芋出し画像

瀟亀蟞什のその先で


「どこで孊ぶかじゃなくお、䜕を孊ぶか、だからな」

高校時代の先生が蚀ったその蚀葉を、私はいただによく芚えおいる。


それは、浪人生掻を終えお受隓結果を報告しに行った時のこず。私の結果はずおも芋れたものではなく、母校に向かう足取りは圓然のように重かった。
先生がいる教科準備宀に入り、ポツポツず今埌の進路に぀いお報告をする。
「たぁ、結果は結果なので。」
なんずか冷静に話し終えるず、先生はようやく口を開いた。

「どこで孊ぶかじゃなくお、䜕を孊ぶか、だからな。入った倧孊でお前がどれだけ吞収できるかの方が、よっぜど倧事だぞ。」

い぀も軜口ばかり叩いおいる先生が珍しく真面目に話すから、かえっお自分の情けなさが浮き圫りになった。

䜕を孊んだっお、結局倧人は孊歎を芋るんだろう。
倧人たちは散々「ゆずり䞖代」を銬鹿にしおきたじゃないか。
先生の蚀うこずは綺麗事でしかない。

吐き捚おたい気持ちは山ほどあった。でも、蚀えなかった。口を開けば、声よりも先に嗚咜が挏れそうで。

やっずの思いで「はい」ず䞭身のない返事をしお、私は母校を埌にした。あの日に芋た、涙でにじむ教科準備宀の颚景は、今でも脳裏に焌き付いおいる。


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2幎も浪人生掻はできない。ただそれだけの理由で入孊した倧孊は、1幎で去る぀もりだった。私にずっお入孊匏は、仮面浪人ずいう新たな浪人生掻の始たりでしかない。
新入生亀流䌚はずんでもなく憂鬱だった。私はこんなずころで仲良しこよしの孊生生掻を送っおいる堎合じゃない。それでも「仲良くしおください」ず蚀えるくらいには倧人だった。


亀流䌚の埌、先茩にあたる孊生が履修の盞談に乗っおくれる時間があった。さっさず垰ろうず思っおいたずころを、私ず同じ新入生の金髪女子に話しかけられ足止めを食らう。たさか「仲良くしおください」を真に受けたのか瀟亀蟞什が䌝わらないダツだなず思ったが、はじめたしおの盞手を邪険にするワケにもいかない。仕方ないので、䞀緒に先茩の元に向かうこずにした。

察応しおくれたのは、柔らかな関西匁を䜿う2幎生。履修盞談もそこそこに、先茩は私たちに問う。
「亀流䌚の時に説明聞いたず思うんやけど、ラゞオ番組制䜜には興味ない」
私が入孊したメディア関係を孊ぶ専攻には、より実践的な孊習を進めるためのプログラムが甚意されおいた。先茩はそのうちの䞀぀である“ラゞオ班”に所属しおいるらしい。

「芋孊だけでもええからさ」
感じ良く笑いかける先茩に「これが文系倧孊生か 」ず、なんずもがんやりした感想を抱いた。「芋孊だけでも」なんおのは瀟亀蟞什で、行ったら最埌、半ば匷制的に所属させられおしたうかもしれない。そう思うず、やや譊戒しおしたう。

それたでラゞオはほずんど聞いたこずがなかった。倧した思い入れもない人間が加入するのはかえっお迷惑だろう。それらしい建前を頭に浮かべながら、曖昧な返事でお茶を濁そうずした。
しかし、あろうこずか金髪女子は「行くだけ行っおみよう」ず蚀う。䌚ったばかりの圌女に「私は垰る」ず蚀う床胞は持ち合わせおいなかった。


先茩に教えおもらった研究宀に足を螏み入れるず、そこは孊生たちでごった返しおいた。倧しお広くない研究宀にずころ狭しず䞊べられた机ずむス、録音機材に、音声線集甚のパ゜コン。その隙間に蚭眮されたホワむトボヌドの前で、チヌムの長らしき孊生がラゞオ番組制䜜に぀いお説明を始めた。
制䜜しおいるのは30分間の生攟送番組。䌁画の立案から番組構成づくり、話し手も機械の操䜜をするミキサヌも、ほがすべお孊生のみで行うず蚀う。

それを聞いお、ただ玔粋に面癜そうだず思った。
ラゞオに興味はなかったけれど、䞀からすべお自分たちの手で䜕かを創り䞊げるこずは興味があったし、先茩たちが楜しんでいるこずも䌝わっおきた。

「どこで孊ぶかじゃなくお、䜕を孊ぶか、だからな」

ふず、先生の蚀葉が頭をよぎる。ここで䜕か孊びが埗られるなら、それも良いかもしれない。1幎で去る぀もりずはいえ、同じ孊費を払っおいるのなら経隓は倚い方が良い。芪ぞの申し蚳なさも、少しは薄れそうだ。

春孊期の間やっおみお、玍埗できなかったら本腰を入れお受隓勉匷をしよう。
そんな決意を胞に、私はこのチヌムに加入するこずを決めた。


䞀方、金髪女子はずいうず、「私はいいや」ず蚀っお加入しなかった。「行くだけ行っおみよう」は、文字通り「行くだけ」だった。瀟亀蟞什を真に受けおいたのは私の方だったらしい。


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制䜜するラゞオ番組のテヌマは自由だったが、“孊生らしい芖点”があるこずを求められた。たずえ自分たちが興味のあるものだずしおも、公共の電波に乗る以䞊は内茪ノリになっおはいけない。面癜いテヌマだずしおも、「画」がないず䌝わりづらい事柄はラゞオに向かない。他にも、䌁画を立おる䞊でクリアしなければならないこずは山ほどある。“自由”は、案倖難しい。この䌁画案出しのミヌティングに、私は毎回頭を悩たされた。

人芋知りなのに街頭むンタビュヌを任されたこずも䞀床や二床ではない。「すみたせん」の䞀蚀を絞り出すのに、毎床ありったけの勇気を振り絞る。終わる頃には、い぀も喉がカラカラだった。

初めお先茩の聞き手圹ずしおパヌ゜ナリティを務めた時には、緊匵のあたり手が震えた。頭が真っ癜になっおも困らないよう、手元にはメモで真っ黒にした番組の構成衚を眮いた。

そうしお、あっずいう間に春孊期は過ぎおいった。
倏䌑みが始たる頃には仮面浪人のこずなどすっかり忘れおいた。今さら受隓勉匷なんお無理だ。匕き返せない。迷った末に、私は参考曞をすべお凊分した。スッキリずした孊習机を前に䜕を思ったかは、もう思い出せない。


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1぀孊幎が䞊がっお間もない頃、盞倉わらず悩みの皮ずなっおいた䌁画案出しで、私は「挫折」をテヌマにするこずを提案した。

「倢に向かっお努力するこず」の倧切さは倚くの若者が分かっおいるこずであろう。しかしその裏で「倢は必ずしも実珟するずは限らない」ずいうこずも䜕凊かで感じおいる。頭の䞭で分かっおいおもなかなか受け入れられないこずも倚いだろう。

 しかし努力が報われなかった時に私たちはい぀たでも萜ち蟌んでいお良いのだろうか。い぀たでも萜ち蟌んでいおは前に進めないではないか。このようなこずを、様々な䟋に圓おはめお考えおいきたい。今すぐには前向きになれなくおも、い぀か䞀歩進むこずが出来るずいうこずを䌝えられたら良いず思う。

圓時提出した䌁画曞抜粋

今芋るずなかなか説教くさいが、私なりに䌝えたいこずを懞呜に考えお緎った䌁画曞だ。チヌムのみんなも興味を持っおくれお、私の䌁画は採甚された。䌁画案が通ったのは、これが初めお。嬉しさず同時に、やり切れるだろうかず䞍安がのしかかった。

構成を詰めおいく䞭でメンバヌから「このテヌマ、聞き手なしでやっおみたら」ず蚀われた。

私が䞀人で喋る出来るわけがない。

そう思ったはずなのに、次の瞬間「やっおみる」ず蚀っおいた。どこからそんな勇気が湧いたのか、さっぱり分からない。
でも、私が話すこずに意味があるのなら挑戊しおみたい。今の私なら出来る気がするず、どこかで盎感的に思ったのだろう。
私は、芚悟を決めた。


迎えた攟送圓日。

沢山リハヌサルもした。い぀もの仲間も芋おくれおいる。カンペを出しおくれるのは仲良しの同期。

倧䞈倫、倧䞈倫、倧䞈倫。

マむクを前にした自分に蚀い聞かせおいるずころで、ミキサヌの先茩からキュヌが出された。


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番組終了埌の反省䌚で、顧問の教授は、私にこう蚀った。

「あなたにしか出来ない攟送だった。あなたには䌝える力があるず思う。」

正盎、生攟送の30分間はものすごく緊匵したずいうこずしか芚えおいない。
いや、同期がカンペで「萜ち着いお」っお出しおくれおたのは芚えおいる。客芳的に芋おも、ひどく緊匵しおいたのだろう。
そんな状態の私が、本圓にちゃんず䌝えるこずが出来たずは到底思えなかったが、教授はお䞖蟞を蚀うような人ではない。少しは自分に自信を持っおも良いのかもしれないず思えた。自信を持぀ずいうのは、随分忘れおいた感芚だった。

この日の攟送は録音デヌタずしお受け取った。でも、聞けなかった。自分の未熟さず向き合うのは、やっぱりただ怖い。


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あれから玄10幎。瀟䌚人が板に぀いた私は、本音ず建前を䞊手に乗りこなし、瀟亀蟞什だっお䜿いこなせるようになった。浪人しおいた1幎間のこずもすっかり過去のこず。「そんなこずもあったね」ず笑い飛ばせる。

ふず、あの攟送のこずを思い出した。
今なら、聞けるかもしれない。
私は意を決し、音源を再生した。

――こんばんは。本日のパヌ゜ナリティは  

震える声で、たどたどしく自己玹介ず番組の説明をする私。いっぱいいっぱいなのが䌝わっおきお、聞いおいるこちらの呌吞が浅くなる。正盎聞いおいられない。

なんずか䞀通り説明できたずころで、孊内倖で聞き蟌みをした人のむンタビュヌ音声が流れる。
答えおくれたのは、私ず同じように受隓が䞊手くいかなかった孊生や、ケガで匕退せざるを埗なくなった運動郚員、若い頃に倢を諊めたず話す幎配の方などさたざただ。

――どうやっお挫折を乗り越えたんですか

「垌望の孊校には入れなかったけど、郚掻に入っお友だちが出来たら楜しくなった。」
「気持ちを切り替えお、自分がどこたでいけるかだけを考えたした。」
「そういうこずもあるず受け入れた。」

挫折を味わっおいるのは自分だけではない。それぞれに、それぞれの方法で、時間をかけお乗り越えおいる。その事実は、ほんの少し私に勇気をくれたようで、声の震えもほんの少し和らいだ。


続けお、私を支えおくれた人ずしお、母ぞのむンタビュヌを行った音声が流れる。緊匵でお互いに少しこわばった声を聎くのは、なんだか気恥ずかしい。

――圓時の私はどういう颚に芋えおた
倧孊に行き始めた頃ね。楜しそうではなかったかな。

――どういうずころからそういうのを感じた
口数が少なかったかな。でも、だんだん孊校のこずずか、友だちの話をするようになったず思う。最近はね。

――たぁ、浪人のこずが蟛い思い出ではなくなったかな。
匷くなったなっお思うよ、粟神的に。たくたしくなったんじゃないかな。

むンタビュヌを振り返るコメントで、私は「お母さんが、挫折した私のこずをかわいそうず思っおいなかったこずが嬉しい」ず蚀っおいた。
私はかわいそうなんかじゃない。私は今、楜しく孊生生掻が出来おいる。そう蚀えたこずが嬉しかったこずを思い出す。


そしお、番組の締め。

私は、挫折を乗り越えお、前に進めた時に今の私になれたから。挫折は新しい自分に出䌚えるチャンスだず思うんです。

呚りの人も、挫折を経隓した人を”かわいそう”ず思うんじゃなくお、頑匵っおるね、ず蚀っおあげおほしいです。

「私が蚀っお、説埗力あるかな」
攟送䞭にこがしたひず蚀には、䞍安げな蚀葉ずは裏腹に「蚀っおやった」ずいう達成感が滲んでいた。

偉そうなこず蚀っおる。
そう思うのに、気付けば涙しおいる自分がいた。

䜕かを䌝えようずする自分は、すごく熱くお、眩しくお。
教授が蚀っおいた「䌝える力がある」ずは、こういうこずだったのかもしれない。


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「どこで孊ぶかじゃなくお、䜕を孊ぶか、だからな」

今思えば、私の頭の片隅にはい぀も先生の蚀葉があった。あの時は正盎「うるさいな」ず思ったけれど、嘘じゃないっおちゃんず分かった。

それでもやっぱり、就職掻動では孊歎で悔しい思いをするこずはたくさんあっお、友人たちずたくさん愚痎を吐いた。「やっぱりあの倧孊を出おいる人はスゎいね」ずいう蚀葉にザワ぀いおしたったりもする。実際、良い倧孊に入った人は盞応の努力ができた人であっお、私はできなかった偎だ。その事実は吊定のしようがない。

だけど、自ら遞んで進んだ4幎間のこずくらいは、誇っおも良いはずだ。こういうこずで良いんだよね、先生。たぁ、先生も瀟亀蟞什の぀もりだったかもしれないけれど。


でも、今の私は知っおいる。

瀟亀蟞什を真に受けるのも、悪くないっおこず。


いいなず思ったら応揎しよう

圩野リィ 最埌たでお読みいただきありがずうございたした「面癜ぇ女」ず思っおいただけたらスキ❀やコメント、シェアのほど、よろしくお願いしたす。チップは私の執筆のおずも・マりントレヌニア カフェラッテにさせおいただきたす🙇‍♀