My 直島あるある: VIPゲストは草間彌生さんの『self-obliteration』を理解しており、毎回その話しで盛り上がる (笑)
2026/7/23:
今日、ベネッセハウスミュージアムでデイヴィッド・ホックニーの『ホテル・アカトラン 中庭の回遊』のQ&Aをしていた時、VIPゲストの大学教授の方からデイヴィッド・ホックニーは先月88歳で亡くなったと聞いた💦
ご冥福をお祈りします。
この絵は、vibrant colorsとreverse perspectiveが特徴的で好きな作品の一つです。

直島に来るVIPゲストの方は非常に高い確率で世界各国で開かれる草間彌生展に足を運んでいる。
なぜ水玉模様かを話すと、みなさん、草間彌生さんの self-obliteration(自己消滅)を理解していて、その話しで毎回盛り上がる(笑) マイ直島あるある🤭

直島・豊島で外国人ゲストに建築とアートの解説をする際、アーティストと建築家の年齢をいうと驚かれる。
🔸草間彌生 1929年3月22日、97歳
🔸安藤忠雄 1941年9月13日、84歳
🔸李禹煥 1936年6月24日、90歳
🔸横尾忠則 1936年6月27日、90歳


草間彌生と「Self-Obliteration(自己消滅)」
草間彌生(くさま やよい)の芸術を理解するうえで重要な概念の一つが、Self-Obliteration(セルフ・オブリタレーション)です。
日本語では一般に「自己消滅」と訳されます。
一言で言えば、これは、
「自分という存在と、周囲の世界との境界が消えていくこと」
を意味します。
1. 「Self-Obliteration(自己消滅)」とは?
草間彌生は、無数の水玉や網目模様を、キャンバスだけでなく、自分の身体、衣服、家具、部屋、さらには空間全体に繰り返し描いてきました。
同じパターンが無限に反復されると、次第に、
どこまでが自分なのか
どこからが部屋なのか
どこまでが一つの物体なのか
どこからが周囲の空間なのか
という境界が曖昧になっていきます。
つまり、「私」と「世界」を分けていた境界線が失われていくのです。
草間彌生にとって、Self-Obliterationとは、単に「自分を消す」こという意味ではありません。
むしろ、
「個としての自分という境界を超え、周囲の世界や無限の宇宙の一部へと溶け込んでいくこと」
と理解すると分かりやすいでしょう。
2. なぜ水玉なのか?
草間彌生にとって、水玉は単なる可愛らしいデザインや装飾ではありません。
彼女は、幼少期から、視界全体に水玉や網目のような模様が広がって見えるなど、強烈な幻視や幻覚を経験してきました。
花や家具などが自分に話しかけてくるように感じることもあったといいます。
こうした幼少期の体験は、後の彼女の芸術に大きな影響を与えました。
彼女は、自分が経験したイメージや恐怖を、無数の水玉や網目模様の反復として作品に取り込んでいったのです。
部屋や家具、衣服、そして自分自身まで同じ模様で覆っていくと、物と物との違いが次第に見えなくなっていきます。
そして最終的には、
「自分」と「周囲の世界」の境界そのものが消えていく
という感覚が生まれます。
3. 水玉は「無限」につながっている
草間彌生の水玉を理解するうえで、もう一つ重要なのが無限性です。
水玉は一つひとつを見ると、小さな円にすぎません。
しかし、それが無数に繰り返されると、終わりが見えなくなります。
一つの水玉は小さな存在ですが、無数の水玉が広がることで、空間全体を覆い尽くします。
草間彌生の作品では、
一つの小さな存在が、無限に広がる世界の一部になる
という感覚が生まれます。
人間も、地球も、月も、太陽も、広大な宇宙の中では、一つの小さな存在にすぎません。
この意味で、水玉は、個々の存在と無限に広がる宇宙との関係を考えさせるモチーフだと言えるでしょう。
ただし、すべての水玉が特定の一つの意味を持つというよりも、作品や文脈によって、無限、宇宙、存在、生命など、さまざまなイメージへと広がっていくと考える方が適切です。
4. 「恐怖に呑み込まれる前に、自分から世界と一体になる」
草間彌生の芸術を考えるうえで、非常に印象的な解釈があります。
彼女は幼少期から、周囲の世界が無限の模様に覆われ、自分自身もその中に飲み込まれていくような体験をしてきました。
その体験を、次のように解釈することができます。
「恐怖に呑み込まれる前に、自分から空間と一体になってしまう。」
つまり、外から押し寄せてくるイメージにただ圧倒されるのではなく、自ら世界全体を水玉で覆い、自分と世界との境界をなくしていくのです。
もちろん、これは草間彌生本人の言葉をそのまま引用したものではなく、彼女の作品を理解するための一つの解釈です。
しかし、彼女の作品における、
反復
増殖
自己と世界の境界の消失
無限への融合
というテーマを理解するうえで、とても分かりやすい考え方です。
まとめ
草間彌生の「Self-Obliteration(自己消滅)」とは、
無数の水玉や模様によって、自分と周囲の世界との境界が消え、個としての自己が無限に広がる世界の一部へと溶け込んでいくこと
と説明できます。
彼女にとって、水玉は単なる装飾ではありません。
幼少期から経験してきた強烈な幻視やイメージ、そして「自分」と「世界」との境界が失われていく感覚が、無数の水玉や網目模様として作品に現れているのです。
草間彌生の作品を見るとき、私たちは単に「水玉で覆われた部屋」や「水玉模様の作品」を見ているのではありません。
そこでは、
「私はどこまでが私なのか?」
「私と世界を分けている境界は、本当に存在するのか?」
「個としての自分が消えたとき、私たちは何になるのか?」
という、より根源的な問いが投げかけられているのです。
そして、草間彌生の芸術の大きな魅力は、一見すると単純な水玉の反復から、自己、宇宙、無限、存在そのものについて考えさせられる点にあると言えるでしょう。
