二十五、時代小説 義賊 千変万化の三太(せんぺんばんか の さんた)
第三話、三太の恋
六章、狐の推理
越前屋を出た三太は、町外れの土手へと歩を運んだ。 春の川面は夕陽を映し、静かに流れている。三太は腰を下ろし、煙管をくわえた。 手には香炉と、血判の押された証文の切れ端。風がそよぎ、遠くで彦六の猿が甲高く鳴いた。香炉を取り出し、裏返す。 刻まれた印を何度見返しても、意味はつかめぬ。 だが──越前屋の顔だけは忘れようがない。 あれは、確かに“知っているもの”の顔であった。三太は低く呟く。「虎屋も……越前屋も……この品を見た途端、顔色を変えた」煙が細く立ちのぼり、空へと消えていく。「つまり、この品は二人に深く関わっている」三太は証文を広げた。 名は切り取られ、血判だけが残る。 だが、こんな証文を作る理由は限られている。「商いの証文じゃねぇ……借財でもねぇ……ならば──」川を眺めていた三太の口元に、ふっと笑みが浮かんだ。「悪党同士の誓いか」十年前の夜── どこかの蔵に三人の影が集う。 虎屋、越前屋、そして……もう一人。「代官が関わっているかはまだ分からねぇ。だが、筋は通る」御用金三万両。 忽然と消えるにはあまりに大きい。 虎屋一人では無理。越前屋一人でも無理。 役所の金なら、内側の手引きが要る。「だから三人……」三太は呟いた。金を盗んだあと、すぐには使えぬ。 三万両ともなれば、隠し場所も限られる。 埋めるか、蔵に隠すか── そして五年、十年、二十年と、ほとぼりが冷めるのを待つ。だが、悪党は仲間を信用しない。虎屋は思う──越前屋が密告するかもしれぬ。 越前屋は思う──虎屋が独り占めするかもしれぬ。 代官は思う──二人が口封じに来るかもしれぬ。そこで三人は互いの首に縄を掛ける。「血判か」三太は証文を見つめる。三人で誓約書を作り、血判を押す。 裏切れば、残った者が証文を奉行所へ差し出す。 つまり──「裏切りゃ三人とも地獄行きって寸法よ」三太は頷いた。 実に悪党らしい理屈だ。そして香炉。「こいつは割符だな」香炉そのものが肝ではない。 証文そのものでもない。 三つ揃って初めて意味を持つ“弱み”だ。虎屋が持つ品。 越前屋が持つ品。 そして、もう一人が持つ品。三つ揃えば、互いの喉元を押さえる証拠となる。だから虎屋は震えた。 越前屋も震えた。「自分の持ってるはずの証拠が、誰かの手に渡ったと思ったからだ」三太は立ち上がった。推理はついた。 だが証拠はまだない。 代官が関わっているかも分からぬ。 金の在り処も、お鈴の父の無実も、まだ闇の中だ。ただ一つだけ確かなことがある。十年前の悪党どもは── 今も互いを恐れている。三太は、狐のように笑った。「なら簡単だ。恐怖をもっと煽ってやりゃいい」「虎屋には越前屋が裏切ったと思わせる」 「越前屋には虎屋が裏切ったと思わせる」「そうすりゃ、勝手に尻尾を出す」春の川面は夕陽を映し、静かに流れている
つづく

