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『雪囜』終章の「のびる」時間

『雪囜』の終章では二぀の時間が流れおいたす。「瞮む時間」ず「のびる時間」です。「瞮む時間」に぀いおは「䌞び瞮みする小説」ず「織物のような文章」で詳しく曞きたしたので、今回は「のびる時間」に的を絞っお曞いおみたす。

 ここからはネタバレになりたすので、ご泚意ください。

     

「のびる時間」ずいうのは、火事になった繭倉の二階から葉子が萜䞋する瞬間が、くり返し描かれるずいう意味です。

 映画で考えおみるず分かりたすが、䞀瞬をスロヌモヌションで䜕床も映せば、そこそこの長さの映像になりたす。぀たり䞀瞬が匕きのばされおいるわけです。

 この萜䞋の堎面では、さらにもう䞀぀の「のびる」がありたす。疲れおぐったりした状態を「䌞びる」ず蚀いたすが、萜䞋する葉子はたさに「䌞びおいる」のです。䌞びた状態、しかも、なぜか氎平に䌞びた姿勢で萜ちるのです。

     

「氎平に䌞びた女の䜓で」ずいうフレヌズがじっさいに぀かわれおもいたす。もっずも、このフレヌズでの「䌞びた」は気絶したずいう意味ではなく、文字どおり氎平に䌞びおいるずいう䜓勢を蚘述したものなのですけど。

 萜ちた以埌の葉子は気を倱っおいる――䜜品では「倱心」ずいう蚀葉が぀かわれおいたす――わけですから、意識はなく眠っおいるのに近いずも蚀えたす。

 ここで、ある連想が起きたす。

 ずころで、本蚘事は、「葉子を「芋る」「聞く」・そのする/される・04」の぀づきです。連茉ずいう枠が窮屈になっおきたので、枠をはずしおの続線ずしたすので、どうかご理解をお願いしたす。

     

『雪囜』の冒頭では、葉子が島村から䞀方的にその姿を芋られ、声を聞かれる察象になっおいたす。今回は、この䜜品の終章で、葉子が島村から芋られるシヌンを芋おみたす。

 さきほど述べたように、興味深いのは䜜品最埌の葉子の状態です。島村から䞀方的に芋られおいる点では冒頭の汜車の堎面ず同じなのですが、ラストのシヌンで葉子は火事の起きた繭倉の二階から萜ちお気を倱っおいる点が異なりたす。

 さきほども蚀いたしたが、ここで、ある連想が起きたす。匕きのばしお、ごめんなさい。

 この意識のない状態で島村に芋られおいる少女葉子は、のちの『眠れる矎女』で眠らされたたた老人から芋られ觊れられる少女たちず重なりたす。重なるずいうよりも、予告しおいるずも蚀えそうです。

 前眮きが長くなりたした。では、さっそく本文に入りたす。


◆「瞮む時間」ず「のびる時間」


 最初に『雪囜』の終章に流れおいる「瞮む時間」ず「のびる時間」を簡単に説明したす。終章党䜓の芁玄も兌ねおいたす。

「瞮む時間」終章の前半に流れる時間。
 瞮ちぢみ瞮織ちぢみおりの長い歎史が瞮めお圧瞮しお぀づられる瞮織に詳しい先人の曞いた資料を参考にしお語られる。さらに、瞮を産地に足を運ぶ島村のそこそこ長い時間も簡朔に瞮めお蚘述しおある。ゆったりずした時間が流れおいる。

※なお、「瞮む時間」ずいうのは、瞮織の話だからずいうわけではなく、たたたた掛詞になっおいるだけです。

「のびる時間」終章の埌半に流れる時間。
1クラむマックスでは、映画を䞊挔しおいた繭倉が火事になり、その二階から葉子が萜ちる。その萜ちる瞬間が䜕床もくり返しお描写される。぀たり、䞀瞬が匕きのばされる。映画のスロヌモヌションに近い。スロヌモヌションは䞀瞬をゆっくりずした時間に加工する線集する技法にほかならない。
2島村ず駒子が「火事堎」ぞず駆け぀ける比范的短い時間も、匕きのばされお描かれおいる。どうやっお匕きのばすのかずいうず、倩の河の描写を執拗にくり返すからである。この倩の河の描写は読者をじらしおいるずも取れる。サスペンスを盛り䞊げおいるのかもしれない。
3火が移り「のびる・延びる」。延焌。
4繭倉ぞず急ぐ島村ず駒子ずずもに宙づりにされたサスペンドされた読者は、䞀瞬の出来事が䜕床もくり返しお匕きのばされるラストのクラむマックスぞず導かれ、そこでもサスペンドされるこずになる。
5なぜか、葉子は「氎平に䌞びた」状態で萜ちる。

     

 ずころで、

 そう「しよう」ずするのではなく、そうなっお「したう」――。これは、よくあるこずです。

 するず、くり返そうずいうよりも、くり返しおしたう、ずいうこずが起こっおしたいたす。

     

 話をもどしたす。

 以䞊、時間の凊理を䞭心にたずめるず、終章はこうした぀くり構造になっおいるず私は思いたす。

◆執拗で䞍可解な反埩


 終章の埌半で私がいちばん目を惹かれるのは、䜕床もくり返される匕きのばされる倩の河の描写ではなく、䜕床もくり返し描写される匕きのばされる葉子の萜ちる瞬間です。

 この萜䞋の堎面のくり返しは、それぞれの描写が映画のスロヌモヌションのように「のびる時間」のなかで展開されおいたす。䜕床も描かれるのですから、ある意味し぀こいのです。

 䞀瞬に起きたはずの葉子の萜䞋が、匕きのばされおゆっくりずした動きずなる。それだけなら小説の描写ずしお玍埗できたすが、これがこれだけくり返されるずなるず、䞍可解ずか䞍自然に感じる読者もいるでしょう。

 ぎゃくに、その執拗なくり返しに魅惑され説埗力を芚える人もいるにちがいありたせん。

 私には、この䜜品では、䞊の䜙談で述べた「くり返すずいうよりも、くり返しおしたう」、さらには「曞くべきものを曞いおしたう」が起きおいるように思えおなりたせん。

 みなさんも、物をお曞きになっおいるずきに、そういうこずを感じる瞬間がありたせんか 簡単に蚀えば、「匟みが぀く」ずか「勢いにたかせる」であり、たた「無心」や「忘我」でもあるでしょうし、語匊を芚悟で蚀えば「魔が差す」感じです。

◆映画を意識した曞き方


 火事になった繭倉で臚時に映画が䞊映されおいたのは興味深い笊合です。これは川端の蚈算だず私は理解しおいたす。

 なにしろ、『雪囜』の冒頭の汜車の堎面でも、映画を意識した曞き方がなされおいたす。

 鏡の底には倕景色が流れおいお、぀たり写るものず写す鏡ずが、映画の二重写しのように動くのだった。
川端康成『雪囜』新朮文庫・p.10・以䞋同じ

 なお、蚀葉から成り立っおいる『雪囜』ずいう小説においお、映像で成り立っおいる映画ずいうゞャンルがどのように意識されおいるか、たた映画が比喩ずしおどう機胜しおいるかに぀いおは、前述の「䌞び瞮みする小説」ず「織物のような文章」に加えお、以䞋の「倢のからくり」でも觊れおいたすので、興味のある方はぜひご芧ください。

◆フィクション、脚色、線集


 火事になった繭倉の二階から葉子が萜䞋する――。これが終章のクラむマックスです。

 このクラむマックスの最倧の問題点は、萜䞋が䞀瞬の出来事であるこずです。

 いた問題点ずいう蚀葉を぀かいたしたが、私たちは、珟実に起こった事故の報告曞ノンフィクションであるドキュメンタリヌを読んでいるわけではありたせん。

 フィクションである小説では䞀瞬の出来事はいくらでも加工できたす。いた私たちが読んでいるのは、加工されたフィクションである点を、ここで確認しおおきたいず思いたす。

 ずいうのも、この小説では、その加工ず線集が心憎いたでに芋事におこなわれおいるからです。その技巧テクニックを味わっおみようではありたせんか。

     

 小説であれ、映画であれ、お芝居であれ、フィクションである限りは、脚色がなされ、線集されなければなりたせん。誇匵があるのは圓然であり、面癜くする必芁がありたす。

 ただし、読者や芳客に䞍自然だず思われおはなりたせん。䞍自然な脚色だず読者や芳客はしらけたす。「あほらしい」ず思っお読むのを䞭断したり、あくびをしたり、他のこずを考えたり、堎合によっおは垭を立぀人もいるでしょう。

 小説も映画もお芝居も商品なのです。読む人や芳る人はお金を払っおいるのですから。

◆スロヌモヌション、くり返し


 映画であれば、ある瞬間を䞀回だけスロヌモヌションで映し、さらにそれを異なった撮り方をした絵のスロヌモヌションでさらにくり返すずいう線集になるでしょう。

 そうすれば、芳客はその「䞀瞬」を楜しんでくれるはずです。

 そのためには䞀瞬を「のばす・䌞ばす・延ばす」必芁がありたす。必芁ずいうよりも必然なのです。

 順を远っお芋おいきたしょう。

1事実を述べる

 入り口の方の柱かなにかからたた火が起きお燃え出し、ポンプの氎が䞀筋消しに向うず、棟むねや梁がじゅうじゅう湯気を立おお傟きかかった。
 あっず人垣が息を呑のんで、女の䜓が萜ちるのを芋た。
川端康成『雪囜』新朮文庫・pp.170-171・倪文字は匕甚者による・以䞋同じ

「女の䜓が萜ちる」瞬間が、「人垣」にたじった芖線から簡朔に「芋た」ず描かれおいたす。あっけないです。

 圓然のこずながら、これで終わるわけにはたいりたせん。なお、「女」ずあるのは、芖点的人物である島村は、萜ちたのが葉子だずは知らないからです。

2䞀瞬を匕きのばす

 繭倉は芝居などにも䜿えるように、圢ばかりの二階の客垭が぀けおある。二階ず蚀っおも䜎い。その二階から萜ちたので、地䞊たでほんの瞬間のはずだが、萜ちる姿をはっきり県で远えたほどの時間があったかのように芋えた。人圢じみた、䞍思議な萜ち方のせいかもしれない。䞀目で倱心しおいるず分った。䞋に萜ちおも音はしなかった。氎のかかった堎所で、埃ほこりも立たなかった。新しく燃え移っおゆく火ず叀い燃えかすに起きる火ずの䞭皋に萜ちたのだった。
p.171

 倪文字の郚分を芋おいくず、この段萜で、「萜ちる」様子がアングルや芖点を倉えお䜕床も説明されおいる過皋をたどれるず思いたす。

 瞬間を䜕床も説明するずいうのは、瞬間をくり返し違った角床からスロヌモヌンで远っおいるのず同じです。䞀瞬を䜕床も匕きのばしおいるず蚀えたす。

 キヌワヌドは「倱心」でしょう。

◆蚀葉は぀ねに、おくれる、おい぀けない


 䞊で匕甚した 2に぀いお付け加えたいこずを述べたす。

 この段萜に曞かれおいるのは描写ず蚀うよりも、状況の説明ではないでしょうか ずはいえ、川端を責めるこずはできたせん。䞀瞬の萜䞋を䞀回で描写できるでしょうか

 いた私たちが読んでいるのは蚀葉であり文字です。映画で映像を芋おいるのではありたせん。

 じ぀は、文字はひいおは蚀葉は、動きを描写するのが苊手なのです。描写しようずしおも蚀葉が動きに远い぀けないからです。

     

 いた「远い぀けない」ず蚀いたしたが、たず蚀葉が珟実を描写するには圧倒的に蚀葉の数が足りたせん。蚀葉ず珟実は䞀察䞀に察応しおいないし、察応できないずいう意味です。

 数的たたは量的に足りない――そもそもパヌツの数が絶察的に足りないし党䜓を構成する組み立おるためのピヌスが無数の现郚で欠けおいる぀たり、たばらで、ただらで、すかすか――だけではありたせん。

 テレビのスポヌツ䞭継を思い浮かべおみおください。䞀瞬の動きに遅れ、䞀瞬の動きの埌に、必死で蚀葉を連ねるしかないのです。これがラゞオであれば、぀ねに事埌報告の圢を取りたす。

 蚀葉は、぀ねに、おくれる、遅れる、埌れる。おい぀けない、远い぀けない。おえない、远えない、終えない。出来事に先立たれるしかない。

 珟実に察しお、蚀葉はないない尜くしの状況に眮かれおいるのです。圧倒的に「足りない」し「欠けおいる」し「远い぀けない」、぀たり、ほが「ない」のです。

 これが蚀葉による描写の限界です。感じ取っおいただけたでしょうか。

◆描写、説明


 描写は無理でも、説明する語るこずならできたす。

 火事になった繭倉の二階から女が萜ちた――。

 これは事実を述べただけで描写したずは蚀えたせん蚀えるずいう人もいるでしょう、人それぞれです。この文を早口ではなく音読しおみおください。䜕秒かがかかるでしょう。

 二階から女が萜ちた――。女が萜ちた――。萜ちた――。

 これなら䞀瞬でしょうが、じっさいに人が二階から萜ちるずすれば、数秒はかかるはずです。

     

 䜕を蚀いたいのかず蚀いたすず、蚀葉は描写するのに意倖ずちんたらしおいたり、そのぎゃくにあっけないし、そっけないずいうこずです。぀たり、もどかしいのです。

 ようするに、蚀葉は映像に負けるのです。蚀葉文字は動きをリアルタむムで衚珟するこずができたせん。適さないずも蚀えたす。

 そんなわけで、䞊の 2では䜜者が必死で映像に負けたいずしお、説明を重ねおいるず私には感じられたす。川端先生、生意気なこずを申したしお、ごめんなさい。

     

「があったかのように芋えた。」、「のせいかもしれない。」、「しおいるず分った。」、「萜ちたのだった。」

 以䞊の語尟に泚目するず、この段萜が描写ずいうより説明を重ねた぀くりになっおいるのが分かるかもしれたせん。ずはいえ、人それぞれです。

 さらにくり返しが぀づきたす。

◆蚀葉のほうが有利な点


 蚀葉は映像に党敗かずいうず、そんなこずはありたせん。蚀葉ず映像の関係は、そんなに単玔な話ではないのです。

 ちなみに私は蚀葉掟であり、ばりばりの文字掟です。そもそも私は映像掟ずか音声掟ずいう柄ではありたせん。映画は苊手だし、重床の難聎者でもありたす。

 話を぀づけたす。

3客芳的な描写ず芖点の心理

 叀い燃えかすの火に向っお、ポンプが䞀台斜めに匓圢ゆみなりの氎を立おおいたが、その前にふっず女の䜓が浮んだ。そういう萜ち方だった。女の䜓は空䞭で氎平だった。島村はどきっずしたけれども、ずっさに危険も恐怖も感じなかった。非珟実的な䞖界の幻圱のようだった。硬盎しおいた䜓が空䞭に攟ほうり萜ずされお柔軟になり、しかし、人圢じみた無抵抗さ、呜の通かよっおいない自由さで、生も死も䌑止したような姿だった。島村に閃ひらめいた䞍安ず蚀えば、氎平に䌞びた女の䜓で頭の方が䞋になりはしないか、腰か膝が曲りはしないかずいうこずだった。そうなりそうなけはいは芋えたが、氎平のたた萜ちた。
p.171

 ずころで、ルビの振られた「匓圢ゆみなり」はいい字面をしおいたすね。挢字からなる姿もいいし、ルビのひらがなを芋お音読するず、yuminari の子音が、母音に䌎われおしなやかになめらかに唇ず舌にからんできお、「匓圢ゆみなり」ずいう蚀葉の意味むメヌゞず圢が音に擬態しおいるかのような印象を受けたす。

 思わず芋ずれおしたいたした。自分が蚀葉のフェティシストfetishistだず぀くづく感じる瞬間です。

 この蟺に぀いおは「意味を絵で芋せる挢字、意味を音で奏でる仮名奜きな文章・05」をご芧ください。ややマニアックに説明しおいたす。

     

 話をもどしたす。

 匕甚文で倪文字の郚分だけは、客芳的なほが誰の目にも明らかなずいう意味です描写です。

 ずころが、この段萜では、島村の目から芋た描写ずいうか説明がかなりの郚分を占めおいいるのです。

 ここが映像にくらべお蚀葉のほうが有利な点にほかなりたせん。

 どんなふうに萜ちたかを詳しく、しかも受け手の感芚や心情にうったえる圢で描くう぀すには映像は適しおいないのです。

 心のうちを映像に「う぀す」こずは至難の業であり、䞍可胜に近いず蚀えたす。蚀葉でなら「かたる」ずいう圢で共感を求めるこずができたす。

 具䜓的に芋おみたしょう。

・島村はどきっずしたけれども、ずっさに危険も恐怖も感じなかった。非珟実的な䞖界の幻圱のようだった。

 女性が繭倉の二階から萜䞋したのに、島村はこのように受けずめおいるのです。぀たり、島村の心のうちです。

 この郚分に川端の「矎孊」を感じる人もいるにちがいありたせん。たさに非珟実的なのです。ある意味シュヌル超珟実的でもありたす。

 ずはいえ、非珟実や超珟実にリアリティ珟実感もあるこずは確かです。ずいうか、むしろ文孊はその䞀芋矛盟した感芚に蚎えるのです。人間の心は玠盎なものではないのです。

 この箇所を読んで、冷酷ずか残酷だずも感じる人もいるでしょう。絵空事だずいう意芋があっおも私は驚きたせん。

・しかし、人圢じみた無抵抗さ、呜の通かよっおいない自由さで、生も死も䌑止したような姿だった。

「人圢じみた無抵抗さ」ず「生も死も䌑止したような」は、埌に川端が曞くこずになる『眠れる矎女』を予告しおいる。そう私には思えおなりたせん。

 ずいうか、文筆掻動をはじめた頃から、川端にはそうした傟向――物蚀わぬ盞手や察象に䞀方的にかかわるずいう圢を取りたす――があったず私は想像しおいたす。

 この点に぀いおは、「人ずいうよりもヒトする/される・03」ずいう蚘事で、初期の䜜品から晩幎の䜜品を抂芳しおいたすので、よろしければご芧ください。

゚スカレヌション

 ここで、これたで私がもちいおきた図匏的な芋立おをご芧ください。

・『雪囜』1948幎・完結本出版
 
䞀方的に盞手を芋る、䞀方的に盞手の声を聞く。
     ↓
・『眠れる矎女』1961幎・出版
 䞀方的に盞手を芋る、䞀方的に盞手の声を聞く、䞀方的に盞手のにおいを嗅ぐ、䞀方的に盞手に觊れる、䞀方的に盞手の䜓内ぞ自分の䜓の䞀郚を差し入れる。

 こうした゚スカレヌションが芋られるのずいうのが私の芋立おです。

 なお、この皮の創䜜䞊の゚スカレヌションもたた、そう「しよう」ずしおいるわけではなく、そうなっお「したう」のではないかず最近思っおいたす。

人圢ずいう比喩

・島村に閃ひらめいた䞍安ず蚀えば、氎平に䌞びた女の䜓で頭の方が䞋になりはしないか、腰か膝が曲りはしないかずいうこずだった。

 これは、萜䞋した女性ができるだけ無傷のたたでいおほしいずいう気遣いでしょうか 「䞍安」ずいう蚀葉は気遣いや気がかりずは隔たっおいる気がしたすが、この蟺の解釈はさたざたでしょう。

 この盎前の「人圢じみた無抵抗さ、呜の通かよっおいない自由さで、生も死も䌑止したような姿だった。」ずの呌応぀づき具合が鍵だず私には思えたす。

 ずくに「人圢じみた」ずいう比喩が  。人間ずしお芋おいないず蚀えば蚀い過ぎかもしれたせんが。

 どうしおも、䞊の芋立おで芋おしたいたす。はっきり蚀っお、この郚分は私には怖いです。

 無傷のたたでいおほしいこずは確かでしょうが、その意味は、ここでは䜕通りかに取れそうです。曖昧な蚀い方になりたしたが、お察しください。

     

 䞀読者をここたで考えさせるのは、蚀葉で綎られた䜜品だからです。映像に、このような埮劙な心情ずいうか機埮を感じさせる力があるでしょうか。

 念のため蚀い添えたすが、媒䜓間やゞャンル間の優劣を語っおいるのではありたせん。蚀葉には蚀葉の、そしお映像には映像の、さらには音楜には音楜の、埗意分野があるず蚀いたいのです。

 逆に蚀うず、それぞれの媒䜓ずゞャンルでもちいる玠材ず道具の特性を熟知した䜜り手が、優れた䜜品を぀くるのにちがいありたせん。

◆ラストぞ

 長い匕甚が぀づいたので、ここからは芁所だけを匕甚しながら端折っお進めたす。

葉子だず分かる 

「ああっ。」
 駒子が鋭く叫んで䞡の県をおさえた。島村は瞬きもせずに芋おいた。
 萜ちた女が葉子だず、島村も分ったのはい぀だったろう。
p.172

 葉子だず分かったこずに関する蚘述は意倖ずあっさりしおいたす。

腓こむらの痙攣けいれん

 葉子の痙攣は目にずたらないほどかすかなもので、盎すぐに止やんだ。
p.172

「痙攣」ずいう蚀葉が各行にあるほどくり返されおいるこずに、泚目したいです。

移り目

 島村はやはりなぜか死は感じなかったが、葉子の内生呜が倉圢する、その移り目のようなものを感じた。
p.172

 仰向けに萜ちた葉子は、腓が痙攣しただけで倱心したたたらしかったず語られたあずに぀づく文です。この「移り目」が気になりたすが、私には意味がよく分からないセンテンスです。分からないだけに気にかかるずいう意味です。

 ずはいえ、「倉圢」ず「移り目」は芋逃せない蚀葉です。倉化が起きおいるずすれば、それは葉子ずいうよりも䞀方的に芋おいる偎の島村のほうでしょう。島村は䞀方的に芋る人間ずしお描かれおいるからです。

閉じた目、䌞びた銖の線

 葉子はあの刺すように矎しい目を぀ぶっおいた。あごを突き出しお、銖の線が䌞びおいた。
p.172

 萜䞋した葉子の状態を敎理したす。

 仰向けで目を閉じおいたす。銖の線が䌞びおいたす。

 眠っおいるのず起きおいるの䞭間のような曖昧で䞍自然な姿勢に感じられたす。その曖昧さは「移り目」ずも通じるような気がしたす。私は操り人圢を連想したした。䞊から糞で操っお動く圢の人圢です。

 さきほど出た「人圢じみた」ずいうフレヌズを思い起こさせる姿勢です。

回想、フラッシュバック

・あごを突き出しお、銖の線が䌞びおいた。

 これは仰向けでの姿勢ですが、この䜜品の冒頭の汜車の堎面も連想したす。

嚘は窓いっぱいに乗り出しお、遠くぞ叫ぶように、
「駅長さあん、駅長さあん。」
p.5

 汜車が動きだしおも、圌女は窓から胞を入れなかった。
p.7

 以䞊のシヌンを思いえがくず、立った状態で身を乗りだし、「あごを突き出しお、銖の線が䌞びお」いるような気がしたす。たぶんに私の思い蟌みでしょうが。

     

 だからずいうわけではぜんぜんありたせんが、いきなり段萜が倉っお、「数幎か前、島村がこの枩泉堎ぞ駒子に䌚いに来る汜車のなかで」p.172の葉子ずの出䌚いの回想になりたす。

 この回想は䜜品を締めくくるにあたっおの重芁な箇所だず思いたす。映画だずフラッシュバックに圓たりたす。

 短い回想ですが、この郚分があるずないずでは、最埌の印象がたったく違ったものになるでしょう。

 ぜひ、原文でお読み願いたす。涙もろい私は、この回想の挿入で泣きそうになりたす。

「倱心」しおいるのでしょうが果たしおそうなのでしょうか、葉子が䜕も蚀わないし動かないだけに、悲しいです。

葉子に駆け寄る駒子

 駒子が島村の傍そばから飛び出しおいた。  駒子は芞者の長い袖を曳ひいおよろけた。葉子を胞に抱えお戻もどろうずした。その必死に螏ん匵った顔の䞋に、葉子の昇倩しそうにう぀ろな顔が垂れおいた。
p.173・䞞括匧をもちいおの省略は匕甚者による

「戻もどろうずした」「葉子の昇倩しそうに」ずいう未完了の衚珟が、読者を宙づりにするかのようです。

 進行圢であり未完了なのです。読むほうはいらいらするでしょう。「で、どうなるの」「だから、どっちなの」ずいうふうに。

 もう数行で䜜品が終わるずころで、読者はじらされおいるのです。この展開はうたいず蚀えばうたいでしょうし、人が悪いず蚀えば悪いでしょう。

 この曖昧な宙づりは䞍可解だし䞍自然ずも蚀えたす。ずはいうものの、読者は「ああ、そうですか」ず受け入れるしかありたせん。倢ず同じです。

 倢のなかでは、こうした䞍自然さが自然に進行しおいきたす。倢には肯定しかないからです。 ⇒ 「葉子を「芋る」「聞く」・そのする/される・04」

 それにしおも、取り乱しながらも駒子はしかるべき動きをし、そしおたわりにいる「男達」は冷静に状況を把握しお行動しおいるようなのに、島村はずいえば、ひたすら䞀方的に芋る存圚ずしお描かれおいたす。

 文字を目で远うしかない読者は、倢のなかの出来事をながめおいる気持ちになりたす。読者は倢のなかに眮かれるのです。

流れ萜ちる

 最埌の郚分を䞞ごず匕甚するのは、さすがに気が匕けるので、ラストのセンテンスだけを写したす。どうか、原文でお読みください。

螏みこたえお目を䞊げお途端、さあず音を立おお倩の河が島村のなかぞ流れ萜ちるようであった。
p.173

 よく匕甚される有名な䞀文ですね。以䞋の郚分ずの呌応が芋られたす。繭倉のそばたで来た島村ず駒子の目の前で、火移りした屋根から火の子が噎き䞊がる堎面です。

 その火の子は倩の河のなかにひろがっお散っお、島村はたた倩の河ぞ掬い䞊げられおいくようだった。煙が倩の河を流れるのず逆に倩の河がさあっず流れ䞋りお来た。屋根を倖れたポンプの氎先が揺れお、氎煙ずなっお薄癜いのも、倩の河の光が映るかのようだった。
p.170

 この段萜に「倩の河」が五回くり返されおいるのは、二回くり返されおいる文が二぀あり、最埌の䞀文にも䞀぀あるからです。「火の粉」ではなく「火の子」、「倩の川」ではなく「倩の河」ずいう衚蚘にも目がいきたす。そしお、私の倧奜きな「映る」がありたす。

     

 ずころで、倩の河が、p.170では「さあっず流れ䞋りお来た」ずあり、p.173にある最埌の䞀文では「さあず音を立おお」「流れ萜ちるようであった」ずありたす。私はこの違いに目を惹かれずにはいられたせん。

 前者は心的な情景ですが断蚀口調であり事実の蚘述に近いず蚀えたす。埌者も情景ですが「ようであった」ず䞀歩退いた圢で描かれおいたす。䜙韻を感じさせたす。

「さあっず」は擬態ず蚀えそうです。事実の蚘述、぀たり描写にふさわしい擬態語でしょう。

「さあ」も擬態ず取れたすが、「さあ、  しよう」や「さあ、  ですよ」ずいうずきの口調に䌌おいたす。事実の蚘述、぀たり描写にはふさわしくないずいう意味です。

 ずはいえ、「さあ」はラストにふさわしい口調ではないでしょうか。「螏みこたえお」も、そんなニュアンスず印象を埌抌しするかのようです。

 さあ、倢は終わりですよ。そんなふうに蚀われおいるような気がしおなりたせん。

 この「さあ」は擬態ずいうよりも擬人ではないでしょうか 説明させおください。

「さあっず」ず「さあず」

・倩の河がさあっず流れ䞋りお来た。p.170
・さあず音を立おお倩の河が島村のなかぞ流れ萜ちるようであった。p.173


・さあず倩の河が島村のなかぞ流れ萜ちるようであった。匕甚者による倉曎あり
・倩の河が島村のなかぞさあっず流れ萜ちるようであった。匕甚者による倉曎あり

 川端先生、文蚀を勝手にいじっお申し蚳ありたせん。

 先生、私には「ず音を立おお」が生きおいる気がしたす。倩の河が話しかけおいるずいうか、倩の河の声音こわねが感じられるのです。

 さあず声をかけお倩の河が島村のなかぞ流れ萜ちお物語が終わるような印象を受けたす。

     

 終章では、「倩の河」ずいう蚀葉が頻出したす。数えたこずはありたせんが、かなりの数になるでしょう。

 これだけくり返し「倩の河」が描写され蚀及されおいるのですから、ラストの䞀文にもある「倩の河」ずいう蚀葉の、この䜜品でのありように目を泚いでもいいような気がしたす。

 機䌚があれば目を泚いでみようず思いたす。ひょっずするず、私もこの「倢」に぀られお、そうしお「したう」かもしれたせん。

     

 ここたでお読みいただき、どうもありがずうございたした。

「のびる時間」のなかにいるのは意倖ず疲れたすね。

 さあ、これで倢は終わりたした。


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