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悲しきガストロノームの夢想(86)「美味しいなぁを探し求めて-アジャンタの味」

 産声をあげ母の乳房にくらいつきながら母乳を吸っていたころから現在まで、無数の食に出会ってきました。「美味しいなぁ」と心から思った食も数限りないのですが、四六時中、そのすべての「美味しいなぁ」な食のことをすべて脳裏に浮かべているわけがなく、その多くが脳裏の深い淵の底で眠っていると思っています。
 ただ、突然、なんでもないきっかけや、きっかけさえ曖昧なタイミングで、その深い淵の底に眠っていた「美味しいなぁ」な食が甦ることがあります。
 数日前のこと、そのように甦ってきたのが、東京の麹町に老舗インド料理店「アジャンタ」で愉しんだインド料理の数々でした。あります私が20代後半のころ、千代田区一番町で働いていて、ランチにはよく「アジャンタ」に行ったものでした。当時は、その向かい側に日本テレビがあり、放送局関係者も数多くいらっしゃったのを覚えています。
 なかでも、私が好んで食べたのが、ミンチ状のカレー「キーマ マター」(鶏ひき肉とグリンピースのカレー)、ひよこ豆のカレー「チャナ マサラ」(北インド風の濃厚なひよこ豆カレー)、そしてテーブルに置かれている辛い玉ねぎ「玉ねぎのアチャール(インド風の漬物・ピクルス)」でした。ナンとライスを注文し、ヒィーヒィー言いながら食べたあの味は忘れもしません。
 ならば、東京の麹町へ行って食べればいいのですが、いまは、湘南・片瀬江ノ島に住んでいる身。わざわざ小田急と地下鉄を乗り継いで行くのも大変なのです。じゃあ、甦った「美味しいなぁ」な食など忘れればいいんじゃないか?と言われても、その踏ん切りはなかなかつくものではありません。
 この「悲しきガストロノームの夢想」シリーズや、拙書「魚の話話の魚」を読んでいただいている方はお分かりになるかと思いますが、私は食に関しては、なかなか引き下がらない性格なのです。
 じゃあ、どうしたかというと、自分で調理しました。和洋中の調理では数種類のスパイスしか使いませんが、「キーマ マター」、「チャナ マサラ」そして「玉ねぎのアチャール」の三種類とはいえ十数種類のスパイスを屈指するので、スパイスをどのタイミングで使うか、そしてどれだけの量を使うかは、とても微妙な感覚が求められます。
 例えば、ミンチ状のカレー「キーマ マター」(鶏ひき肉とグリンピースのカレー)。その最初は熱した油にテンパリング(香りを移す)します。マスタードシードとクミンを入れ、パチパチと弾ければ、残りのホールスパイス(赤唐辛子、ローリエ、クローブ、シナモン)を加え弱火でじっくり香りを油に移します。この一番最初の工程から、スパイス屈指勝負が始まっています。ひよこ豆のカレー「チャナ マサラ」(北インド風の濃厚なひよこ豆カレー)もまた、その一番最初は、鍋に油をひき弱火でクミンシードを炒め、シュワシュワと泡立ち良い香りがしてくるまで加熱します。なんでもない第一手ですが、油の温度やクミンシードのシュワシュワ泡立ち感には、調理神経を研ぎ澄ませます。
 この調理工程に入る準備段階から完成形を食べ、「美味しいなぁ」と笑みをこぼす自分を描くのは大切なことで、食材やスパイス類をテーブルに並べて準備する段階で、私はすでに、アジャンタで食べて愉しんだ、あの味を味蕾で思い出しながらニコニコしています。
 さて、全工程を終え完成するわけですが、味覚だけでなく、嗅覚の記憶や視覚の記憶で、この完成した「キーマ マター」、「チャナ マサラ」そして「玉ねぎのアチャール」の出来栄えがある程度分かります。これは不思議なもので、人間とは全感覚で物事を捉えているのだなぁと、改めて感慨深げになる私です。
 さて、結果は、総合点で95点ぐらいでした。残り5点は、スパイスの微妙な量。多くすればいいわけではなく、少な過ぎてもいいわけではありません。おそらく、その日の気候や体調などを総合的に踏まえて、スパイスの微妙な量を調整するのが、インド料理の真髄なのかもしれませんね。医食同源という言葉がありますが、その日その日の体調で一番美味しく感じられるスパイスの量というのがあるようです。
 こうして十数種類ものスパイスを屈指して、「キーマ マター」、「チャナ マサラ」そして「玉ねぎのアチャール」を調理していると、インドの民家のお母さんたちは、もはや目分量でさっさと調理しているのだろうなぁと想像してしまいます。日本でも、卵焼きやお味噌汁などをさっさと調理するお母さんたちがいるようなものですね。小さな頃から、お母さんの調理を見て学び、やがて自分で調理を始める。気づけば、絶対的な料理感みたいなものが身についていて、その日その日の天候なども察知し、どのスパイスをどれぐらいの量にし、どのタイミングで入れるか…等々、自然と手が動くような感じです。もちろん、インド料理店の料理人もまた、外食のプロとしてそうした料理感を研ぎ澄まし自分のものにしているのでしょう。
 私も、私なりにそうした料理感はある程度持っているのですが、これからも、美味しいなぁを探し求めながら、料理感を研ぎ澄まし、日々の生活を営むだろうと思っています。さて、アジャンタの味の探求ですが、当分続きそうです。我が家のキッチンはインドの香りが立ちこめるんでしょうね。ちなみに、クミンシードを油で炒めているとき、あの香りはまさにインドそのものでした。中嶋雷太 

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