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二十二、時代小説 義賊 千変万化の三太(せんぺんばんか の さんた)

第三話、三太の恋

三章、死相見の玄斎

翌日、宿場の辻に見慣れぬ易者が現れた。 白髪。 白髭。 黒い法衣。 首から数珠を下げ、 古びた机の上には竹筒と易札。 看板には達筆でこう書かれている。 「死相見 玄斎」 町人たちは顔を見合わせた。 「誰だ?」 「昨日はいなかったぞ」 「旅の易者だろう」 しかし客は寄らない。 そんな時だった。 酔っ払った男が現れる。 豆吉である。 もちろん三太の仕込みだ。 本人は知らない。 ただ酒を奢られて機嫌がいいだけだ。 「おい易者!」 「なんじゃ」 「当たるのか!」 玄斎は豆吉の顔をじっと見る。 やがて深刻な顔になった。 「お主……」 豆吉がごくり。 「昨夜酒を飲んだな」 町人たちがどっと笑う。 「当たり前だ!」 「酒臭いもの!」 玄斎は目を閉じる。 「しかも飲みすぎた」 「当たりだ!」 「そりゃ見りゃ分かる!」 大笑い。 だが玄斎は続ける。 「さらに」 「うん?」 「今朝、仲間に怒鳴られた」 豆吉が飛び上がる。 「なんで分かった!」 実際に彦六に怒鳴られている。 町人たちはざわついた。 「当たるぞ」 「本当に見えるのか」 噂はあっという間に広がった。 夕方。 虎屋の番頭がやってきた。 「旦那がお呼びだ」 玄斎は頷く。 「参ろう」 虎屋。 立派な座敷。 上座には主人の虎屋宗兵衛。 五十過ぎ。 恰幅が良い。 笑顔を浮かべているが目は笑っていない。 玄斎は静かに座る。 宗兵衛は鼻で笑った。 「噂の易者殿か」 「左様」 「わしの運勢を見てもらおう」 玄斎は黙って顔を見る。 じっと。 じっと。 いつまでも。 宗兵衛が苛立つ。 「どうした」 玄斎は視線を逸らした。 「いえ……」 「申せ」 「見間違いなら良いのですが」 宗兵衛の眉が動く。 「何を見た」 玄斎は低く言った。 「血です」 部屋の空気が変わる。 宗兵衛の笑顔が消えた。 「血?」 「はい」 玄斎は目を閉じる。 「古い血」 「……」 「十年ほど前の血」 宗兵衛の指がぴくりと動く。 だが玄斎は見ないふり。 「さらに」 「まだおる」 「誰が」 「恨みを抱いた者」 沈黙。 玄斎はゆっくり顔を上げる。 「死人が一人ではない」 宗兵衛は笑った。 だが引きつっている。 「商売人だ」 「恨みを買うこともある」 「左様でしょうな」 玄斎は頷く。 「ただ……」 「ただ?」 「このままでは夏を越せませぬ」 宗兵衛の顔色が変わる。 「どういう意味だ」 「死相が出ております」 静寂。 遠くで風鈴が鳴った。 宗兵衛の額に汗が浮かぶ。 「助かる道は」 ようやく絞り出した声。 玄斎は頷いた。 「ございます」 宗兵衛が身を乗り出す。 「教えろ」 「ただし」 「うむ」 「誰にも知られてはならぬ」 玄斎は懐から護符を取り出した。 古びた紙。 朱で奇妙な文字が書かれている。 もちろん三太の作り物だ。 「今夜丑の刻」 「……」 「町外れの稲荷社へ参れ」 「それで」 「お主が最も後ろめたく思う物を供えよ」 宗兵衛が固まる。 「最も……後ろめたい物」 「さすれば災いを避けられる」 玄斎はそれ以上語らない。 帰り道。 玄斎は袖の下で笑った。 虎屋は喰いついた。 あの顔。 あの汗。 何かを知っている。 何かを隠している。 そして今夜。 奴は必ず動く。 罪を抱えた人間ほど、 自分から罠に飛び込むものだからだ。 その頃。 虎屋の奥座敷。 宗兵衛は一人になり酒をあおった。 手は震えている。 そして呟く。 「まさか……」 十年前。 代官。 越前屋。 御用金。 切腹した勘定方。 忘れたはずの記憶が蘇る。 「知っているのか……?」 宗兵衛の顔から血の気が引いた。 月が昇る。 そして風の三太は、稲荷社の闇の中で虎屋が何を持って現れるのかを待つのであった。 (つづく)


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