お金が動く前に、もう始まっている
経済、
という言葉がある。
お金。
売上。
給料。
価格。
投資。
そういうものを思い浮かべる。
たしかに
経済はお金の動きとして見える。
いくら払ったのか。
いくら受け取ったのか。
どれくらい増えたのか。
それは分かりやすい。
でも、
それだけでは
見えないものがある。
説明があっても
決まらないことがある。
比較できても
選ばれないことがある。
共感していなくても
何かが動くことがある。
お金が動いているのに
渡っているものが
金額だけではないことがある。
そういうことを見ていると、
これは本当に
経済の話なのだろうか、
と思うことがある。
人の感じ方の話。
働き方の話。
関係の話。
場の話。
そう言ったほうが、
近いようにも見える。
でも、
人が動く。
時間が渡る。
信用が生まれる。
誰かの言葉で、
別の誰かの行動が変わる。
そこにお金が重なり、
仕事になり、
商品になり、
関係が続いていく。
それを経済ではない
と言い切ることもできない。
もしかすると、
私たちは経済を、
お金が動くところだけで
見ていたのかもしれない。
お金が動く前に、
人が動いている。
人が動く前に、
何かが反応している。
その反応が、
関係を変える。
関係が変わると、
渡るものが変わる。
渡るものが変わると、
お金の意味も変わる。
そう考えると、
レゾナント資本主義という言葉で
拾おうとしていたものは、
これまで経済と呼んできたものの、
さらに手前にある動きなのかもしれない。
お金になる前の動き。
価値になる前の反応。
交換になる前の関係。
そこまで見ようとしたとき、
経済は、
お金が動く前から
もう始まっているのかもしれない。
── 観測ログ
