TVアニメ『天幕のジャードゥーガル』第7幕「兄弟」感想と考察~始まった女たちの暗闘とモゲの耳飾り
TVアニメ『天幕のジャードゥーガル』第7幕「兄弟」を見ましたので、今回も感じたことや気づいたこと、興味を引かれた点などをいろいろと語っていきたいと思います。
チンギス・カン亡き後の「兄弟」
第7幕のサブタイトルは「兄弟」。これは言うまでもなく、チャガタイ、オゴタイ、トルイの三兄弟を指しています。長男のジュチは、父チンギス・カンが亡くなる少し前にすでに他界していました。
チンギス・カンという巨星が落ちた今、この国はもっとも脆い状態にある――。そう考えたソルコクタニは、シタラにチャガタイの動静を探るよう命じていました。そして、その密偵活動の過程で、シタラはドレゲネと運命的な出会いを果たします。
シタラが注目したのは、チンギス・カン亡き後のモンゴル王家に生まれた「権力のねじれ」でした。
大カアンとなったオゴタイ。そのオゴタイを支えるチャガタイ。そして、強大な軍事力を受け継いだトルイ。
三兄弟は協力して帝国を支えているように見えます。しかし、その間に楔を打ち込めば、モンゴル帝国を内部から崩壊させることができるのではないか。シタラはそう考えます。
「大丈夫、今の私ならわかる。何をしたらいいか。覚悟しなさい、モンゴル」
ドレゲネという有力な後ろ盾を得たシタラは、ムハンマドの言葉を胸に、モンゴルへの復讐に向けて強い決意を固めていきます。
ここで、チンギス・カン亡き後のモンゴル帝国がどのような勢力関係にあったのか、少し整理しておきたいと思います。
チンギス・カン一族と「ウルス」
チンギス・カンは生前から、息子や弟たちに人々・軍隊・牧地などを分与していました。特に西方には息子たち、東方には弟たちのウルスを配置するという大きな構造がありました。
「ウルス」とは、チンギス・カン一族に分け与えられた人々・軍隊・牧地・家畜・徴税権などをまとめた支配単位のことです。単純な「領土」ではなく、そこに属する遊牧民や軍団、都市から得る収入まで含む、いわば王族ごとの「領国」に近いものでした。
1227年から1230年代、ジュチ家は西方草原、チャガタイ家はカザフスタン南東部からキルギス、新疆方面、オゴタイ家はアルタイ山脈からジュンガル盆地方面、トルイ家はモンゴル高原中央部にそれぞれウルスを持っていました。
さらにチンギス・カンの弟テムゲら皇弟家は、モンゴル高原東部から現在の中国東北部方面に領地を持っていました。

つまり、チンギス・カン亡き後のモンゴル帝国は、大カアン一人がすべてを直接支配する国家というより、大カアンを中心に有力な王族たちがそれぞれのウルスを持つ「王族連合」としての性格が強かったわけです。
オゴタイが目指す新しいモンゴル帝国
そしてクリルタイでは、今後のモンゴル帝国の進むべき道が話し合われます。そこでオゴタイが突然口にしたのが、「都を造ろうと思う」という言葉でした。これには一同、驚きと戸惑いに包まれます。
モンゴル族は基本的に遊牧民です。都市を築き、そこに定住するという発想は、彼らの伝統的な生活とは大きく異なります。しかしオゴタイが求めていたのは、モンゴル人がそこで暮らすための都市ではありませんでした。武器や宝物を作る職人を集め、外国の商人たちが行き交い、帝国各地から人や物が集まる場所――いわば巨大な交易と生産の拠点を造ろうとしていたのです。
この構想が、後のモンゴル帝国の首都「カラコルム」の建設へとつながっていきます。
カラコルムの地には、すでにチンギス・カン時代から軍事・兵站上の拠点が置かれていましたが、オゴタイの時代になると本格的な都市建設が進められ、1235年頃には宮殿や城壁が築かれます。
ただし「首都」といっても、北京やバグダード、サマルカンドのような巨大都市だったわけではありません。むしろオゴタイが語っていたように、モンゴル帝国が征服地から集めた人材・技術・宗教・商品が交差する国際的な拠点となっていました。
一方、モンゴル人の多くは依然として周囲の草原で遊牧生活を送り、大カアン自身も一年中宮殿の中で暮らしていたわけではありませんでした。
遊牧国家でありながら、世界各地の人・物・技術を結びつけるために都市を利用する。ここに、オゴタイが目指した新しいモンゴル帝国の姿が見えてくるように思います。

次なる戦い
話をクリルタイに戻しますが、トルイはオゴタイの考えに賛同しながらも、次の戦いについて、オゴタイに意見を具申します。標的は金の首都開封です。
金は女真族によって建国され、12世紀には華北から満州にかけて広大な領土を支配していました。しかしモンゴルの台頭によって次第に領土を失い、1220年頃には河南地方(黄河の南)を中心とする地域を残すのみとなっていました。トルイは首都開封を攻め、金を滅ぼそうというのです。
そして、クリルタイでの話をドレゲネから聞いたシタラは、再びモンゴル王家の勢力関係に目を向けます。
開封攻めの中心となるのはトルイ軍であり、必ず勝利するだろうとシタラは考えます。そうなれば、ただでさえ強大な軍事力を持つトルイ家の発言力は、さらに増していきます。一方、その状況を良しとしない勢力が当然でてくる。その不満を利用し、複数の勢力を結びつけることができれば、モンゴル帝国は分裂し、やがて崩壊する――。シタラは、そこに復讐への道を見いだします。
シタラの策謀を予見するボラクチン
しかし、その危険性に気づいていた人物はシタラだけではありませんでした。オゴタイの第一皇后、大カトゥン・ボラクチンです。
ボラクチンの人物像については、史料にあまり残されていません。オゴタイの妃たちの中で最も年長であること、ボラクチンと推定される人物が儒書・医書・陰陽などを網羅する『道蔵』の刊行を支援したことが「紫微宮懿旨碑」に記されているくらいです。

作中では、現在のモンゴルの現状をよく認識している聡明な人物として描かれています。ボラクチンは、兄弟たちの間に大きな力の差が生まれれば、そこにつけ込み、仲違いさせようとする者が必ず現れると警戒していました。
そこでボラクチンが目をつけたのが、若く、人から好かれるモゲでした。自分はすでに老いている。だからこそモゲに、自分に代わって王族たちの間を動き回り、モンゴルの諸勢力を一つにつなぎとめてほしいと託します。
ここに、面白い構図が生まれます。ドレゲネとシタラは、モンゴル王家の亀裂を広げようとする。一方のボラクチンとモゲは、その亀裂を埋め、帝国を一つにまとめようとする。男たちが戦いに明け暮れる背後で、女たちによる静かな政治的駆け引きが始まろうとしていました。
モゲの耳飾り
今回、特に興味深かったのがモゲの耳飾りをめぐるエピソードです。この話は、ほぼそのまま史料に残っている有名な逸話が元になっています。 原作者のトマトスープさん自身も、第7幕放送後に「モゲの耳飾りの話は好きな逸話だった」とコメントを残されています。
元になったのは、13世紀のペルシア人歴史家ジュヴァイニーの『世界征服者の歴史』に記された話で、おおよそ次のような内容です。
あるときオゴタイが狩りに出ていると、貧しい男が二、三個のメロンを持ってきました。しかし、その場に褒美として渡せる金品がなかったため、オゴタイは同行していたモゲに、耳につけていた二つの真珠を男へ与えるよう命じます。

モゲは「この男には真珠の価値が分からない」と反対しますが、オゴタイは「いずれ戻ってくる」と言って渡させました。すると後日、その男から真珠を買った人物が、それを珍しい宝物としてオゴタイに献上し、本当に宮廷へ戻ってきたのです。
この逸話は、本来はオゴタイの寛大さや、財物に執着しない大カアンとしての器の大きさを示す話として伝えられています。
ジュヴァイニー自身、オゴタイを非常に高く評価しており、こうした逸話をいくつも残しています。
「耳飾り」が示すモンゴル帝国のもう一つの顔
本作では、この逸話からさらに意味を広げ創作が加わっています。モゲの耳飾りは、ウイグル方面からホラーサーンの商人へ渡り、広大なモンゴル帝国の交易網を巡った末に、再びオゴタイのもとへ戻ってきます。

さらに商人は、「以前より安全に旅ができる」「今はモンゴルが一番儲かる」と語り、オゴタイが耳飾りを通して、自分の交易政策が機能していることを確認するような構成になっています。
もちろん、「耳飾りによって帝国の物流網を確認した」という部分まで史料に書かれているわけではありません。原話で強調されているのは、あくまでオゴタイの寛大さや貧しい者への配慮です。
これはかなり巧い史実の使い方だと思いました。第7幕では、冒頭でチャガタイがオゴタイの「寛大さ」を評価する場面があり、その後もオゴタイ自身が寛大さについて考える描写があります。
そこに耳飾りの逸話が重なることで、オゴタイという人物が単なる征服者ではなく、人を惹きつけ、財を惜しまず、人や物の流れを活発にしようとする統治者として描かれているのです。
そして、これはシタラにとって非常に厄介な現実でもあります。モンゴルはシタラの故郷を破壊した「憎むべき征服者」です。しかしその一方で、同じモンゴルが交易路を安全にし、商人を保護し、ユーラシアを人や物が行き交う新しい秩序を作り始めています。
同じホラーサーンから来たというのに、シタラは生死を彷徨うような旅だったにもかかわらず、商人たちは以前より安全に旅ができたというのです。モンゴルはただ破壊するだけの存在ではない。その事実を目の当たりにしたシタラは、どのように考えたのでしょうか。
ちなみに、この逸話からもう一つ分かるのが、モゲがオゴタイに深く寵愛されたカトゥンとして描かれているということです。この耳飾りの逸話も二人の距離の近さを伝えるエピソードの一つになっています。モゲが親しみやすいキャラクターとして描かれているのも、このあたりの史料を踏まえているのでしょう。
モンゴルの骨占い
シタラがドレゲネにモンゴル王家の権力のねじれについて説明する場面で、引き出しから動物の骨を取り出し、机の上に並べていました。この骨は、モンゴルで「シャガイ」と呼ばれる羊や山羊のくるぶしの骨と思われます。

シャガイは、モンゴルでは古くから、占いだけでなく、子どもの遊びや競技、儀礼などにも使われてきました。
骨には自然に安定する四つの面があります。それぞれの面を遊牧民に身近な「馬・ラクダ・羊・山羊」に見立てます。現在伝わる占いでは、一般に4個のシャガイを投げ、その組み合わせによって吉凶を判断します。中でも馬は縁起がよいとされ、馬・ラクダ・羊・山羊が一つずつ出る「ドルヴォン・ベルフ」も非常に吉祥な組み合わせとされています。
遊牧社会では、家畜の増減がそのまま生活の豊かさに直結します。そのためシャガイには、家畜の繁殖や生命力、豊穣を象徴する意味もあったようです。
こうしたくるぶしの骨を特別に扱う文化は、チンギス・カンの時代にも確認できます。『元朝秘史』には、少年時代のテムジンとジャムカがアンダ(盟友)の誓いを結ぶ際、くるぶしの骨を交換したという逸話も残されています。ただし、現在伝わる4個の骨を使った細かな占い方法が、13世紀にもまったく同じ形で行われていたかどうかまでは分かりません。
作中でも、この場面では占いをしているわけではなく、シタラが王家の勢力関係を説明する「駒」として使っています。

それでも、モンゴルの人々にとって非常に身近だったシャガイを、小道具としてさりげなく登場させるあたりは、本作らしい細かな描写だと思います。
以上、第7幕を見て感じたことや気づいたこと、興味を引かれた点など気づいたことをいろいろと記してきました。
チンギス・カン亡き後、モンゴル帝国の安定は、表面的にはチャガタイ、オゴタイ、トルイという三兄弟の力のバランスによって保たれています。
しかし、その裏側で動き始めたのは女たちでした。権力のねじれを利用し、モンゴルを内側から崩そうとするシタラとドレゲネ。それに対して、王家の分裂を予見し、それを防ごうとするボラクチンとモゲ。兄弟たちの力関係をめぐって、二つの陣営が静かに動き始めています。
さらに興味深かったのはモゲの耳飾りの逸話からの創作です。シタラが故郷を滅ぼしたモンゴルへの憎しみの一方で、そのモンゴルが新しい都市を造り、交易を活発にし、広大なユーラシアを一つにつなごうとしているという現実を知ったことです。破壊者であると同時に、新しい秩序の創造者でもあったのです。
このモンゴル帝国の二面性を知ったシタラは、モンゴルに対しどのような感情を抱き、復讐を果たすためどのように立ち回ろうとするのでしょうか。
次回は第8幕「大カトゥン ボラクチン」。いよいよボラクチンが本格的に登場します。それでは、また。
