつけて、犬のように散歩をさせていた。

バッタが跳べば、私もあとを追う。

けれど、たまに強く引っぱりすぎて、おなかを潰してしまうことがあった。

動かなくなったバッタを前に、私は何を思っていたのだろう。

悲しかったような気もするし、しばらく眺めたあと、また次の遊びへ向かったような気もする。

アリを、水の入ったバケツに入れたこともあった。

アリは、意外と泳げる。

水面でもがきながら、懸命に岸を探しているように見えた。

今思えば、命を使った実験だった。

それでも当時は、自分が残酷なことをしているという自覚は、あまりなかった。

生きている。

動かなくなる。

逃げる。

捕まえる。

幼いころの生と死は、今よりずっと手の届くところにあった。

虫を捕まえ、触り、ときには傷つける。その経験のなかで、命が消える瞬間にも出会っていた。

けれど、自分がいつか死ぬことについては、あまり考えていなかった。

死が怖くなかったのではない。

まだ、自分の死を想像できなかっただけなのかもしれない。

一方、娘はまだ、バッタのおなかに紐を巻いたことも、アリを泳がせたこともない。それでも、言葉から死を知り、「怖い」と感じている。

命を知る順番は、人によって違うのだろう。

今度、娘とバッタを見つけたら、捕まえるだろうか。

小さな手のひらに乗せたあと、きっと紐は巻かずに、草むらへ返す。

ぴょん、と跳んでいく後ろ姿を、娘と一緒に見送ってみたい。

死ぬのが怖い娘と、かつて命を乱暴に扱った私とで。

「生きているね」

そんな当たり前のことを、確かめるように。


喜木 拝

#ビンゴエッセイ

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今回のテーマは「バッタ」

テーマ「かき氷」はこちら👇


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