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七十五、時代小説 義賊 千変万化の三太(せんぺんばんか の さんた)

第六話 風小僧涙の橋

十五章落とし物

数日後――。 朝靄の残る南町奉行所。 一人の男が、おずおずと門をくぐった。 紺の前掛けに手拭いを鉢巻き代わりに巻いた、ごくありふれた手代風の男である。 もちろん、その正体は新太郎だった。 役人が声を掛ける。 「何用だ。」 新太郎は深々と頭を下げた。 「へぇ。日本橋の材木問屋、大和屋の手代でございます。」 「昨夜、屋形舟の船着場で妙な包みを拾いまして……。」 「中を見ますと、えらく立派な茶入と書付が入っておりました。」 「私どものような者が持っていては、後々面倒になろうかと。」 「落とし物として、お届けに参りました。」 役人は包みを受け取り、中を改める。 「これは……。」 思わず目を見開いた。 「初花茶入……。」 もう一枚の紙を開く。 「質入証文。」 そこに記されていた名を見た瞬間、顔色が変わった。 「酒井……主水之助。」 役人は慌てて立ち上がる。 「御奉行!」 「至急、ご覧いただきたい品がございます!」 執務室。 南町奉行は静かに茶入と証文を見比べていた。 「これは……。」 証文をもう一度読み返す。 酒井主水之助。 紛れもなく、作事奉行・酒井左近将監の嫡男の名である。 奉行は目を閉じ、しばらく黙考した。 やがて顔を上げる。 「その者は何と言っておった。」 同心が答える。 「屋形舟の船着場で拾ったと申しております。」 「名は?」 「日本橋、大和屋の手代と名乗っておりました。」 奉行は静かに頷いた。 「……なるほど。」 同心が首を傾げる。 「何か、お気付きで。」 奉行は証文を机に置いた。 「この茶入は、ただの落とし物ではない。」 「誰かが、わざと奉行所へ届けたのだ。」 「誰かが……。」 「そうだ。」 奉行は茶入を見つめる。 「しかも、届け先に南町奉行所を選んだ。」 「つまり、この件を公にせよということだ。」 部屋の空気が張り詰めた。 奉行は静かに言い放つ。 「これで作事奉行・酒井左近将監は逃れられぬ。」 「評定所へ送る。」 「蟄居謹慎。」 「お役御免も免れまい。」 同心たちは顔を見合わせた。 江戸を揺るがす大事件が、いま静かに動き始めようとしていた。
                                              つづく


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