善悪二元論の落とし穴と、調和の世界へ
最近世の中では「善悪の二元性を手放そう」という声や、「これからは一極集中でなく調和の時代だ」「陰陽統合」「ワンネス」という言葉をよく耳にするようになりました。
精神世界の統合はもちろんのこと、正義と悪に分けて争うのではなくみんなで手を取り合って生きていこう。
それはわたしたちが向かう大切な方向性です。
しかし、ここで一つ留意しておかなければならないことがあります。
それは、「調和」という素晴らしいものであってもそれを他者に「強要」した瞬間に別の暴力へと変わってしまうということです。
仲良し、という名の抑圧
たとえば、職場の親睦を深めるためのグループ旅行があったとします。
休日の午後、みんなで集まって賑やかにトランプゲームでもしようと盛り上がっている。
でも、ある一人は「日々の疲れを癒すために、木陰で静かに自然の風を感じていたい」と思っている。
その時、「みんな一緒に楽しむのが正しいんだから、あなたも輪に入りなさい」と、その人を無理やりゲームの輪へ連れ出すのは本当に良いことなのでしょうか。
誘っている側は純粋な善意のつもりですね。
みんなで仲良く、は正しいと信じて疑いません。
しかし静かに過ごしたい人からすればそれは善意の皮を被った抑圧となんら変わらないかもです。
心の世界の干渉
この善意の強要は目に見える行動だけにとどまりません。
わたしたちが無意識のうちにやってしまいがちなのが、他者の「心の世界」にまで干渉しその心の態度を裁いてしまうことです。
例えば誰かが悲しみや悩みを抱え、自分の内側と静かに向き合っているとき。
「あの人の心は統合されていない」「ネガティブだ」と自分の心のなかでマウントをとる。
主観で相手の心を決めつける。
頭で理解していても、「調和した心を持てないやつは間違ってる」と他者の心を裁いた途端それは結局のところ「善悪二元論」に陥っているだけなのです。
問いを持ち続けること
ではわたしたちはどうすれば心も体も本当の意味での調和に向かうことができるのでしょうか。
それは、答えを思想化して押し付けるのではなく常に問いを持ち続けることかもしれません。
調和が正しい、と行動を強制するのではなく「どうすればみんな心地よくなれるか」と問い続けること。
正しさを振りかざすのをやめ、その問いを謙虚に温める姿勢こそが調和へと導いていきます。

ゆっくり、世界を変えていく
世の中の仕組みや組織、人々の意識を変えていくにはとても時間がかかります。
相手の心や行動を思い通りに一気に変えようとするのではなく、まずは自らが襟を正し、時間をかけて少しずつ周囲との関係性を整えていく。
そうして、自然と共鳴する仲間が増えていくのを待つ。
あなたはいま、調和を武器にして誰かの静かな成長を奪ってはいないでしょうか。
現代のシステムに、どこか息苦しさを感じていませんか。
答えは外側にはありません。すでにあなたの内側に眠っています。
社会の刷り込みから抜け出し、本来の自分を取り戻していくための視点と、太古の日本に伝わる技法を少しずつお伝えしています。
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