グリーフの、その先に
グリーフケアというテーマで、
一本の映画を作った。
がんで大切な家族を失った主人公。
もう一人は、突然の交通事故によって、
一瞬にして大切な人を失う。
同じ「喪失」でも、その形はまったく違う。
二人が抱える悲しみや苦しみを描きながら、
最後に置いたのは「再出発」だった。
悲しみを消すことでもない。
失ったものを忘れることでもない。
その痛みを抱えたまま、
もう一度、自分の人生を歩き始める。
そのきっかけを描きたかった。
作ってみて、あらためて思う。
人が抱える苦しみや悲しみ、
痛みは、死別だけではない。
病気、事故、別れ、家族との断絶。
夢を失うこともある。
長い時間をかけて積み重なったものが、
ある日突然、崩れることもある。
人には、人に見せていない喪失がある。
だから、ときどき不思議な質問をされる。
「そういう経験がないのに、
どうしてこのテーマを描けるんですか?」
そんなことを、真顔で聞かれる。
僕はいつも思う。
あなたは、僕の何を知っているんですか、と。
僕も50年以上、人間をやっている。
その間に、いろいろなことがあった。
そのひとつが、母親との別れだ。
母親は、僕が1歳と2か月のときに亡くなった。
21歳だった。
胃がんだった。
当然、僕には母親との思い出がない。
いや、「思い出がない」という言い方も少し違う。
僕が1歳2か月だったのだから、
そもそも母親との思い出が形成されるほどの
時間を生きていない。
声も知らない。
一緒に過ごした時間も知らない。
抱きしめられた感覚も知らない。
僕が知っているのは、数枚の写真と、
その人を知っている人たちから聞いた話だけだ。
「あなたのお母さんは、こういう人だった」
「ああいう人だった」
「こんなことをしてくれた」
話す側に悪意がないことは分かっている。
きっと、僕のためを思って話していたのだろう。
でも、僕には分からない。
その人たちにとっては確かな思い出でも、
僕にとっては、
自分の中に存在しない時間の話だからだ。
知りたいと思っても、
自分で確かめることはできない。
母親を知るための、自分自身の時間がない。
それなのに、9歳で母親が亡くなったという
事実を知ってから、
僕は何度もその話を聞かされることになった。
高校卒業と同時に、
僕は一人で生活することを決めて家を出た。
それほど、僕には重かった。
だから僕は、人の生死について
簡単に語るものではないと思っている。
まして、その人がどんな人生を
歩いてきたのかも知らないまま、
「あなたには、そんな経験はないでしょう」
と決めつける人もいたりする。
それは、怒りを通り越して悲しくなる。
人間の人生なんて、
外から見ただけでは分からない。
誰にも話していないことだってある。
だから、今回この映画を作って、
僕はグリーフというものを少し違う角度から
考えるようになった。
グリーフは、死別だけではない。
人は、生きているだけで、
いろいろなものを失う。
そして、その喪失の形は、一人ひとり違う。
だからこそ、同じ経験をしていなければ
描けない、というものでもない。
大切なのは、自分がその人と同じ経験を
したかどうかではなく、その人の人生を、
自分の物差しだけで決めつけないことだ。
今回の映画で描いた二人も、
同じ悲しみを抱えているわけではない。
それでも、二人とも、
その先へ進もうとしている。
悲しみが消えたからではない。
忘れたからでもない。
抱えたまま、それでも歩いていく。
人生には、そういう再出発がある。
そして、そのきっかけは、案外小さなもの。
誰かの言葉だったり、
ひとつの出会いだったり、
何気ない出来事だったりする。
だから、この映画で描きたかったのは
「喪失」そのものだけではない。
喪失したあとにも、
人生は続いていくということ。
そして人は、
いつかまた歩き始めるということ。
グリーフの先には、
悲しみだけがあるわけではない。
その先には、まだ人生がある。
絶望であってもだ。
