「保守」という名の国体破壊者たち。彼らが伝統を語れば語るほど、この国は滅びる。
僕たちは、日本人を信じている。
だからこそ、伝統の仮面を被り、皇室の尊厳とこの国の根幹を自らの手で解体しようとする「自称・保守」の欺瞞を告白したい。
「男系」の正体は、外戚の権力欲である
「伝統」と言われる男系継承の裏には、歴史的な実態などない。
例えば、歴史資料が明確に示している3つについても、現状がそうだったと言っているだけに過ぎない。
1.全員が「男系女子」: 過去の女性天皇は、全員が例外なく「天皇の娘」であり、父方に天皇の血を引く男系(父系)の資格者だった。
2.役割は「中継ぎ」: 持統天皇は孫(文武天皇)へ、元明天皇は息子(聖武天皇)へと、次の「男系男子」が成人するまでの過渡期に、血統を直系で繋ぐための「ワンポイントリリーフ」として即位した。民間から夫(配偶者)を迎えて、その間に生まれた「女系の子」に皇位を継がせた例は歴史上一度もない。
3.独身の強制: 称徳天皇や元正天皇のように、即位後に他の血統(他氏族)の子を宿して皇統が変質するのを防ぐため、生涯独身を通したケースもある。
歴史的な事象と言うのは、もちろんその事象自身はあるか/ないかと言う話も含め、検証すべき事項ではある。
しかし、重要なのは、なぜそうだったのかと言うところなのだ。
その理由は1つだけしかない。
藤原家が娘を妃とし、外戚として権力を掌握し続けるために都合が良かったという「権力闘争の歴史」だ。
男女逆なら?
問題は女性から生まれたというのが重要なのだ
彼らの血統志向、これこそ藤原の真理だろう。

つまり血統として重要なのは皇統という表の顔の裏側は藤原(摂関家)の血統(女系)が重要だから、こういう歴史になっているのだ。
上記3つの事実をもって、伝統的に日本はそうなんだと言うのではなく、それ自身の事実は藤原家がそうするためにはそうなったと言うただそれだけの結果に過ぎない。
もちろんそれ以降の為政者はそれを模倣しているだけだ。
また、神功皇后にしても、皇后にした明治政府が作り上げた「バイアス」を真実だと信じ込み、それに固執するのは、伝統を守りたいからではない。神功皇后は神功天皇なのだ。
義江明子『女帝の古代王権史』(筑摩書房)によれば、歴代の「女帝」は8人いるが、そのうち6人は6世紀末から8世紀に集中し、この時期の皇位継承は男女が半々の割合だったという。従来「中継ぎ」と思われてきた女帝は、そうではないのだ。
「象徴」は脆弱な張り子ではない
象徴天皇制は、決してGHQによる敗戦のドタバタで生まれた脆弱な制度ではない。行政権・立法権から切り離された存在が、国民統合の継続性を体現するというモデルは、スウェーデンをはじめとする欧州諸国が長い歴史の中で到達した、極めて高度で合理的な国家の形だ。
「養子」という名の国家破壊
今、彼らが強行した皇室典範の改悪は、世襲という「政治介入を防ぐ装置」を自ら破壊し、皇室を政商や特定の勢力のネポティズム(身内びいき)の道具に貶める可能性をもっただけ、かなり危険な改悪だ。
そもそもそれが幻想としたとしても血統、血脈こそが天皇家の理屈だったところに家という概念で括れば矛盾もいずれ出るのはわかるだろう。
(もちろんDNAなんて後付けな話は意味がない)
「旧宮家」の男性を政治的に選び出し、養子として送り込む。これは日本政府もGHQも、戦後日本が最も恐れ、禁じ手としてきた「天皇の政治利用」そのものだ。
そもそも、「旧宮家」と言っても35.36親等離れてるというのは別にしても、これも一種のバイアスでしかない。
「旧宮家」となっているから近く感じているだけの話だ。
そこらの鈴木さんだって佐藤さんだって親は2人だし祖父母は4人、その上は8人となる。
これは高市首相が2026年3月の参議院予算委員会における子どもの自殺対策に関する答弁で「7代前までさかのぼると直系だけで250人を超えるご先祖様がおり、その奇跡的な幸運に恵まれて1人の命がある」という趣旨の答弁からみても論理破綻しているのがわかるはずだ。
わからない人は赤の他人という言葉を調べてみたらよい。
ただ、もしかして日本を「天皇を中心とする国体」に見せかけて、実際には自分たちの利権が永続する「私有地」に作り替えようとしているだけなら理解できる。
例えば国旗損壊罪は国旗に国民が気安く触れなくなるのは自明だし、皇室も単純に男女を男だけにしたら1/2に減るわけだ。
つまり、この国を滅ぼそうとする一歩かもしれない。
偽りの保守による「国体破壊」を止めなければならない。
いや、ふと思い返すと
こういう連中は「普通の日本人」と自称している場合が多い。
なるほど、保守と看板を掲げてはいないのだろう。
だからだろう。
普通なんて言葉を堂々と使う連中に碌な事はない。
天皇の政治的権威を簒奪し、日本を私物化しようとする「国体破壊者」で、日本がなんでもよいのだろう。
所詮はサッカー代表を応援する程度の表層的な愛国心程度のはなしだろう。
僕たちは、彼らが都合よく消費するだけの「日本人ファースト」という空疎な概念に頼らずに歴史的・論理的根拠を持って「この国のあり方」を自分たちの手で作らなければいけない。
彼らは「日本を守る」と言いながら、実際には「自分の都合の良い日本」を作り、自分たちの権力という「玉」さえ手に入ればいいのだ。
高市政権は発足して9か月。実績は円の価値を毀損しつつ物価を上昇させたこと、皇室典範の改正と国旗毀損罪の強行成立、しかも改悪だ。
かつ議会の仕組みを全く知らないためギリギリまで補正予算作ろうとしなかったのも何年国会議員やっているのかという話だ。
いや、国は違えど米国立法調査官だったのなら、立法機関たる国会の在り方ってわかってるはずだろうに。
寝てない自慢は昭和までだろう。
有事になったらどうするつもりだろう。危機感がなさすぎる。

私物化しか考えてないか、あるいは日本を破壊したいのか。
僕たちは日本人を信じている。
「国民の至高の総意」に基づく象徴天皇制を守り抜くことは、単に皇室を守るということではない。この国を、一部の利権屋や偽りの保守が操る「私有地」から奪い返し、本当の意味での「主権者たる国民の国」を取り戻すための、最後の闘いにもなるだろう。
