待ちぼうけさえ、青春だった。
「待ちぼうけ」をしていたのは、歌のなかの主人公だけではなかった。
大学時代、友人とカラオケでサクラメリーメンの『待ちぼうけ』を歌っていた私も、たぶん何かを待っていた。
大人になれば始まるはずの、私の「本当の人生」を。
「待ちぼうけ」と聞いて、私が真っ先に思い出すのは、童謡ではなく、サクラメリーメンの歌だ。
かつて思い描いていた輝く未来と、現実の自分とのあいだで立ち尽くす歌。
理想の人生を諦めたくない。
いつか誰かと出会い、愛し、愛されたい。
それなのに、自分から何かを変えるより、運命のほうから迎えに来てくれることを願ってしまう。
そんな自分の身勝手さに気づきながら、それでも、まだ見ぬ誰かを待ち続ける。
少し情けなくて、格好悪くて、だからこそ、ひどく人間らしい。
恋の歌なのに、私には人生の歌のようにも聞こえていた。
もっとも、大学生だった私は、そんなに深く歌詞を読み解いていたわけではない。
イントロが流れれば、画面に映る歌詞を追い、マイクに向かって声を張り上げる。
歌い終わったら、次の曲を入れる。
友人の歌を聴きながら、笑ったり、合いの手を入れたりする。
ただそれだけの時間が、楽しかった。
あの頃の私にとって、未来は近いようで、まだ遠かった。
卒業したら。
就職したら。
誰かに出会ったら。
いつか私は、ちゃんとした大人になれるのだと思っていた。
今いる場所は、まだ仮の場所。
今の自分は、まだ途中の自分。
本当の人生は、もう少し先にあって、私はその始まりを待っている。
そんな気がしていた。
けれど、未来には待ち合わせ場所も、約束の時間もない。
ある日突然、扉が開いて、本当の人生が始まるわけではなかった。
今日が明日になり、明日がまた次の日になっていく。
そうして振り返ったとき、いつの間にか、自分がかつて待っていた未来のなかに立っている。
あれから、ずいぶん時間がたった。
私は図書館で働き、結婚して、娘を育てている。
大学生だった私が今の姿を見たら、「ちゃんと大人になったんだね」と驚くかもしれない。
けれど、思い描いていた理想の自分になれたのかと聞かれたら、少し黙ってしまう。
今も、書きたいものがある。
叶えたい夢がある。
大人になれば、もう何かを待つことはなくなると思っていた。
けれど人は、ひとつの未来にたどり着いても、また次の未来を待ち始めるらしい。
ただ、あの頃とは少しだけ、待ち方が変わった。
文章を一行書く。
本を一冊開く。
書いたものを誰かに届ける。
待っているだけではなく、待ちながら、自分から少しずつ歩いていく。
運命が迎えに来るのを待つのではなく、こちらから待ち合わせ場所へ向かうことを覚えた。
今、『待ちぼうけ』を聴くと、薄暗いカラオケボックスの空気がよみがえる。
画面に流れる歌詞。
手に持ったマイク。
隣にいた友人。
まだ何者でもなかった私。
もし、あの頃の自分に声をかけられるなら、「未来はちゃんと来るよ」とは言わない。
未来は、どこかからやって来るものではないから。
あなたが笑ったり、迷ったり、友人と歌ったりしている今日が、少しずつ未来になっていくのだと伝えたい。
そして、その時間を、どうか覚えておいて、と。
未来ばかりを待っていたその日々が、いつか、もう戻れない青春になる。
待ちぼうけさえ、青春だったと気づく日が来るから。
喜木 拝
あとがき
凛花さんのビンゴエッセイ企画のお題「待ちぼうけ」から、サクラメリーメンの同名曲と大学時代の記憶を綴りました。
音楽は、時間を閉じ込めた栞のようです。
久しぶりに聴けば、あの頃の私が、記憶のページからそっと顔を出します。

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