出勤軍下士官兵衛生心得 (其一)
陸滿普第六五二號
出動軍下士官兵衞生心得配賦ノ件通牒
關係陸軍部隊
昭和十二年七月十七日
陸軍省副官 寺 倉 正 三
一、出動軍下士官兵衞生心得
右改定ニ付配賦ス
出動軍下士官兵衞生心得
一 總則
出動地ハ氣候風土著シク內地ト異リ加フルニ住民ハ一般ニ保淸ノ念ニ乏シク四時各種ノ傳染病多發シ土地ハ汚染セラレアルヲ以テ注意ヲ怠ルトキハ傳染病、其他ノ疾病ニ冒サルル所トナリ思ハザル不覺ヲ招クニ至ルベシ
過去ノ經驗ニ徵スルニ戰時ニ於ケル傳染病ノ損害ハ敵ノ兵器ニヨル損害ニマサルコト數倍ナリ
以下述ブル心得ヲ守リ終始健全ナル心身ヲ保持シ旺盛ナル士氣ト相俟ヒテ任務達成ニ遺漏ナキヲ期スベシ
(現代語訳)
出動地の気候風土は、著しく内地と異なっている。その上、住民は一般に衛生の観念に乏しく、一年を通じて各種の伝染病が多発しており、土地は汚染されている。したがって、注意を怠ると伝染病その他の疾病に罹患することとなり、思いがけない不覚を招くことになるだろう。
過去の経験に照らし合わせると、戦時における伝染病の損害は、敵の兵器による損害より数倍大きい。
以下に述べる心得を守り、終始健全な心身を保持し、旺盛な士気ともに、任務達成に手落ちのないようにすべきである。
二 傳染病ノ豫防
一 傳染病ハソノ病原必ズ外ヨリ人體ニ入リ來リテ起ルモノナレバ適當ナル處置ト注意トニヨリテ豫防シ得ルモノナリ
傳染病ノ病原ハ肉眼ニテハ見エザル微細(コマカキ)ナル黴菌ナリ、感冒、胃腸障碍ナドノ疾病ニ罹リアル時、疲勞(ツカレ)、酒ノ過飮(ノミスギ)、睡眠不足(ネムリタラヌコト)ナドノ爲體力衰ヘタル時コノ黴菌體內(カラダ)ニ侵入(ハイル)スル時ハ忽チ增殖シテ重キ症狀(ヤマヒ)ヲ發シ甚シケレバ死スルモノ多シ加之一兵コレニ罹レバ忽チニシテ一隊一軍ニ傳播(ツタハル)シ戰闘力ヲ減殺(ソグ)スルコト極メテ大ナリ故ニ傳染病ノ豫防ニ就テハ各自(オノオノ)特ニ心シテ幹部ノ指圖ヲ守リ注意ヲ怠ルベカラズ
(現代語訳)
一 伝染病はその病原が必ず外部から人体に入ってきて起こるものであるから、適当な処置と注意とによって予防できるものである。
伝染病の病原は、肉眼では見えない微細な黴菌である。感冒(かぜ)、胃腸障害などの疾病にかかっている時、疲労、酒の飲み過ぎ、睡眠不足などのために体力衰えた時、この黴菌が体内に侵入すると、たちまち増殖して重い症状を発し、ひどい場合は死亡する者が多い。そればかりでなく、一兵がこれにかかれば、たちまちのうちに一隊、一軍に伝播し、戦闘力を減殺することが極めて大きい。故に、伝染病の予防については、各自特に心して幹部の指図を守り、注意を怠ってはいけない。
二 膓チフス」、「パラチフス」、赤痢、「コレラ」ハ出動地ニ於テハ最モ有リ勝チノ傳染病ニシテ此等ノ黴菌ハ主ニ飮食物(タベモノ)、水ニ混リテ口ヨリ體ニ入ルモノナレバ生物ヲ食ハズ生水ヲ飮マザルヲ以テ豫防ノ第一トス煮燒シタル物ハ黴菌死滅スルヲ以テ安全ナリ
腸チフス」、「パラチフス」、赤痢、「コレラ」ニハ當ニ患者ノミナラズ外觀健康人ノ如ク見エテ病毒ヲ糞、尿ニ排泄スル菌保有者ト云フ者アリ故ニ糞尿ハ此等ノ傳染病ノ病原(モト)タル黴菌ノ根源(モト)ト心得テ舍營、露營何レノ場合ニアリテモ便所ヲ造リ又ハ穴ヲ掘リテ糞尿ノ始末ヲヨクシ病毒ヲ散蔓(マキチラス)セザルヤウ注意スベシ
手指ハ種々ノ機會ニ病毒ニ觸レテ汚サレ何時トナク病毒口ニ入ルコト多シ故ニ手指ハ特ニ注意シテ常ニ淸潔ニ保ツベシ食前ハ努メテ手ヲ洗フベシ
蠅ハ好ンデ糞便其他ノ汚物(キタナキモノ)ニ集リ又飮食物(タベモノ)ニ集リ來リテコレヲ汚シ病毒ノ傳播(ツタハルコト)ヲ媒介(ナカダチ)スルモノナレバナシ得ル限リコレヲ驅除(ノゾク)シ飮食物ニ觸シムベカラズ
土人中ニハ菌保有者多ケレバ無用ニ土人ノ器物ヲ用フベカラズ
(現代語訳)
二 「腸チフス」、「パラチフス」、赤痢、「コレラ」は、出動地においては最もありがちな伝染病であって、これらの黴菌は主に飲食物、水に混じって口から体に入るものであるから、生ものを食わず、生水を飲まないことを予防の第一とする。煮炊きした物は黴菌が死滅するから安全である。
「腸チフス」、「パラチフス」、赤痢、「コレラ」には、単に患者だけでなく、外観健康人のように見えて病毒を糞、尿に排泄する「健康保菌者(※原文:菌保有者)」という者がいる。故に糞尿は、これらの伝染病の病原たる黴菌の根源と心得て、舎営、露営いずれの場合にあっても便所を造り、または穴を掘って糞尿の始末をよくし、病毒を撒き散らさないよう注意すべきである。
手指は、種々の機会に病毒に触れて汚され、いつとなく病毒が口に入ることが多い。故に手指は特に注意して、常に清潔に保つべきである。食前は努めて手を洗うこと。
蝿は、好んで糞便その他の汚物に集まり、また飲食物に集まってきてこれを汚し、病毒の伝播を媒介するものであるから、なし得る限りこれを駆除し、飲食物に触れさせるべきではない。
現地住民の中には菌保有者が多いから、無用に原住民の器物を用いてはならない。
三 「コレラ」モ亦腸チフス」ト同ジク主ニ飮食物、水ヲ介シテ病毒口ヨリ入リ大便、吐物(ハイタモノ)ト共ニ體外ニ排泄セラル又健康ナル菌保有者ト云フモノアリサレバ「コレラ」ノ豫防法モ亦大體前ニ述ベタルトコロト異ナラズ但シ本病ハ頗ル猛烈(ハゲシキ)ナル傳染病ナレバソノ流行ニ當リテハ特ニ一層ノ注意ヲ要ス
(現代語訳)
三 「コレラ」もまた「腸チフス」と同じく、主に飲食物や水を介して病毒が口から入り、大便や吐物と共に体外に排泄される。また、健康なる菌保有者というものがいる。「コレラ」の予防法もまた、大体前に述べたところと違いがない。ただし、本病はすこぶる猛烈な伝染病であるから、その流行に当たっては、特に一層の注意を要する
四 痘瘡ハ出動地ニ於テハ現今(イマ)尙所々ニ發生シアリ傳染シ易キ病ナレバ假令種痘(ホウソウ)ヲナシアル者ト雖モ濫ニ患者ノ居ル家ニ近寄ルベカラズ
(現代語訳)
四 痘瘡(天然痘)は、出動地においては今なお所々に発生している。伝染しやすい病気であるから、たとえ種痘(痘瘡の予防接種)をしてある者といえども、みだりに患者のいる家に近寄るべきではない。
五 鼻疽ハ馬、驢ニ最モ多ク一般ニ日本內地ニハ流行ナキモ亞細亞大陸ニハ各地ニ浸淫シ屢々人ニ傳染ス本病原菌ハ其鼻汁皮膚結節及潰瘍(デキモノ)ナドニ存在シ又患馬ノ廐舎ニハ數ケ月生存シアリトイハレ皮膚、口、鼻ナドヨリ浸入シテ發病セシム依ツテ馬ノ取扱、廐舎立入ナドニハ常ニ手袋、「マスク」ヲ裝著(ツケル)シ皮膚ノ傷ハ治療シヲキ特ニ患馬ヲ取扱フ時ニハ軍醫ノ指示(サシズ)ノ下ニ嚴重ナル防護ヲ要ス
本病ニ一度罹感スレバ完全ニ治癒スルコト甚ダ困難ナル故豫防ハ最モ肝要ナリ
(現代語訳)
五 鼻疽は馬、驢に最も多く、一般に日本内地には流行がないものの、アジア大陸には各地に深く染み渡るように流行し、しばしば人に伝染する。本病原菌はその鼻汁、皮膚結節および潰瘍などに存在し、また患馬の厩舎(馬小屋)には数ヶ月生存していると言われ、皮膚、口、鼻などより侵入して発病させる。よって馬の取扱、厩舎立入などには常に手袋、「マスク」を装着し、皮膚の傷は治療しておき、特に患馬を取り扱う時には軍医の指示のもとに厳重なる防護を要する。
本病に一度罹患すれば、完全に治癒することが甚だ困難である故、予防が最も肝要である。
六 脾脫疽(炭疽)ハ牛、羊ナドニ最モ多ク屢人ニ傳播シ病獸ノ血液、咯痰、尿、膿ナドニ抵抗强キ本病病原菌存在シ皮膚、口、鼻ナドヨリ人體ニ浸入シテ發病セシム豫防ハ鼻疽ニ準ズ
(現代語訳)
六 脾脱疽(炭疽)は牛、羊などに最も多く、しばしば人に伝播し、病獣の血液、咯痰、尿、膿などに、抵抗力の強い本病の病原菌が存在し、皮膚、口、鼻などより人体に侵入して、発病させる。予防は鼻疽に準ずる。
七 「ペスト」ハ最モ猛烈(ハゲシイ)ナル傳染病ニシテ鼠族(ネズミノルイ)ニモ流行(ハヤル)アリ主ニ蚤ノ媒介ニヨリテ「ペスト鼠ヨリ人ニ傳染スルモノナレドモ亦皮膚ノ傷ヨリモ入ルコトアリ故ニコレガ豫防ニハ鼠ト蚤ノ驅除(トルコト)ニ努メ又微傷(スコシノキヅ)ト雖モ速ニ治療ヲ受クベシ
蒙古地方ニ棲息(スム)スル鼬ニ似タル「タルバカン」ト稱スル動物ハ屢々「ペスト菌ヲ保有スル蚤アリテ「ペスト」ヲ傳染スルヲ以テコレニ近寄ラザル如ク特ニ注意スベシ
「ペスト」ニハ肺ペスト」ト云フモノアリ病勢頗猛烈(ハゲシ)ナリコノ病毒ハ咯痰唾液(タンツバ)ト共ニ飛散リ呼吸ニヨリテ體內(カラダ)ニ入ルモノナレバ本病流行ノ時ハ特ニ咯痰唾液(タンツバ)ニ注意シ口覆(マスク)ヲ使用スベシ
(現代語訳)
七 「ペスト」は最も激しい伝染病であって、ネズミの類にも流行するものである。主に蚤の媒介によってペスト鼠から人に伝染するものであるが皮膚の傷からも入ることがある。だから、予防には鼠と蚤の駆除に努め、また少しの傷といえども速やかに治療を受けるべきである。
蒙古(モンゴル)地方に棲息する、鼬に似た「タルバガン) 」と称する動物は、しばしばペスト菌を保有する蚤をもっており、ペストを伝染するものであるから、これに近寄らないよう特に注意すること。
「ペスト」には「肺ペスト」というものがある。病勢はすこぶる激しい。この病毒は痰、唾と共に飛び散り、呼吸によって体内に入るものであるから、本病流行の時は特に痰、唾に注意し、マスクを使用すべきである。
八 發疹チフス」ノ病毒ハ主ニ虱ニヨリテ人ヨリ人ニ傳染(ウツル)ス、故ニコレガ豫防ニハ身體被服ヲ淸潔ニシ虱ノ發生セザル如ク心掛ベシ
(現代語訳)
八「発疹チフス」の病毒は、主に虱によって人から人に伝染する。故に予防には、身体被服を清潔にし、虱が発生しないよう心掛けることである。
九 囘歸熱ハ虱、蚤、南京虫ナドニヨリテ人ヨリ人ニ傳播(ウツル)ス故ニコレが豫防ニモ身體被服居所ヲ淸潔ニシテコレラノ昆虫ノ發生ヲ防ギ驅除(トル)ノ方法ヲ講ズベシ
(現代語訳)
九「回帰熱」は虱、蚤、南京虫などによって人から人に伝播する。故にこれの予防にも、身体、衣服、住居を清潔にして、これらの昆虫の発生を防ぎ、駆除の方法を講ずること。
十 「マラリア」卽チ瘧ハ蚊ノ媒介(ナカダチ)ニテ人ヨリ人ニ傳染ス蚊ハ水溜ノ孑孑ヨリ生ルモノナレバ蚊ノ發生時(デキルコロ)ニハ宿營地附近ナルベク汚水(キタナキミヅ)ノ溜ルトコロナカラシメ叢ヲ刈リ取リテ蚊ノ發生ヲ防ギ又蚊帳、防蚊覆面(カヤリフクメン)、防蚊手套(カヤリテブクロ)、防蚊劑(カヤリグスリ)ナドヲ利用シテ蚊ニ螫サレヌヤウ用心スベシ
(現代語訳)
十「マラリア」すなわち瘧は、蚊の媒介によって人から人に伝染する。蚊は水溜まりボウフラより生まれるものであるから、蚊の発生時には、宿営地付近になるべく汚水の溜まる所をなくし、草むらを刈り取って蚊の発生を防ぎ、また蚊帳、蚊よけ覆面、蚊よけ手袋、蚊よけ薬などを利用して、蚊にさされぬよう用心すること。
実物写真
原知崇(@DENKATAN )様よりお借りいたしました。




十一 猩紅熱及麻疹(ハシカ)ハ患者ニ觸レ又ハソノ使用シタル住居(スマヒ)、被服、器物ヲ使用シタル場合ナドニ傳染スルガ故ニコレガ豫防ニハ濫ニ患家(ビヨウカ)ニ近寄ルベカラズ
(現代語訳)
十一 猩紅熱および麻疹は、患者に触れ、またはその使用した住居、被服、器物を使用した際などに伝染するので、これが予防にはみだりに患者の家に近寄るべきではない。
十二 流行性腦脊髓膜炎及「ヂフテリア」ハ患者ノミナラズ健康ニシテ病原菌ヲ咽頭(ノド)ニ保ツトコロノ菌保有者アリ共ニ咯痰又ハ咳嗽ナドニヨリ病原菌ヲ飛散シコレヲ吸込ミタル人ニ傳染ス感冒ニ罹リアルトキ殊ニ傳染シ易シ故ニコレガ豫防ニハ感冒ヲ豫防シ又流行時ニハ口覆ヲ用フベシ
(現代語訳)
十二 流行性脳脊髄膜炎および「ジフテリア」は、患者のみならず、健康にして病原菌を咽頭(のど)に持つところの菌保有者がある。共に咯痰または咳嗽(咳)などにより病原菌が飛散し、これを吸い込んだ人に伝染する。感冒(かぜ)にかかっている時、特に伝染しやすい。だから、これらの予防には感冒を予防し、また流行時にはマスクを用いるべきである。
十三 「クループ性肺炎」、流行性感冒、流行性耳下腺炎(オタフクカゼ)ナドハ皆多クハ感冒(カゼ)ガ誘因トナリ病原菌咽頭ヨリ入リテ起ルモノナレバ常ニ感冒ニカカラヌヤウ用心スベシ
(現代語訳)
「クループ性肺炎」、流行性感冒(インフルエンザ)、流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)などは、みな多くは感冒(かぜ)が誘因となり、病原菌が咽頭(のど)より入りて起こるものであるから、常に感冒にかからぬよう用心すること。
十四 肺結核ハ戰時ニ發病スルコト多ク最モ人ノ忌ミ嫌フ病ニシテ黴菌ハ痰ト共ニ出デ乾キテ飛ビ散リ呼吸ト共ニ咽頭ヨリ入リ又器物ニ著キテ口ヨリ入ルモノナレバ各自濫ニ痰唾ヲ床ヤ地上ニ喀キ出スコトナク又埃ノ飛散(トビチリ)甚シキトキハ鼻口ヲ覆ヒテ埃ヲ吸ハヌヤウニスベシ
(現代語訳)
十四 肺結核は戦時に発病することが多く、最も人の忌み嫌う病であって、黴菌は痰と共に出て、乾いて飛び散り、呼吸と共に咽頭(のど)より入り、また器物に付着して口より入るものであるから、各自みだりに痰唾を床や地上にはき出すことなく、またごみの飛散が甚だしい時は、鼻と口を覆って、ごみを吸わないようにしなさい。
十五 性病卽チ淋病、梅毒及下疳ハ毒アル女ニ接シテ受クル病ニシテ支那ノ梅毒ハ惡性(タチワルイ)ノモノ多シ性病ハ當ニソノ身ノ禍ナルノミナラズ病毒ヲ子孫ニ遺スモノナレバ慾ヲ愼ミ苛且ニモ淫賣女ニ接シテ病毒ヲ受ケザルヤウ心懸クベシ淫賣女ハ皆性病ヲ有(モツ)スルモノト心得ベシ
淋病ニ罹レル者自分ノ汚レタル手ニテ目ニ觸ルレバ忽チ盲トナルコトアリ深ク自ラ警ムベシ
(現代語訳)
十五 性病すなわち淋病、梅毒および下疳は、毒ある女に接して受ける病であって、支那(中国)の梅毒はたちの悪いのものが多い。
性病は単にその身の禍であるだけでなく、病毒を子孫に遺すものであるから、欲を慎み、かりそめにも淫売女に接して病毒を受けないよう心掛けるべきである。淫売女はみな性病を持つものと心得るよ。
淋病に罹っている者が、自分の汚れた手で目に触れれば、たちまち視力を失うことがあり、深く自ら戒めるべきである。
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