二十四、時代小説 義賊 千変万化の三太(せんぺんばんか の さんた)
第三話、三太の恋
五章、謎の香炉
夜明け前、 三太は昨夜手に入れた包みを広げていた。 狐面は脇に置かれている。 目の前には古びた香炉 そして血判の押された証文の切れ端。 三太は何度も見返した。 しかし分からない。 香炉は立派な唐物だが、それだけだ。 証文も途中から切られていて肝心な部分が読めない 「なんだこりゃ」 三太は頭を掻いた。「宝の地図でもなさそうだ」 そこへ彦六がやって来た。 「朝っぱらから何やってる」 「虎屋が残した品だな」 彦六は香炉を手に取った。 ひっくり返す。 「茶碗なら飯が食えるのにな」 「お前は食い物しか考えてないな」 「当たり前だ」 彦六は笑った。 「そのガラクタ、売れるのか」 三太は香炉を見つめた。 「売れるかどうかは知らん」 「だが」 「虎屋は必死だった」 「だから何かある」 一方その頃。 虎屋宗兵衛は顔を青くしていた。 奥座敷。 誰もいない部屋。 宗兵衛は酒をあおる。 しかし酔えない。 香炉。 証文。 あれ自体に価値はない。 奉行所へ持って行かれても意味は分からない。 だから最初は高を括った。 だが。 考えれば考えるほど嫌な汗が出る。 「誰だ」 宗兵衛は呟いた。 「誰が知った」 そして行き着く。 越前屋。 あの男ならやりかねない。 十年前の秘密を独り占めするために。 自分を脅すために。 「越前屋め……」 宗兵衛の目が細くなる。 疑いの芽が生まれた。 昼過ぎ。 越前屋。 豪壮な店構え。 番頭が帳面をめくり、 若い衆が荷を運んでいる。 そこへ一人の老人が現れた。 旅の骨董商。 白髭。 丸眼鏡。 腰の曲がった老人。 もちろん三太である。 「旦那にお目通り願いたい」 やがて奥へ通される。 越前屋の主人。 越前屋清蔵。 六十近い老人だが目は鋭い。 商売人の顔をしている。 だがどこか蛇のようでもある。 「何用だ」 三太は風呂敷を広げた。 香炉が現れる。 その瞬間。 越前屋の瞳が揺れた。 ほんの一瞬。 だが確かに。 三太は見逃さない。 「ほう」 越前屋は平静を装う。 「良い品だな」 「でしょう」 「唐物か」 「そうらしい」 三太は笑う。 「ところで旦那」 「なんだ」 「これを千両で買っていただきたい」 越前屋は吹き出した。 「馬鹿を申せ」 「高いですか」 「当たり前だ」 「ですが」 三太は香炉を回した。 底を見せる。 刻印が現れる。 その瞬間。 越前屋の顔色が変わった。 ほんの僅か。 だが今度は確実だった。 沈黙。 長い沈黙。 やがて越前屋は言った。 「その品」 「はい」 「どこで手に入れた」 三太は内心ほくそ笑む。 喰いついた。 「山寺の古物市で」 「ほう」 「前の持ち主は分かりません」 もちろん嘘。 越前屋は香炉を見つめ続ける。 まるで幽霊を見るように。 やがて視線を逸らした。 「確かに」 「うちから出た品だ」 三太は驚いたふりをする。 「おお」 「そうでしたか」 「昔な」 越前屋は苦笑した。 「だが買い戻す気はない」 「ほう」 「千両など払わぬ」 三太は肩を竦めた。 「残念」 香炉を包み始める。 その時。 懐から血判の証文が少し覗いた。 本当に偶然のように。 越前屋の目が釘付けになる。 三太は気付かぬふり。 包みを閉じる。 立ち上がる。 「では失礼」 店を出る。 背中に視線を感じる。 刺さるような視線。 店の奥。 越前屋は顔面蒼白だった。 「まさか……」 香炉。 血判。 あの切れ端。 間違いない。 十年前の証拠。 越前屋は立ち上がった。 「誰だ」 「誰が持っている」 「虎屋か」 「代官か」 「それとも……」
(つづく)

