醫第三〇 出動地ニ於ケル治療(昭和8年4月)其の一
醫第三〇號
出動地ニ於ケル治療方針ハ概ネ別冊ニ據ルヘシ
昭和六年醫第八六號ハ之ヲ廢止ス
昭和八年四月一日
陸軍省醫務局長 合 田 平
出動地ニ於ケル治療方針
緒言
出動地ニ於ケル傷病ノ治療ハ諸勤務令ニ遵由シ學術的根據ニ基キ旣往及近時ノ戰役經驗ヲ參酌シテ遺憾ナク遂行スルヲ要ス本方針ヲ示ス所以ノモノハ敢テ之ニ依テ治療ノ自由ヲ制限セントスルニアラス青年軍醫ヲシテ據ルトコロヲ知ラシメントスルニ在リ宜シク制規ノ器械、藥物等ノ十分ナル應用ハ勿論新ニ制定追送セラレタル材料及現地ニ於テ取得セル應用材料等ノ利用ニ深ク留意シ各自其蘊蓄ヲ傾ケ以テ治療ノ成績ヲ良好ナラシムルコトニ努ムヘシ
(現代語訳)
緒言
出動地(戦地や派遣先)における傷病の治療は、各種の勤務令に従い、医学的な根拠に基づいて、過去および近年の戦役の経験を参考にして、落ち度のないよう遂行しなければならない。
本方針を示す理由は、これによって治療の自由を制限しようとするためではなく、若い軍医たちに拠り所(判断の基準)を知らせるためである。
当然、制式(規定)の医療器械や薬品などを十分に活用することはもちろん、新しく制定されて追加送付された資材や、現地で調達した代用資材などの利用にも深く留意し、各自が持つすべての知識や技術を注ぎ込んで、治療の成果を向上させるよう努めること。
第一 治創方針
創傷ノ治療ニ方リテハ局部ノ變化ハ勿論常ニ全身狀態ヲ觀察シテ先ツ傷者ノ生命ニ對スル危險ヲ除キ次テ創傷ノ治癒、恢復ヲ促進シ得ヘキ萬般ノ注意ト手段トヲ盡シ以テ短時日ノ間ニ健康體ニ復セシムル如ク努ムヘシ而シテ治創ニハ出動地ニ於テ得ラルル種々ノ材料ヲ以テ學術的ニ最善ノ方法ヲ施スノ著意アルヲ要ス之カ爲ニハ是等ノ材料ニ對スル研究ハ勿論其地ノ地勢、氣候、風俗、習慣、物資ノ狀況等ニ關シ不斷自ラ觀察シ或ハ經驗者ニ質ネテ其識得ヲ豐富ナラシメ以テ凡ユル場合ニ適應シ得ル如ク準備スルコトハ極メテ緊要ナリトス
以下治創上留意スヘキ諸點ヲ擧クヘシ
(現代語訳)
その一 傷の治療方針
創傷の治療にあたっては、局所の変化はもちろんのこと、常に全身状態を観察して、まずは負傷者の生命に対する危険を取り除き、次いで傷の治癒や回復を促進できるような、あらゆる注意と手段を尽くして、短期間のうちに健康な身体へと復帰させるよう努めなければならない。
そして、傷の治療においては、出動地で手に入る様々な材料を用いて、医学的に最善の方法を施すという配慮が必要である。このためには、これら現地にある材料に対する研究はもちろんのこと、その土地の地勢、気候、風俗、習慣、物資の状況などについて、絶えず自ら観察し、あるいは経験者に尋ねて知識や見識を豊かにし、あらゆる状況に適応できるよう準備しておくことが極めて重要である。
以下に、傷の治療において留意すべき諸点を挙げる。
一 戰傷ニ關スル一般的注意
其一 戰傷ノ種類
戰場ニ於テ發生スル創傷ノ種類ハ使用スル兵器ノ種類戰闘ノ方法等ニ依リテ差異アリ
外科的ニ處置スヘキ主ナルモノハ
銃創(小銃彈、機關銃彈、拳銃彈等)
砲創(各種砲彈破片、榴霰彈彈子等)
爆創(爆藥、投下爆彈、手榴彈、地雷等)
介達彈創
白兵創(軍刀、銃劍、槍等)
其他火傷、凍傷、挫傷、骨折等ノ各種外傷トス而シテ此等ハ其種類ニ從ヒ夫々適當ナル處置ヲ施スヲ緊要トシ平素ヨリ軍陣外科學教程等ニ據リ其診斷、處置等ヲ知得シ置クヲ要ス
(現代語訳)
一 戦傷に対する一般的な注意
その一 戦傷の種類
戦場において発生する創傷の種類は、使用される兵器の種類や戦闘の方法などによって違いがある。
外科的に処置すべき主なものは、以下の通りである。
銃創(小銃弾、機関銃弾、拳銃弾など)
砲創(各種の砲弾の破片、榴霰弾の弾子(散弾)など)
爆創(爆薬、投下爆弾、手榴弾、地雷など)
介達弾創
白兵創(軍刀、銃剣、槍など)
その他、火傷、凍傷、挫傷(打ち身)、骨折などの各種外傷とする。
そして、これらはその種類に応じて、それぞれ適切な処置を施すことが極めて重要であり、平時から「軍陣外科学教程」などに従って、その診断や処置などを知識として習得しておく必要がある。
※榴霰弾弾子: 空中で炸裂し、中に仕込まれた大量の金属球(弾子)を激しく撒き散らす砲弾の、その中身の球のこと。
※介達弾創: 現代の戦傷医療でいう「二次破片」による傷。砲弾などが近くの地面や建物に落ちた際、砕け散った物質(コンクリート片や木片、石など)による傷のこと。
其二 第一繃帶
戰傷ノ第一繃帶ハ屢々傷者ノ運命ヲ左右ス而モ其實施者ハ衞生部員ニアラサルコト多シ故ニ各兵員ヲシテ平素ヨリ衞生法及救急法ニ示サルル所ニ據リ繃帶包ノ用法ヲ熟知セシメ且各自携行スル繃帶包ヲ尊重シ汚染セサル如ク注意セシムヘシ
(現代語訳)
その二 第一包帯
戦傷における「第一繃帯(最初の包帯による応急処置)」は、しばしば負傷者の運命を左右する。しかも、それを実際に施す者は、衛生部員(軍医や衛生兵)ではないことが多い。
したがって、平素からすべての兵員に対して、衛生法や救急法に示されている内容に基づき、繃帯包の使用法を熟知させ、かつ、各自が携行する繃帯包を大切に扱い、汚染させないよう注意させる必要がある。
※繃帯包: 兵士が各自の装備に必ず入れて携行していた、滅菌済みの救急包帯のパッケージ(個人用救急品)。


其三 完全ナル初療
創傷初療ノ適否ハ創傷ノ經過ニ多大ノ關係アルハ勿論傷者ノ生命ニ影響ス故ニ衞生部員ハ如何ナル狀況ニ於テモ周到ナル注意ト最善ノ方法トヲ盡シテ之ヲ完全ニ爲スノ用意ナカルヘカラス
戰場ニ於ケル傷者ノ温存、看護及治療ニ方リ注意スヘキ事項ニハ夏季ニ於ケル炎暑、蚊蠅ノ害、冬季ニ於ケル寒冷、藥品飲食物ノ凍結、其他霖雨、風塵、異ル風俗、習慣等アリ從テ完全ナル初療ノ遂行上此等ニ對スル處置及防護モ亦豫メ考慮スヘシ
(現代語訳)
その三 完全なる初期治療
創傷の初療(初期治療)の適否は、その後の傷の経過に多大な影響を与えることはもちろん、負傷者の生命をも左右する。したがって、衛生部員は、どのような状況下であっても、周到な注意と最善の方法を尽くして、これを完全に遂行できるよう準備しておかなければならない。
戦場における負傷者の温存(保護)、看護、および治療にあたって注意すべき事項には、夏季における厳しい暑さや蚊・ハエの害、冬季における寒冷や薬品・飲食物の凍結、その他にも、長雨、風塵、現地特有の異なる風俗や習慣などがある。
したがって、完全な初期治療を遂行する上では、これらに対する適切な処置や防護についても、あらかじめ考慮しておかなければならない。
其四 射創ノ檢査及判定
射創ノ檢査及判定ハ兵火ノ下、倥偬ノ間ニ於テモ精密ニ爲スコト必要ナリ然レトモ消毒ニ注意セス妄ニ消息子ヲ以テ創内ヲ探リテ創ヲ汚染シ或ハ否サルモ徒ラニ創部ヲ開大シ或ハ骨折部ヲ動搖シテ創傷部ヲ刺戟或ハ損傷シ其出血、感染等ノ危險ヲ增大スルカ如キ操作ハ嚴ニ避クヘキモノトス蓋シ簡單ナル射創ノ如キハ第一線ニ於ケル被覆繃帶及創部ノ安靜ヲ以テ治癒シ得ルコトアルヲ以テナリ
傷者ノ創ハ單一ナラス同時ニ數創ヲ負ヘル場合アリ此等ノ診斷及處置ニ際シテハ其中ノ主要ナルモノヲ檢出、判定シ且其程度及緩急ノ順序ニ從ヒテ處置スルコト極メテ重要ナリ然レトモ輕微ナルモノヲ等閑ニ附スルトキハ後ニ感染、後出血等意外ノ結果ヲ惹起スルコトアリ
(現代語訳)
その四 射創(銃創や砲創など)の検査および判定
射創(銃創や砲創など)の検査および判定は、敵の砲火の下、非常に慌ただしく差し迫った状況であっても、精密に行うことが必要である。
しかしながら、消毒に注意を払わず、みだりに消息子(ゾンデ)を使って傷口の内部を探索し、傷口を汚染させたり、あるいは汚染させないまでも、無駄に傷口を大きく広げたり、骨折部分を動かして傷口周辺を刺激・損傷したりして、出血や感染などの危険を増大させるような操作は、厳に避けなければならない。なぜなら、単純な射創であれば、第一線(最前線)での包帯による被覆と、傷口の安静保全だけで治癒することがあるからである。
負傷者の傷は一つとは限らず、同時に複数の傷を負っている場合がある。これらの診断および処置に際しては、その中から主要なものを検出・判定し、かつ、その重症度や緊急度の順序に従って処置することが極めて重要である。ただし、軽微な傷だからといって、いい加減に扱って放置すると、後になって感染症や後出血など、思いがけない悪い結果を引き起こすことがある。
※消息子: 食道・尿道・子宮などに挿し込んで用いる、細い管状の医療器具。ゾンデ。
其五 傷者ノ後送
戰場ニ於ケル傷者ハ一般ニ後送ス而シテ之カ緩急ノ順序、輸送ノ適否及輸送法ノ判定ハ戰況、輸送路、輸送材料、天候、地形、其他後方衞生機關ノ關係等ニ左右セラルルコト多シ、然レトモ其實施ニ方リテハ努メテ治創及傷者ノ恢復ニ支障ヲ與ヘサル様留意スルヲ要ス
應急處置ヲ施シタル傷者ハ成ルヘク速ニ完全ナル處置ヲ施シ得ヘキ場所ニ後送シ時機ヲ失セス適當ナル處置ヲ受ケシムルコトニ努ムヘシ此際受傷當時ノ狀態ヲ知悉シ且初療ノ任ニ當リシ軍醫ニシテ確實ナル診斷ト適切ナル注意事項トヲ傷票ニ記入シ後送スルトキハ爾後ノ處置竝更ニ後送スル場合ノ判定上多大ノ利益アリ(傷名決定ニ就テハ一八ヲ參照スヘシ)
重傷者ハ第一運搬力屢々傷者ノ運命ヲ支配ス之輸走路上ニテハ甚シキ動搖、寒冷或ハ炎暑ニ對スル曝露、看護及溫存ノ不如意等ノ影響ヲ受ケ易キヲ以テナリ殊ニ頭部、胸部及腹部ノ穿透射創或ハ大ナル四肢ノ骨折或ハ甚シキ出血等ヲ有スル傷者ニ於テ然リトス故ニ重傷者ノ後送ニ際シテハ其順序及方法ヲ考へ適當ナル處置ヲ施シ必要ナル注意事項ヲ輸送者ニ説示シ有害ナル影響ヲ傷者ニ與ヘサランコトニ努ムヘシ
又傷者ノ後送ハ戰況、天候ノ不良、地形ノ錯綜、夜暗等ニ依リテ甚夕困難ナルコトアリ故ニ事前ニ其手段ヲ考慮シ擔架、患者車、患者自動車、人力、車馬、急造擔架等ヲ用意シ雨露、風雪等ノ傷者ノ全身及創部ニ及ホス害ヲ防キ防水、防暑、保温等ノ材料ヲ集メ後送路ヲ選定シ假令暗夜、通視及連絡ノ困難等アルモ之ニ打勝チテ其作業ヲ完全ニ遂行スルノ準備モ亦治創上甚タ重要ナリトス
(現代語訳)
その五 怪我人の後方への搬送
戦場における負傷者は、一般的に後方の医療機関へ搬送する。そして、この後送の緊急度、輸送を行うかどうかの適否、および輸送方法の判定は、戦況、輸送路、輸送資材、天候、地形、その他後方の衛生機関の受け入れ状況などに左右されることが多い。しかしながら、その後送を実施するにあたっては、できる限り傷の治療や負傷者の回復に支障を与えないよう留意する必要がある。
応急処置を施した負傷者は、なるべく速やかに完全な治療を行うことができる場所へ後送し、時期を失することなく適切な処置を受けさせるよう努めること。この際、負傷した当時の状態を熟知し、かつ初期治療の任に当たった軍医が、確実な診断と適切な注意事項を「傷票」に記入して後送すれば、その後の治療や、さらに別の場所へ後送する場合の判定において多大な利益がある(傷の名前の決定については、第十八項を参照すること)。
重傷者にとっては、第一に「運搬のあり方」がしばしば負傷者の運命を支配する。これは、輸送ルート上において、激しい揺れ、寒さや暑さへの曝露、看護や保温が思い通りにいかないこと、などの悪影響を受けやすいからである。 特に、頭部・胸部・腹部の穿透射創(体の中を弾丸が突き抜けた傷)、あるいは大きな四肢の骨折、あるいは激しい出血などがある負傷者において、その傾向が著しい。したがって、重傷者の後送に際しては、その順番や方法をよく考え、適切な処置を施し、必要な注意事項を輸送担当者に説明・指示して、負傷者に有害な影響を与えないよう努めること。
また、負傷者の後送は、戦況、天候の不良、地形の複雑さ、夜の暗闇などによって、非常に困難となることがある。そのため、事前に対策を考慮し、担架、患者車(リヤカーなどの搬送車)、患者自動車、人力、馬車や車両、急造担架などを用意し、雨露や風雪などが負傷者の全身や傷口に及ぼす害を防ぐための防水・防暑・保温の材料を集め、後送ルートを選定しておくべきである。たとえ暗闇や、見通しの悪さ、連絡のつきにくさなどがあっても、これらに打ち勝って搬送作業を完全に遂行できるよう準備しておくこともまた、傷の治療を行う上で極めて重要である。
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