三、時代小説 義賊 千変万化の三太(せんぺんばんか の さんた)
第一話 三太 義賊の馴れ初め
三章「風車座の影」——旅芸人の裏の顔 旅の空の下、
風車座は今日も興行を打っていた。 村外れの広場に張られた幕の前には、子どもから年寄りまで人だかりができている。 三太は綱の上で軽く跳ね、宙返りを決める。 観客がどっと沸いた。 「三太、今日もいい調子だねぇ!」 お紋姐さんが笑い、弥平が太鼓を叩いて盛り上げる。 いつもの、楽しい旅芸人の一日――のはずだった。 だが、その日の夕暮れ。 興行が終わり、座員たちが片付けをしていると、 数人の男たちがずかずかと近づいてきた。 胸に役所の紋をつけた、地元の役人たち。 その後ろには、いかにも悪そうな地元のヤクザ者が控えている。 「おい、風車座。ここで興行するなら“場所代”を払ってもらおうか」 座長の源蔵が前に出る。 「場所代なら、村役所に届け出て払ってありますよ」 「へぇ、そうかい。だがな――“うちにも”払ってもらわねぇと困るんだよ」 ヤクザ者がニヤリと笑い、三太の肩を乱暴に掴んだ。 「芸人風情が、いい気になりやがって」 三太は歯を食いしばった。 「離せよ! 俺たちは真面目に芸を――」 バシッ。 頬に平手が飛んだ。 三太は地面に倒れ込み、口の中に血の味が広がる。 「三太!」 お紋姐さんが駆け寄る。 弥平も千代松も怒りで顔を真っ赤にしているが、 相手は役人とヤクザ。手を出せば一座が潰される。 源蔵は悔しそうに拳を握りしめ、 懐から金を取り出して差し出した。 「……これで勘弁してくだせぇ」 役人は金をひったくり、鼻で笑った。 「最初からそうすりゃいいんだよ。 また来るからな。忘れんなよ」 男たちが去ったあと、 三太は拳を震わせながら立ち上がった。 「なんで……なんであんな奴らに頭を下げるんだよ! 悔しくねぇのかよ!」 源蔵は三太の肩に手を置いた。 「悔しいさ。だがな、芸人は弱い。 力で敵わねぇ相手には、頭を下げるしかねぇ」 三太は唇を噛んだ。 涙がこぼれそうになる。 「……俺、あいつら許せねぇ。 弱い者いじめなんて、絶対に許せねぇ!」 その夜。 座員たちが寝静まった頃、 源蔵は三太を呼び出した。 「三太……お前に話しておくことがある」 源蔵の声は、いつになく低かった。 「風車座はな……ただの旅芸人じゃねぇ」 三太は目を瞬いた。 「え……?」 源蔵は静かに続けた。 「俺たちは、全国に散らばる“義賊の一味”だ。 芸で旅をしながら、悪党の懐を抜き、 困ってる連中に金を回してる」 三太は息を呑んだ。 「……盗賊……?」 「そうだ。だが、殺しはしねぇ。 弱い者からは盗らねぇ。 悪党だけを狙う――“風の盗賊”よ」 お紋姐さん、弥平、千代松が闇の中から現れた。 皆、真剣な顔をしている。 「三太、お前には才能がある」 「身軽で、変装もできる」 「人の痛みが分かる男だ」 源蔵は三太の目をまっすぐ見た。 「今日の悔しさ……忘れられねぇだろう。 なら、一緒にやろうじゃねぇか。 あの役人どもに、風車座の“本当の芸”を見せてやろう」 三太の胸が熱くなった。 怒り、悔しさ、そして――正義。 「……やる。 俺も……あいつらに一泡吹かせてやりてぇ!」 源蔵は満足げに笑った。 「よし。じゃあ復讐の段取りを決めるぞ。 必ず、奴らの金蔵を“風”に変えてやる」 三太は拳を握りしめた。 こうして、 旅芸人の少年は、 初めて“義賊”としての一歩を踏み出すことになる。

四章「村の声」——風車座が知る闇
風車座が興行を打った村は、山に囲まれた静かな土地だった。だが、どこか空気が重い。子どもたちの笑顔は薄く、大人たちは周囲を気にしながら話す。興行の翌日、源蔵は座員たちに言った。
「今日は村の連中と話してこい。
この村、何か抱えてる匂いがする」三太は弥平と一緒に村を歩き、
茶屋の婆さんや農家の男たちと話をした。
◆ 茶屋の婆さんの話
茶屋の婆さんは、三太に茶を出しながら、周囲を気にして声を潜めた。「……あんたら、昨日の役人に絡まれたんだってねぇ」「ええ、まぁ……」婆さんは深いため息をついた。「あれは“捨て五郎一家”の連中さ。村を牛耳ってる悪党だよ。後ろ盾が強くてね……関八州取締役の名を笠に着て、やりたい放題さ」
三太は眉をひそめた。「そんなに酷いのかい」「酷いなんてもんじゃないよ。年貢を納めたって“上納金”だの“道普請の費用”だの、 次から次へと理由をつけて金をむしり取る。 払えない家は……」婆さんは言葉を濁した。「家財を持っていかれるんだよ。泣きながら土下座しても、あいつらは笑って見てるだけさ」三太の拳が震えた。
◆ 農家の男の話
畑のそばで出会った農家の男は、
鍬を握る手が荒れ、目の下に深い隈があった。「捨て五郎一家は、代官とつるんでるんだ。
代官の名は黒沼弥兵衛(くろぬま やへえ)。表向きは温厚な役人だが、裏では捨て五郎と酒を飲み、村の金を好き放題にしてる」「代官まで……?」男は悔しそうに唇を噛んだ。「去年の冬、うちの隣の家が金を払えなくてな。代官所の連中が押しかけて、 家財を全部持っていった。 寒さで子どもが倒れたってのに、見向きもしなかった」三太は胸が締めつけられた。「そんな……」「村人は逆らえねぇ。 逆らえば“関八州取締役に逆らった”ってことで、 罪をでっち上げられる。この村は、もう何年も泣かされっぱなしだ」男の声は震えていた。
◆ 捨て五郎一家の噂
別の村人は、さらに声を潜めて言った。「捨て五郎は、代官の犬だよ。
あいつらは夜な夜な村を見回って、気に入らねぇ家があれば因縁をつけて金を取る。若い娘がいれば、平気で家に押しかけるって話もある」三太は怒りで顔が熱くなった。「なんで誰も止めねぇんだよ……!」「止められるわけないだろ。 あいつらの後ろには“お上”がいるんだ。
村人が束になっても敵わねぇ」村人の目は、諦めと恐怖で曇っていた。
◆ 風車座の夜の会議
その夜、風車座の幕の中で、
源蔵が静かに口を開いた。「……やっぱりな。この村は、捨て五郎一家と代官に食い物にされてる」お紋姐さんが怒りを押し殺した声で言う。「子どもまで怯えてたよ。あんなの、見過ごせないよ」弥平も拳を握った。「代官が黒幕とはな……。
こりゃあ、ただのヤクザ退治じゃ済まねぇぞ」千代松は三太を見た。「三太、お前……悔しいだろう」三太はうつむき、震える声で言った。「悔しい……悔しくて、胸が焼けるみてぇだ。あいつら、許せねぇ。
弱い者を泣かせて、笑ってやがる……!」源蔵はゆっくりと頷いた。「よし。風車座は、明日から“本当の仕事”に入る。捨て五郎一家と代官の懐を――風に変えてやる」三太は顔を上げた。「……俺もやる。あいつらに、村人の涙の重さを思い知らせてやる!」源蔵は三太の肩を叩いた。「それでこそ、千変万化の三太だ」幕の外では、夜風が静かに吹いていた。だがその風は、確かに変わり始めていた。
つづく

