十七、時代小説 義賊 千変万化の三太(せんぺんばんか の さんた)
第二話、義賊 対 胡麻の蠅
八章、宿改め始まる
--- 一の間 役人が障子を開けると、 中には浪人風の男が一人、膝を抱えて座っている。 その前に──なぜか花魁姿の男が艶っぽく座っていた。 花魁姿の男
「おやぁ、役人さま。金なんぞ一銭もありませぬよ。」
番頭
「じゃあ家の支払いは!」
花魁姿の男
「あちきが身体で払いますえ……」
そう言って、 着物の襟をスルリと落とす。 番頭、真っ赤になって頭を抱える。
番頭 「や、やめてくだされ! ここは宿屋でございまする!」
浪人は苦笑しながら言う。
浪人
「こいつ、芝居の稽古中でしてな。 “花魁道中”の真似をしておるだけでござる。」
役人 「……まぎらわしい真似をするな!」
障子が閉まると、 外では女中たちがクスクス笑っていた。 ---
二の間 薬売りと泣き虫の女中 次の部屋を開けると、 薬箱を広げた薬売りが座り、 その隣で女中が鼻をすすっている。
役人 「おい、ここはどうした?」
薬売り 「この娘が“金を取られたら死ぬ”と泣くもんで、 気付け薬を売っておりまして。」 女中 「だってぇ……お客さまが“川に身を投げる”って……!」
番頭 「それは清太郎さまだ!」 薬売りは真顔で言う。
薬売り 「では“身投げ防止の丸薬”を一つどうです?」
役人 「そんな薬があるか!人の生死を茶化すな!」 宿中、笑いが起きる。
--- 三の間 旅芸人と狸の面 最後の部屋を開けると、 旅芸人が三味線を弾きながら歌っている。
旅芸人 「金は取られても、心は取られぬ~♪」
その隣には、狸の面をかぶった男が ちゃぶ台の下から顔を出した。
役人 「なんだその狸は!」
旅芸人 「芝居の相方でして。 “狸が金を隠した”という筋なんです。」 番頭 「もう芝居はたくさんだ!」
役人 「ここは芝居小屋か!」 --- 宿中のざわめき 女中たちは笑いをこらえ、 下男は提灯を持って右往左往。 役人は額に汗を浮かべながら叫ぶ。 役人 「まったく、どいつもこいつも芝居か狂言か! 金を盗んだ者はどこにいるんだ!」 宿屋改めは夜半まで続いた。役人と番頭が一部屋ずつ覗いて回り、浪人、薬売り、旅芸人どの部屋も騒ぎばかりで、金は見つからない。提灯の灯が揺れ、番頭は額の汗を拭った。
番頭
「もう宿中見ましたが……金はどこにも……」
役人は腕を組み、唸る。
役人
「残るは……お連れさんだけだな。」清太郎は、わざと怯えたように肩をすくめた。
清太郎(気弱な声)
「お、お連れさんなどでは……ございません……!あれは……しつこく付いてきたんです…… 脅されて……飲めぬ酒を無理やり……!」
役人
「なにっ!? 脅された!?」
清太郎
「はい……! あの二人が……!」
役人は目を光らせた。
役人
「一番怪しいじゃないか!なぜ先に言わなかった!」
清太郎は涙声で答える。
清太郎
「お、恐ろしくて……言えませんでした……!」
役人二人と番頭が提灯を掲げ、
酔い潰れた弥兵衛と権次の部屋へ踏み込む。畳の上には、二人が大の字になって寝ている。役人が袋を開けると中から出てきたのは、金と清太郎の供述どおりの品々。
紫の藤の紋の金包
屋号と印の押された紙
父から叔父への手紙
巾着袋に百一両二分
番頭
「こ、これは……!」役人は顔を見合わせ、すぐに弥兵衛と権次をふん縛った。縄がきしむ音が、夜の静けさに響く。清太郎はその場に膝をつき、両手をついて頭を下げた。清太郎(泣きながら)
「役人さま……!
ありがとうございます……!
わ、わたし……もう……どうしていいか……!」涙が畳に落ちる。役人は胸を張って言った。
役人
「心配するな。悪党は必ず裁かれる。お前さんの勇気が、真実を明らかにしたんだ。」清太郎は、
袖で涙を拭いながら深々と頭を下げる。しかしその目の奥には、ほんの一瞬 冷たい光が宿った。
清太郎(心の声)
「……これで、すべて思い通り。」その背中には、もう“気弱な商人”の影はない。ただ、冷静で、計算高い男の影が長く伸びていた。つづく

