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五十二、時代小説 義賊 千変万化の三太(せんぺんばんか の さんた)

第五話 盗賊の隠し金
一章 昼下がりの境内

神田明神の境内は、昼下がりともなれば人の波が絶えぬ。 香具師が口上を張り上げ、飴売りが鈴を鳴らし、子どもたちは目を輝かせて人垣をつくる。 その輪の中心で、一人の若い男が風車を操っていた。 風車が宙を舞う。 袖へ消えたと思えば、次の瞬間には子どもの耳の後ろから現れる。 続いて玉乗り、手妻、軽業。 見物人は歓声を上げ、銭が次々と投げ入れられた。 「さあさあ、ご覧じろ。風のように現れ、風のように消える芸でございます!」 男――三太は深々と頭を下げた。 そのときであった。 「この盗人め!」 境内の端で怒鳴り声が響く。 見ると、若い男が二人の侍に蹴り倒されている。 懐から財布が転がり落ちた。 「違います……返そうと思って……!」 「黙れ!」 侍の一人が柄で男の肩を打ち据えた。 三太は人垣を割って歩み寄る。 「お侍さま。」 「何だ。」  三太は懐から一両を取り出し、侍の手へ載せた。 「盗みは悪いことです。どうか、その辺で勘弁してやっちゃくれませんか。」 侍は三太を一瞥すると、 「ふん。今回はこの男運がよかっただけだ。」 と言い捨て、踵を返した。 若者はその場へ崩れ落ちる。 三太は肩を貸した。 「立てるか。」 「……すみません。」 「腹も減ってるんだろ。」 若者は照れ臭そうに頷いた。 ほど近い蕎麦屋。 昼を過ぎた店内は静かで、湯気の立つ茶が二人の前へ運ばれた。 三太は若者の顔を眺める。 頬はこけ、着物は擦り切れ、指先には刃物だこの痕が残っている。 ただの町人ではない。 「名前は聞かねぇ。」 若者が怪訝そうに顔を上げる。 三太は湯呑みを口へ運びながら笑った。 「その代わり、俺の話をしよう。」 若者は黙って耳を傾ける。 「俺は昔、旅芸人一座にいた。」 「旅芸人……。」 「風車座ってぇ一座だ。」 その名を聞いた途端、若者の目が大きく見開かれた。 「じゃあ……風車の源蔵親分の!」 「ああ。」 三太は懐かしそうに笑う。 「源蔵親分は、俺にとっちゃ親も同然だった。」 若者は息を呑む。 「風車の源蔵……。俺ぁ会ったことはありませんが、お頭から何度も聞かされました。」 少し身を乗り出し、小声で尋ねる。 「もしかして……あんた、風小僧じゃ……。」 三太は苦笑しながら首を振った。 「よしてくれ。俺ぁ、あんな気取った野郎とは違う。」 若者はその言葉に肩の力を抜いた。 「……そうですか。」 ようやく安心したように、静かに語り始めた。 「俺は……義賊・黒霧の甚兵衛一家の手下でした。」 三太の表情が変わる。 「黒霧の甚兵衛……。」 「あのお頭は、本当の義賊でした。」 若者は遠くを見るように語る。 「貧乏人からは一文も取らねぇ。女には手を出さねぇ。子どもは泣かせねぇ。人殺しは何より嫌った。」 「狙うのは悪徳商人や、私腹を肥やす代官、大名屋敷ばかりでした。」 「ところが……。」 若者は拳を握り締めた。 「仲間の一人が裏切ったんです。」 「お頭は隠し金を独り占めしている、と。」 「その噂を信じた連中が、お頭を殺しました。」 三太は静かに問いかける。 「それで、その金は。」 「見つかっていません。」 若者は首を横に振る。 「ですが、奴らは必ずどこかに隠してあると言っています。」 「それも、一生遊んで暮らせるほどの金だと。」 「今じゃ後を継いだ鬼蔵って男が頭です。」 若者の声に怒りが混じる。 「奴は義賊なんかじゃありません。」 「押し入った店じゃ女子供まで斬り殺す。」 「この前、播磨屋一家が皆殺しになった事件……。」 「……あれも奴らの仕業です。」 店の空気が重く沈む。 しばらくして若者は静かに続けた。 「お頭には女房と一人娘がいました。」 「女房は長患い。」 「薬代にも困り……。」 言葉が詰まる。 「娘のおさよちゃんが、自分から吉原へ身を売ったんです。」 三太は目を伏せた。 「娘は……。」 「父親がお頭だったことは知りません。」 「みんなで隠してきました。」 「長屋じゃ、お頭は旅先で亡くなった職人だと言ってあります。」 「そうか……。」 「おっ母さんは、もう長くありません。」 「せめて死ぬ前に、おさよちゃんを身請けして会わせてやりたい。」 「今、おっ母さんの面倒は誰が見てる。」 「長屋のみんなと……俺です。」 三太は静かに頷いた。 そしてぽつりと言う。 「だが妙だな。」 若者が顔を上げる。 「隠し金が本当にあるなら、娘が吉原へ身を売るはずがねぇ。」 「……俺もそう思います。」 「でも奴らは、いまでも家の前を見張ってる。」 「何か知ってると思ってるんでしょう。」 三太は腕を組み、しばらく黙り込んだ。 やがて静かに尋ねる。 「おさよちゃんを身請けするには、いくら要る。」 若者は少し躊躇い、 「……百五十両です。」 と答えた。 三太は何も言わず、小さく頷いた。 その瞳には、すでに一つの策が浮かび始めていた。
                                         つづく


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