創作が苦しい君へ
バズりたい。
理解されたい。
認められたい。
こういう悩みを抱えたクリエイターの話を、最近よく耳にします。
そして正直、この気持ちはとても自然だと思います。
なぜなら、人間の脳はそもそもそういうふうに作られているからです。
ただ、ここでひとつ視点を俯瞰してみたいんです。
理解してほしい、を一度だけ横に置いて
世界は何を求めているんだろう、を先に見に行く。
これは媚びることでも、迎合することでもありません。
世界と自分の間に橋をかける作業です。
人はなぜ、音楽や芸術やエンタメを求めるのか
精神論ではなく、構造の話をします。
難しい話をしたいわけじゃなくて、自分を責めないための説明です。
人間の脳は、進化の長い歴史の中で
生き延びるために、集団の中でうまくやるために最適化されてきました。
だから多くの人は、作品に対して無意識にこういうものを求めます。
安心したい
安全を確保したい
自分の味方が欲しい
孤独や不安を代弁してほしい
共感したい
否定されたくない
コミュニティに所属したい
そして脳は、思考のコストをできるだけ下げたがります。
知らないもの、難しすぎるものは、悪意なく受け入れにくい。
慣れ親しんだ型やノリに、快感を得やすい。
さらに言うと、現代はドーパミンの罠が濃い世界です。
刺激、報酬、競争、比較、承認。
SNSの構造は、これを最大まで加速させます。
ここまで読むと、少し冷たく感じるかもしれません。
でも本当は逆で、ここに救いがあります。
バズらないのは、あなたの価値が低いからではない
作品が届かない時、つい自分を責めたくなります。
センスがないのか
才能がないのか
自分は終わりなのか
でも多くの場合、それはあなたの人格や才能の問題ではなく
世界側の受け取り方のクセと、環境の設計と、タイミングの問題です。
つまり、あなたのせいじゃない部分がかなり大きい。
むしろ、あなたが苦しいのは
真面目に作っているからです。
本気で伝えたいものがあるからです。
独りよがりな作品がバズりづらい理由
ここは誤解されやすいので、丁寧に言います。
理解してほしい気持ちが強い作品がダメ、という話ではありません。
問題は、「理解してほしい」が先頭に立ちすぎると
受け手の心の扉の開け方が抜け落ちやすい、という点です。
多くの人は、自慢話や過去の栄光を語る人よりも
話を聞いてくれる人
理解してくれる人
否定せず寄り添ってくれる人
を好きになります。
作品も同じです。
自分のために歌ってくれている気がする
この作品は自分の味方だ
この世界に居場所がある気がする
そう感じたとき、初めて人は作品を好きになります。
世界を理解することは、人を騙すためじゃない
ここがいちばん大事です。
世界の仕組みを知ると
人を操作してバズらせる技術、みたいな方向に行けてしまうことがあります。
でも本来は違います。
世界を理解することは
需要を満たすためです。
誰かの心の穴を、あなたの表現でそっと埋めるためです。
世界を理解することは
自分と世界をつなぐ架け橋をかけることです。
橋があると、行き来できる。
あなたの内側から外へも行けるし、外の声があなたに届くようにもなる。
俯瞰する。焦りを弱めるための技術
クリエイターがしんどくなる時って
作品そのものより、環境のノイズで削られていることが多いです。
数字
比較
評価
誤解
無関心
だからこそ、俯瞰が効きます。
今、自分は何を作っているのか
誰に届けたいのか
その人は今、どんな気持ちで生きているのか
その人の脳は、何に安心し、何に疲れているのか
この問いに戻るだけで
創作は説教から離れて、寄り添いに戻ることができます。
楽しく創作を続ける。そのための現実的な方針
焦らず。
愚痴らず。
楽しく続ける。
これを精神論にしないために、現実的に言い換えます。
「楽しい」を伝え続ける仕組みを作る。
期待値を、バズから継続へ置き直す。
反応が薄くても、作品をゼロ扱いしない。
小さくてもいいから、コミュニティを育てる。
大きな海で一発当てるより
小さな港を作って、そこに灯りを点ける。
ニッチでも、濃い場所には価値が生まれます。
そこに居場所が生まれます。
あなたの作品が、誰かの生活の一部になります。
それは派手な爆発じゃないけど
長く続く火です。
あなたの創作は、世界のどこかの命綱になっている
あなたが思っているより
この世界は、疲れている人が多いです。
だから作品に
安心を求める。
味方を求める。
代弁を求める。
その需要は、消えません。
むしろ増えています。
あなたが世界を理解しようとするとき
あなたの表現は、独り言から、誰かへの手紙に変わります。
バズらなかったとしても
それはあなたのせいじゃない。
でも、橋をかけ続けた人の作品は
静かに、確実に、誰かに届きます。
焦らなくていい。
あなたのペースでいい。
今日も作っている。
それだけで、もう十分に強いのです。
