誰も開催していない、読書量コンテスト
月が変わると、Xのタイムラインに本が並ぶ。
「先月読んだ本」という言葉とともに、十冊、二十冊、ときにはそれ以上の表紙がきれいに並んでいる。
大学を舞台にした青春小説。バレンタインのレシピ本。嘘と怨念が渦巻くミステリー。ライターの仕事術に、喫茶店のモーニングを紹介する雑誌、おとしものを探す物語まで。
色とりどりの表紙を眺めているだけで、世界には読みたい本がこんなにあるのだとわくわくする。
その一方で、胸の奥が少しだけ焦る。
本をたくさん読む人を否定したいわけではない。投稿をきっかけに、次に読みたい本と出会うことも多い。ただ、誰かの楽しい読書記録を、自分を責める材料に変えているのは私自身だ。
みんなは、こんなにたくさん読んでいる。
それに比べて、私は何冊読めただろう。
誰も競ってなどいないのに、私は勝手に「読書量コンテスト」へ参加し、勝手に負けた気持ちになっている。
告白すると、私は読書記録が続いたためしもない。
手書きのノート、ブクログ、読書メーター。何度も「今度こそ」と始めては、いつの間にか止まっている。記録だけを見れば、なかなか立派な黒歴史だ。
司書として本に囲まれ、noteで本について書いているのに、自分の読書さえきちんと管理できない。そんな後ろめたさも、少しだけあった。
そんな私が最近、四歳の娘と毎日のように読んでいるのが、『ドーナツペンタくん』。
「今日も、これ!」
同じ絵本を差し出され、また読むのかと思う日もある。けれど、娘は飽きない。ページをめくる前から次の場面を覚え、声や身ぶりまでつけて楽しんでいる。
司書の私は、つい「別の本も読んでみない?」と勧めたくなる。せっかく世の中には数え切れないほどの本があるのだから、いろいろな物語と出会ってほしい。
けれど、娘にとって「同じ一冊」は、私が思うほど同じではないのかもしれない。声の調子を変え、絵の小さな違いを見つけ、昨日とは別のところで笑う。読むたびに、少しずつ物語の奥へ進んでいる。
先日、娘とプールへ行った。
すると娘は、絵本の中のペンタくんになりきって、覚えた動きを次々と再現し始めた。まるで、小さな女優だった。
その姿を見ながら、何度も読んだ物語は、同じ場所をぐるぐる回っていたのではないのだと気づいた。
ページの中にいたペンタくんは、娘の中へ入り、とうとう本を飛び出して、プールまでついてきたのだ。
一冊を十回読むことは、十冊を一回ずつ読むことより少ないのだろうか。
読んだ冊数を数えることはできても、その本がどこまで暮らしに入り込んだかは、数字にはできない。
もしかすると私は、本を読んだ証拠を残そうとして、いちばん大切なものをどこかに落としていたのかもしれない。
今月、私は何冊の本を読んだだろう。
正確には答えられない。
けれど、一冊の絵本が娘と一緒にプールで泳いだことなら、きっと忘れない。
誰も開催していない読書量コンテストから、私はそろそろ降りてもいいだろう。
(本文1,205文字)
あとがき
「チャレがや杯2026」に参加します。
13個のキーワードから2語以上を使用する企画ですが、せっかくなので、本文にすべての言葉を入れてみました。
『①モーニング ②ライター ③バレンタイン ④黒歴史 ⑤コンテスト ⑥告白 ⑦女優 ⑧大学 ⑨月 ⑩プール ⑪嘘 ⑫怨念 ⑬おとしもの』
娘が『ドーナツペンタくん』を気に入り、毎日のように読んでいることも、プールでまねをして遊んだことも、実際の出来事です。
月初めにたくさんの読書記録を目にすると、つい自分の読書量と比べてしまいます。
けれど、一冊を何度も読み、暮らしの中でもう一度遊びなおすことも、きっと豊かな読書です。
このエッセイを書きながら、私自身も、誰も開催していないコンテストから少し降りられた気がします。
楽しい企画をありがとうございます!
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