渋谷の段ボール事件が暴いた犯罪抑止の死角
渋谷の路上で、段ボール箱をかぶった女性が通行人に話しかけた。「箱の中に何が入ってるか、触って当ててみて」。約40人が手を伸ばした。その手が触れたのは、女性の胸だった。 動機を問われた被疑者の答えは、たった一言だった。 「バズると思って」。 この一言を聞いて、多くの人は「理解不能な異常者の論理」として処理する。その瞬間、本当に重要なことが見えなくなる。

問うべきは「なぜこんな人間が」ではない
問い方を変えよう。「なぜこんな人間が存在するのか」ではなく、「なぜこの計算が成立したのか」だ。 犯罪抑止の古典的モデルは、18世紀の功利主義者ベンサムが整理した構造に今も基づいている。人間は合理的に計算する——刑罰の重さ×逮捕される確率<犯罪による利得、この式が成立するとき犯罪は起きる。逆に言えば、刑罰を重くするか逮捕率を上げれば犯罪は抑止できる——これが現代の刑事政策の基本前提だ。 だがこの事件では、その式に新しい変数が入っている。 「バズり期待値」だ。
数字で見ると抑止モデルが機能しない理由が見える
動画1本で稼いだ収益: 約2,000万円
容疑: 東京都迷惑行為防止条例違反(書類送検)
被害者数: 約40人
書類送検は起訴より格段に軽い処分だ。前科がつくかどうかも確定していない段階で、すでに2,000万円の収益が手元に存在した。古典的な計算式に当てはめると、この犯罪は「割が良い賭け」として成立してしまっていた。 「金が目的だっただけ」——そこで止まると、また重要なものを見落とす。もっと根深い構造がある。
認知の順序が逆転している
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